切り株の山
切り株だけが残り、丸坊主のようにすっきりさせた山肌は、見た者が山と認識できないようにする隠れ蓑なのかもしれない。
山というよりは丘。丘というよりはアスレチック場。醜い例えをされても仕方がないほどに虚しさが広がっている。間近で見てみれば、この山は周囲よりは高くこんもりと盛り上がっているだけの場所なのだから。
そんな山の麓。バイクはエンジンを切って静かにたたずんでいた。サイドカーに荷物が落ちないようしっかり括られ、スタンドをたてて主人の帰りを待っていた。
その主人というのは、似合わない金髪の被り物に面は柔らかく筋肉の少ないひょろひょろとした体格の少年トオル。
朝日が昇る前からバイクを走らせ続け、時間は掛かったものの日没前にはたどり着いてほっとしている。
山を駆け登っているのは、きらきらと輝く亜麻色の髪の少女ソラ。腰近くまである長い髪は足を動かすたびに左右に広がっていた。
切り株だらけの山道を分厚いブーツの足ではきはきと登っていく。ソラの膝辺りですっぱりと切り揃えられた切り株たちはどこか不気味で、それはソラの興味を誘った。
緩やかな坂を上り切った先にあるこの山は遠くから見ると同じ位置で切りそろえられた切り株が真っ白な斑点として怪奇現象のような跡を見せている。
辺りは点々と木が存在しているのに、この山だけ密集した切り株が不規則に並んでいる。
山の上に存在している切り株の丘。公園か広場のような遊び場。麓にたどり着いたトオルたちはそんな感想を抱いた。
ソラが一人駆けて登っていく後をトオルは確かな足取りで歩いて追っていく。時に切り株の上に立って通ってきた道を振り返ったり、ソラが一人で先を急ぎすぎていないか声を掛けたりとのんびりしていた。
「トオル~はやくはやく!」
「もう、待ってよ!」
トオルは切り株から降り、ソラを追って歩き出す。この山は数分で頂上にたどり着けるほど低い上に木がない。土から浮き出た根っこが足取りを邪魔するくらいで鬱陶しく思える存在はない。山の上に存在する丘のようでややこしく、トオルはまとめて「丘」と表現することに決めた。
トオルは山っぽくないのに山の生物がこの丘に生息しているのを面白く眺めながら歩き始めた。
見晴らしのいい丘は頂上まであっという間。数分足らずでトオルは頂上で待つソラに追いつく。
先に頂上で待機していたソラの視線の先は一つの『世界』があった。
この丘と山を下った先、平地を広々と見渡すことができる。右を向けば濃緑色の山が隆々と連なり、左を見れば遠くの海が風に煽られ波が高く競り立っていた。正面にはこれから向かうべき街がこじんまりとして見え、赤レンガの家々が裾野を広げるように、まるでミニチュアサイズに集合していた。
そして、空を見上げると二人の見る世界を橙に焼く茜色の空が見下ろしていた。同じく橙に焼かれたいくつもの雲を引き連れて、時のように流れて行った。
二人の露出した肌を撫でるほどよい風に衣服もはためいて呼応する。トオルのシャツが、ソラのワンピースが、透き通った空気を六腑に吸い込むたびに大きく揺れ、吸い込んだ酸素が衣服にまで行き届いているかのようだった。
やがて一陣の強風が二人の間を勢いよく通り抜ける。ソラはめくれ上がりそうなワンピースを手で軽く抑える。トオルははためくシャツの裾を気にしていない様子で平地を眺め続けた。
実のところトオルは横目でソラの健康的な太腿を視認してしまい、沸騰しかけた顔を冷まそうと必死だった。
この時ばかりはトオルの様子に気付かなかったソラ。謀らずか、トオルの腕を取って己の腕を絡ませた。身長差のある二人では腕を組むには少し不格好ではあったが、この不格好こそが二人の愛の形でもあった。
近くの切り株で羽を休めていた山鳥達が一斉に飛び立つ。ばさばさと大きな音を立てて、二人の上空を通り過ぎて行った。
「トオル、初めはここが変な場所で、なんで有名で人気のある場所か分からなかったけど、この景色を見てわかったよ。なんだか神様になった気分」
「木がないから見下ろせる不思議な場所か。ミステリースポットかと思ったけど、なるほどこの景色を見られるなら、これ以上ない目印だね」
トオルは振り返って切り株が不規則に並ぶ丘を見下ろした。切り揃えられたこの切り株は、遠くから見れば見開かれた目のようにも見える。
「百目の悪魔が世界を見下ろす」なんて言い伝えを商人から聞いていたトオルだが、言い得て妙だと感じていた。
「百目の悪魔がこの世界を見下ろしている……。恐ろしくも好きな人が多そうな文句だな」
年中姿を変えないこの丘は子どもに対する脅し文句としても有名だった。「いい子にしないと悪魔にされちゃうぞ!」と親はこの丘を指さす。遠くからでは切り株に見えないこの丘は絶大な効果がある。
切り株にリスが登る。元は森育ちとはいえ、久々に見る森の動物にソラが食いつく。
ハーフエルフは動物と相性がいいのか、ソラが近づいてもリスは逃げる様子を見せない。木の実をかりかりと齧り続け頬を膨らませていた。
ソラはずっとその様子を観察している。いつしか手が真似して口元で細かく動かしていた。リスが二匹。向かい合って食事している風景。トオルとしてはこの丘からの絶景よりも和めるソラの動きを見ている方が面白かった。
トオルはリスを脅かさないようゆっくり近づき、ソラの隣でしゃがむ。野生動物と触れ合う機会の少ないトオルはソラのように大胆な動きは出来ず、両者の動きを見ているだけだった。
しかしリスにソラを取られているのが悔しいのか、トオルはソラに突然の愛を語ってみる。
「ソラは可愛いな。リスよりも目が大きくて真ん丸で整った顔立ち。いつも僕の手を握ってくれるソラの手は温かくて暑い夏でも飽きない。亜麻色の髪はどんな絶景よりも美しいし、なにより僕にとって最も愛らしい存在だ」
「……トオルは世界で一番かっこいい!」
トオルの渾身のセリフはソラの一言に相殺された。トオルの長々とした愛のセリフはソラのように一言で真っすぐな言葉でまとめられた。
トオルのような言葉は時には必要だろう。しかしソラは誰よりもトオルを知っている自身があっての言葉。相殺どころかソラが勝っていた。
だからソラは欲しくなった。トオルが誰よりもソラを知っている証拠を。ソラの言葉に釣り合う言葉を。
「ソラは世界で一番かわいい僕の妻だ!」
「トオル!」
トオルに抱き着くソラ。頭をトオルの胸に押し付けて、しばらくそのままでいる。
リスは食事が済んで空気を読むように木のある山へと帰っていった。
ソラの抱き着き癖は今に始まったことではない。トオルを好きになればその度に抱き着く。街中では自重している節があるが、旅の途中や寝る前など、自然に抱き着けると思ったら抱き着いているのがソラ。そしてそれを拒まないのがトオル。
そのため気が付けば二人の空間ができている。
二人は立ち上がる。ソラは抱き着いたままトオルを上目遣いに見る。これをするとトオルはいつも決まって頬を赤らめる。
トオルが上目遣いに弱いことをソラは利用していた。
背伸びして顔を近づけるソラは確信犯。トオルが耐えられなくなって目を逸らしながらソラをゆっくり離すところまでがいつも通り。しかし決して突き放すような乱暴なことをしないのがトオルの優しいところだとソラは分かっている。
トオルがソラに対して行動を起こし、いつも今回のように返り討ちに遭う。トオルは現状を改善するかと思いきや毎回同じ状況を繰り返している。
もはや癖になっていた。このシチュエーションが気に入っていると本人が自覚していないため、同じことを繰り返している。そして、それをソラは知っているせいで悪用され続けていた。
トオルの反応を楽しむのが目的だった。
陽は正面の地平線に沈もうとし、背後からは闇が迫ってきていた。二人の頭上では明と暗がグラデーションを起こし、丁度境目にいるかのようだった。
「そろそろ暗くなりそうだし、そこの川に行こうか」
「そうだね、一日かけての移動で疲れたし、お尻が痛いよ。でも夕食は少し豪華に出来るかも」
丘には切り株しかないが、山であることには違いない。山菜は当たり前のようにそこかしこに生えているし、この丘にこだわらなければ木の実はそれこそ山のように生っている。
これだけあればソラの料理は豪華に出来る。トオルも手伝えば、食べきることを考えなければ夕食の量は普段の三倍にまで増えるだろう。さらに木の実のようなデザート的存在は別腹。
疲れた体を奮い立たせ、てきぱきと手を動かし、気が付けば二人の前には空になった複数の食器が並んでいる。久々にカップ以外の食器も使って満足していた。
今は食後の出がらしのような薄いお茶を飲んでいるところ。二人にはたとえ暑い夏でも疲れた身体には熱いお茶が似合っていた。
トオルの額にはライトに照らされてきらきらと光る汗が張り付いている。ソラは先に水浴びを済ませているおかげか、タオルでさっと拭き取れるような軽い汗しか浮かんでいない。
「さてと、ソラ、飲み終わったし僕も水浴びをしたい……んだけど……寝ちゃったか」
「……すぅ……すぅ」
ソラは一日の疲れが水浴び後にどっとやってきたせいか、お茶を飲み干したカップを両手で大事に包むように持ち、穏やかな寝息と共に夢の世界へと旅立っていた。
トオルはソラからカップを取り上げ、事前に用意していた水で丁寧に洗う。他の食器は先に洗ってあるため、洗い物はカップだけだ。
水滴を拭き取り、カバンに仕舞った後は寝間着のソラに近づく。
「よし……汗臭い体でごめんよ」
そういってトオルは体を丸めて寝ているソラを横向きに抱えてテントに連れ込む。試行錯誤しながらもなんとか寝袋に収まったソラの穏やかな寝顔を見て満足する。
まだ、少し片づけがあるためトオルはテントを出た。水浴びはお預けになったが、しばらくは川に沿って移動する旅になる。それならばいつでもできると割り切って、残った水で簡単に身体を拭くだけに留めた。
片づけを済まし、寝間着に着替えたトオルはライトを消してテントに入る。
光源のない真っ暗な狭いテントを慎重に進み、トオルは寝袋に身体を潜らせた。
「明日はゆっくりでいいかな? 今日みたいな移動は僕らにはやっぱり向いていないから疲れたな。ソラ、おやすみ」
ソラのいる方へ静かに声をかけ、トオルも夢の世界へ旅立った。なお翌朝、先に目を覚ましたソラは、昨晩トオルがどのような方法でここまで連れてきたのか想像して顔をリンゴのように赤くしした。




