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ソラはいつもアマイロに  作者: 七香まど
14/24

紅葉を踏みしめて

 涼しいというよりは肌を冷やすといった方がこの季節には適切なのかもしれない。


赤と黄の葉をつけた木々を色無き風が吹き荒ぶ。ざぁざぁと葉擦れの音が辺りを支配し、大木は軽快に枝を揺らしている。


何十年も前に整備されたであろう、今は瓦礫が目立つでこぼこ道も、この時期になれば赤と黄の葉の模様でどこまでも染まった。


渦を巻くように走る風は葉を巻き上げ、来る者をその空間へと閉じ込める。ここを通る者をまるで水槽を泳ぐ金魚のようにさせた。


 ピンク色の桜吹雪に覆われることもあれば、銀世界で路との境が消え失せることもある。


 そして、この道を走る一台のおんぼろバイクと一組の夫婦は偶然この葉が落ちゆく季節にぺぺぺと呑気に通っただけのこと。


 風がバイクの背中を押すように進み、運転手はずいぶん楽をしていた。ハンドルを優しく握り、真っすぐ進むだけの一本道は壮観な景色に感嘆の息を漏らすほどに余裕があった。


 そのバイクを操縦する少年は、似合わない金髪の被り物を風で飛ばされないようゴーグルのバンドで抑え、最近また羽織るようになった灰色パーカーに身を包んだトオルという名の男。


 トオルの妻はトオルの腰に手を回してしっかりとしがみ着き。長い亜麻色の髪を左耳の前でワンポイントに編み込んだ小柄な少女ソラ。先日まで滞在していた街で購入した青の厚着衣装にお気に入りの淡い桜色のパーカー。肌寒くてもトオルにくっついていることで一番のぬくもりを得ていた。


「トオル、葉っぱがきれいだね、なんか一緒に泳いでいるみたい」


「そうだね。空は飛べないけど、ここを走っていると宙に浮いている気分だよ」


 真っ青な秋空に舞う葉は実によく映えた。赤と黄のカーペットを占領して走り、木々が二人の旅を祝福してくれる。二人の気分は上々だった。


「今日はこの先で川のある所を見つけて、明日の昼頃には次の街に着くと思うよ」


「意外と早かったね。次の街はどんなところだろう」


「商人が言うには大きな教会があって、この時期にお祭りをやるんだって」


「お祭り! 私行ったことないから楽しみ!」


 トオルの後ろでソラが子どものようにはしゃぐ。見た目は少女なのだから、おかしなところはないはず、しかしそれをトオルが伝えるとソラはむくれる。ほんの数年差だが、ソラが年上である事実がそうさせていた。


しかしトオルが年上と言っても差支えがないほどに容姿にも精神的にも差があった。


 ただ、トオルにいたずらや色仕掛けをするときだけは年上であることを存分に発揮するソラ。トオルはそのギャップに羞恥心で負けて付いていけず、結局のところどちらが年上なのか議論するのは無駄かもしれない。いっそのこと仲のいい同い年と説明した方が、二人と出会った者を納得できるかもしれない。


 さて、いくら壮観で魅入るものがあったとしても同じ景色が続けばいずれは飽きてくる。初めは葉が舞うたびにはしゃいでいた二人だが、今ではこの景色を肴に雑談を楽しんでいた。


「詳しいことは分からないけど、毎年、有志で屋台を開いているってさ。今日から三日間。僕たちは明日に着く予定だから一日と少しは楽しめると思うよ」


「やった! ママからお祭りのことを聞いてからいつかは参加してみたかったの。お祭りでしか食べられないものがあるって、お祭りだけの特別な味があるって!」


「それじゃあ、今日は早く寝て、明日の朝早くから出発しよう。明日のお昼はお祭り会場を練り歩こうか」


 風が二人の後ろから吹き荒れる。ソラは驚いて目を瞑った。髪を抑えトオルの腰に回している腕に力を込める。


 それは二人を後押しするためなのか、勢いのある一陣の風はバイクの走る速度を気持ち程度に上昇させた。





「そういえばさ、ソラ」


「うん? どうしたの?」


 温かいいつも通りの夕食を終え、ソラの魔法で温めた水で体を拭き終わった二人は早くも就寝することに決めた。


 しかし、流石に早すぎたのかトオルに眠気はやってこず、同じく眠れないままでいるソラに話しかける。


「僕たちって出会ってまだ一年経ってないんだよね。ずっと一緒にいるから、もう三年くらい旅をしているかと思ってたよ」


「そうだね、空に近い場所を求めて旅をしていたのに、気が付けば観光スポット巡りしているだけだね」


「ははは、そうかもね。あぁ、僕たちが出会ったあの灯台の場所が懐かしいよ」


 トオルは目を瞑って思い出に耽る。出会いは突然に、あの時、トオルはどうしてソラに話しかけたのか今でも分かっていないが、きっとそうしろと死んでいった仲間たちが背中を押したのかもしれない。


 ソラはあの時、森を飛び出してほんの数日だった。後先考えず簡単な荷物で家を飛び出したために、実はあの後諦めて森に帰ろうかと思っていた。


 トオルとソラが出会ったのは、壮大な話、この惑星の意思なのかもしれない。この惑星には世界を変える力があるのだ、そうだとしても何ら不思議なことは無い。


 それでもいい。ロマンがない出会いであったとしても、トオルとソラが出会えたことが全て。それが世界の意思であったとすれば、トオルたちはむしろ感謝することだった。


「ねえ、トオル、寒いから近づいてもいい?」


「いいけど、近づいてもあまり意味は無いと思うよ?」


「私が近づきたいの、いいでしょ?」


 元から近い二人の距離がさらに近づく。足を曲げて横向きに寝ているトオルの胸元に頭を擦り付けるように陣取ったソラ。「お、おい……」というトオルの声は無視し、猫のように丸まって体をトオルに預けた。


 なんだか落ち着きのないトオルを、ソラは研究した抜群の角度の上目遣いで大人しくさせ、優しく微笑んでから目を閉じた。


「…………」


 突然の攻撃に耐えられなかったトオルは顔が紅潮していくのを感じながらも、ソラのベストな寝床であることに徹底した。


 これくらいはいいだろうとトオルは胸元で眠るソラの頭に顔を埋めた。残念ながら寝袋に防がれて髪の匂いはないが、ソラの温もりを感じながら夢の中へと旅立った。


朝起きたときは猫が互いに暖を取り合うように丸まった形で目覚めた。


体を起こした二人は顔を見合わせるなり笑った。二人とも髪はぼさぼさで顔に変な跡があり、お互いに指さしてはくすくすと。


 平和そのもので危機感なんてない。二人でいられるからよかったと、これからの旅を共にするパートナーがこの人でよかったと再認識した。


 喉が渇いた小さな掠れ声も、寝ぼけ眼な顔も愛おしい。お互いに手を伸ばして髪を梳く。綺麗にはならなかったがそれはそれで面白いと、また笑った。


 交互に着替えを済ませ顔を洗い、温かい朝食を摂る。冷えた朝にはカップの中のスープが身に染みる。


 片づけが終わればソラのためにとトオルはバイクのエンジンを温めた。テント、食器、ブルーシートと片付ければ、似合わない金髪の被り物を頭に乗せゴーグルを装着した。


 トオルがシートに跨れば、ソラがとてとてやってきて後ろに飛び乗る。トオルの腰に腕を回し、座り心地の良いポジションを見つけたら腕に力を込めた。


 それが合図。まるで馬のようだが、いつの間にかできていた二人の呼吸。トオルがハンドルを捻る。


 軽快に走り出した原付はゆっくりと空気を撫で、先ほどのキャンプ地をすぐに置き去りにした。


 舗装路へと入り走りが安定すると、ソラはゆったりとしたリズムで鼻歌を始めた。


「ふんふん~ふん~♪」


「それはなんていう歌?」


「私が今考えた歌。それにしても今日はいい天気だね。この前は雨が続いたからしばらくは晴れると嬉しいな」


 ソラはトオルの背中でリズムを取る。天色の空を見上げては即興の歌を捧げた。


 風は大人しく、木々はソラの歌に聞き入っている。


伴奏代わりのエンジン音をお共にぺペペと呑気な相槌。たった一人のコンサート。


木の葉のカーペットを切り進む歌姫と護衛。左右で観客は感涙代わりの葉を落としている。涙は赤と黄のカーペットの一部となり歌姫を祝福した。


 トオルの邪魔にならない程度に体を揺らし、空気に混じる甘い歌声が響き渡る。いつしかソラの歌には歌詞が付き始め、かなりの大作となっていた。


 歌姫を乗せたバイクはいつしか坂道を下っていた。トオルが指さした先には簡素な城壁に守られた緑色の屋根が並ぶ街。まだまだ遠くにあるのにここからでも分かる大きな教会。


真っ白な壁に金色の十字架が目印の教会は街の中心に居を構えていた。


 しかしトオルたちが目を向けていたのは教会ではない。その周辺だ。ソラはトオルにしっかり掴まって身をのり出し、屋台の存在を探す。トオルは祭囃子が聞こえてくるのを期待したが、残念ながらそれらしい音は聞こえてこなかった。


 坂道を下りきったところでトオルはバイクを停める。ソラを降ろし、街に入る準備をする。


 トオルは特に準備することは無いが、ソラは髪を後ろで一つに結んでパーカーのフードで髪全体を隠す。ハーフエルフであることを隠すための配慮だ。


「毎回思うんだけど、別に隠さなくても問題は無いよね?」


 世界から争いは無くなり、ハーフエルフだから、人族だからと、襲ってくる者はほぼいない。しかし、トオルはわずかな可能性を危惧していたし、パーカーを被っている方が落ち着くために変装していた。


「まあね、だけど万が一のことを考えてお願いしているだけだよ。イヤなら外してもいいけど」


「ううん、トオルが望むなら私はこれでいいよ。でもトオルってこれに関しては神経質だよね?」


「うん、これについてはちょっとね。丁度いいし、細かいことは後で話すよ」


 ソラから顔を背け原付に跨る。準備を終えたソラが後部座席に座り、また、走り出した。


 いつも通りなのにソラはトオルの言葉にひっかかるものを感じた。


「丁度いいってどうしてなの? あの街に何かあるの?」


「そういえばちゃんと言ってなかったね。あの街のお祭りは教会が主催なんだよ。だから教会のイベントが盛り込まれているんだってさ」


 スピードを上げ「詳しいことはまた後でね」と言うトオルの顔は、ソラからしたらほんの少しだけ強張っているように見えた。


 苦虫を噛み潰したような渋い表情、腕に伝わるトオルの身体も少しばかり強張っているように思えた。


 もしかしたら何か地雷を踏んでしまったのではないかと心配したソラはトオルを力強く抱きしめ、顔をトオルの背中に押し付ける。


「どうしたの、ソラ?」


「ごめんなさい。なんかトオルにとってイヤなことを言っちゃったみたいで」


「あー……気にしなくてもいいよ。僕の過去の話だから。あとで思う存分ソラに話してすっきりさせてもらうよ」


「うん、わかった。好きなように話して、一生懸命聞くから」


「そんな真剣にならなくてもいいよ。僕が話したいだけなんだから」


 二人が向かう先はお祭りの屋台か教会か。夫婦ならばいずれぶつかる問題があるということ。壁を切り崩さなければ先には進めない。しかし――


「そうだ、ソラ、宿に泊まるなら何か条件はある?」


「少し大きめのシングルベッド!」


「それはシングルじゃなくてセミダブルかそれ以上なんじゃ……まあ、いいか!」


 この二人に限って余計な心配はいらないのかもしれない。

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