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ソラはいつもアマイロに  作者: 七香まど
12/24

スパイスにつられて

 静かな駆動音が澄んだ川の流れと共に草原を通っていく。重量のあるおんぼろバイクは自然を汚すまいと丁寧な足取りで進んでいた。


 おんぼろバイクはもちろん一人でに走っているわけではない。ぺぺぺと進むには操縦主がいる。


 ハンドルを握るは、似合わない金髪の被り物をゴーグルのバンドで抑えている表情が柔らかい面の少年トオル。


 そのトオルの腰に腕を回して後部座席に座っているのは、陽光にきらきらと輝かせる腰まである長い亜麻色の髪のハーフエルフであるソラ。


 二人に身長差はあるけども両者の左手の薬指には光によって七色に輝く鉱石の指輪が嵌められている。


 一台と二人は背の低い草が生え並ぶ草原の一本道を走っていた。右手には透き通る川が原付と勝負するように流れ、重きスピードの出ない原付ではギリギリ勝てる程度の速度だった。


 夏の終わりは近い。蝉が鬱陶しく鳴く頃に比べれば、今の時期は大変涼しい。肺に染み渡る空気はミントのように爽やかな味がする。


陽は昇り切り、後は堕落するように沈むだけの昼下がり。今日はこの草原と川の近くでテントを張ろうと決めるトオル。


 急ぎはしない。ゆっくりだが顔を撫でる空気と薄緑色の景色をソラとトオルは楽しみながら一本道を進む。


「ねえ、トオル。夏が終わりに近づいているけど夏らしい事って何もしてこなかったね」


「山に登ったくらいかな? ずっと平地を走っていたしね。海は春に行ったから忘れてたよ」


 夏の間は山間部か平地を走ることが多かった二人。街に着いても一日二日で出て行くことが多く、隠れ観光スポットのような所ばかりを見てきた。二人でいればどこでもいい精神のラブラブ夫婦には大して問題は無かったが、いざ夏が終わってみればちょっともったいなかったかなと思っている。しかし夏らしいことができなかったからと落ち込むようなことは無い。


「トオルは私の水着って見たかった? 布面積の少ないビキニタイプとか」


「い、いや、見たいけどそんなビキニでなくても……」


 バイクがわずかに蛇行する。トオルはソラの水着姿を想像した。普段はワンピース姿が多いソラが水着で無邪気に遊んでいる姿。それを想像するだけで原付の操縦を忘れる程度には爆発力があった。


「トオル? 危ないよ。ちゃんとまっすぐ走って……そんなに私のビキニが見たかったの?」


「……見たかったです」


 ソラは「来年が楽しみね」とトオルの腰に抱き着く腕の力を強くした。背の低いソラでも輪を作って両腕で掴めるほどに細いトオルの腰。力が入るほどにトオルの素直な言葉が嬉しかった。


 蝉の合唱はそろそろクライマックスを告げている。秋の虫が交代を始める時期、それを繋ぐひぐらしが夕方頃に姿を現すだろう。


 相変わらず仲がいい二人がしばらく原付を走らせていると、正面から一台の白い軽トラックが向かってくる。


白い軽トラックは商人である証。国から国へと移動する足である。


 車一台が通れる一本道である以上どちらかが避けなければ接触してしまう。トオルとソラは相談したわけでもなくバイクから降り、草原の中へと移動した。そしてトオルは向かってくる軽トラックに手を振る。これは商人から品物を買いたいときの合図であり、実際トオルとソラの目の前で軽トラックは止まった。


 運転席から降りて出てきたのは金髪の女エルフ。背はトオルより少し高く、明るい笑顔が特徴の女商人だった。


「道開けてくれてありがとな。うちの商品が見たいんな? いろいろあるから見ていきな」


「ありがとうございます。支払いは鉱物でも大丈夫ですか?」


「大丈夫な。鉱物は最近高く売れるからこちらからお願いしたいくらいな。それにしてもまだまだ夏は続きそうですな」


 語尾が少し特殊な女商人は荷台の扉を開け品物を広げる。多種多様な品物は旅人向けの品が多く、緊急時に使える物が主だった。


 機械パーツやタイヤ、工具など。トオルには携帯食料、レトルト食品が特に気になっていた。ソラは香辛料が気になっていて、手にとっては数多く並ぶ香辛料を見比べていた。


「ハーフエルフは久々に見たな。六年ぶりくらいかな?」


 女商人の言葉にトオルは少しばかり警戒する。それにトオルはエルフと偽っているため、話が合わないことを懸念した。


「安心しな。今は人族の時代じゃないな。我々エルフがいる限り無益な争いは起こらないことを君も知っているはずな」


「そうでしたね、人族の時代はとうの昔に終わりましたね」


 戦争に敗れ、疫病にやられた人族はいわば負の象徴。逆に戦争には頑なに参加せず疫病患者に手を差し伸べたエルフはトップに立つべき存在。


 エルフと人族では寿命の感覚が違う。数百年生きるエルフと百年も生きられない人族の差はひどく大きい。女商人とトオルは見た目では歳の差がわずかしか離れていないようで、実際は数百数十と長い時間を女商人は生きている。


 ソラのようなハーフエルフは人族の血が混じっているため、人族よりも長く生きるがエルフのような長寿ではない。


「トオル! こんなのがあったよ。ちょっとこっちに来て!」


 ソラが指さしていたのはレトルト食品のコーナーの端。即席麺が数多く並ぶ中、ソラが棚から取り出しのは――


「それは……もしや、カレーのレトルト!?」


「うん、間違いないよ。これはカレーだよ。街で食べるのは高価でなかなか手が出ないカレーだよ!」


「カレーはスパイスをふんだんに使っているからな。でもそれはもっとお手軽なもの。最近レトルト食品として復活したな」


 女商人の説明に「ほう」と興味を示したトオルとソラ。銀の袋に詰められたレトルトカレーをどうしようかと相談を始める。値段としては手が出せる範囲内。


「ソラ、どうしようか。鉱石一個分で一食分のカレーを味わえるなら悪くないと思うけど」


「でも、ちょっと高いよ。最近鉱石が見つからないって言ったのはトオルだよ。他に買うものもあるんだから」


「お値段で困っているならとっておきがあるな。ちょっと待っててな」


 女商人はトラックの反対側に向かい、そこから細長く薄い箱を取り出した。箱を開け、中から取り出したのは茶色い粉末状のもの。


「それは何ですか? 見た感じ、カレーに関係するのですか?」


「これはな、カレー粉って言ってな。溶かして味を調えればなんとカレーになるんだな!」


 まさかカレーの粉が出てくると思わなかったのか、二人は女商人が手に持つ粉末に目が釘付けとなった。


「お二人は、料理は出来る方かな? それとよく食べるかな?」


「ソラは料理ができて、僕たちはいつもカップ一杯分くらいしか食べません」


 ソラがうんうんと頷きながら袋に詰まったカレー粉をきらきらした目で見つめる。右手の人差し指を下唇に寄せ、子どもがおもちゃを欲しがるような態勢になった。


 トオルの話を聞いたあと、女商人はカレー粉が詰まった袋を指でつまんで二分する。そして二分した少なめの方を示してソラに提案する。


「それならこれくらいでどうな? この量ならレトルトよりも安いし二人合わせて三食分になるな」


「さ、三食!? トオル! 買おうよ! これなら高くない!」


「これが本当にカレーになるんですか?」


 女商人はトオルの疑問に答え、袋の口を開ける。鼻を近づけなくても届く、二人が食べたことが無くても知っている鼻孔を刺激する独特なスパイスと辛さを伴う香り。


 トオルはカレーかどうか疑ったことを女商人に謝罪し、その間、ソラは手を煽って香りを楽しんでいた。


 女商人は粉を別の袋に移し替え、ソラに手渡す。他に必要な品と合わせての会計で提示された額はカレーのレトルト食品一つ分ほどの値段。トオルは麻布から親指大の赤い鉱石を取り出し、現金の代わりに払う。


「うん、大きさも十分な。これならお釣りが出るくらいな」


 そういって差額分の現金がトオルの手に渡る。それと金属の名刺も一緒に渡される。


「これはうちの所属している商会な。この名刺でほんの少しだけどサービスがつくからな。持っているといい事あるな。それじゃあ、また会ったらご贔屓にな」


「はい、こちらこそ珍しいものをありがとうございました。またカレー粉、買わせていただきますよ」


「私、初めてのカレーだから夕食が楽しみです。本当にありがとう!」


「長いこと旅商業していてここまで喜ばれたのは初めてな。こちらこそありがとうな!」


 女商人は荷台の扉を閉めて施錠し、運転席に乗り込む。「それじゃあ、またな」と気さくな挨拶と共に二人と別れる。


 女商人の後ろからは「ソラ、ここの野菜は小さいよ」「じゃあ、早く向こうの雑木林に行こうよ!」と楽し気な会話を尖った耳が拾う。


「噂は当てにならんな。“人族”言うても悪い人はもういないな」


 軽トラックのサイドミラーで二人がバイクに乗って去っていくのを確認し、女商人はアクセルを踏み込む。


「さあ、あの笑顔を見せられたら頑張らないわけにはいかないな。次の国でカレー粉をもう少し積み込んで多くの旅人に味を覚えさせないと売れないな」


 女商人は気合を入れて草原の道を進む。サイドミラーにはもうトオルたちの姿は見えない。


「それにしても仲のいい兄妹だったな。二人で旅をするなんて考えたこともなかったな。でも、二人は指輪を付けていたし、もしかして……夫婦だったかな? それに意図的ではないにしろ、人族の悪口はちょっと意地悪だったな……次に会った時はうんとサービスしてあげような!」


 女商人は一人で落ち込んで一人で盛り上がる。長年旅を続けるのなら喜怒哀楽のコントロール技術は必須なのかもしれない。



 人族であることを頑なに表に出そうとしないトオル。それは過去に人族がエルフに対し迷惑をかけたことを生き残りであるトオルが気にしているからである。


エルフに人族だとばれた際、どんな仕打ちが待っているか、また、謝罪を受け入れてもらえるか不安だった。


 世界は残酷ではないことをトオルはまだ知らない。ソラがいるだけで十分だと言い張れる毎日を過ごすトオルには一生気付かないことなのかもしれない。


 人族は世界に見放されていない。たとえ、人族が敵対したエルフからであろうとも。

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