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ソラはいつもアマイロに  作者: 七香まど
10/24

夏の一夜


 ミーン……ミンミンミンミンミーン……――。


 夏の暑さの象徴である蝉が命を振り絞らんとばかりに合唱する。この合唱を聞くだけで体感の暑さは気温の倍以上、炎天下を進む旅人や商人を鬱々とさせた。


 陽を遮る高い木や建造物のない路上の一本道を走るおんぼろバイク。金属部分は陽によって熱せられ、卵を割れば目玉焼きができそうなほどに熱せられていた。


 そんなバイクに乗ってぺぺぺと旅をしている一組の夫婦。操縦している少年は金髪の被り物にそれが飛ばされないようゴーグルのバンドで押さえた顔も心も優しい夫のトオル。


そんなトオルに抱き着いて後部座席に座っているのは、涼し気なワンピースから更に丈の短いスカートに着替えた亜麻色の髪のハーフエルフの少女、もとい妻のソラ。


 二人は例に漏れず蝉の合唱にうんざりしていた。半袖のシャツにハーフパンツ姿のトオルと、前よりスカート丈が少し短くなった水色のワンピースに長い亜麻色の髪を後ろで一つにまとめてポニーテールにしているソラ。どんなに涼しい格好をしていても暑いものは暑い。


 二人の額には常に玉の汗が浮かび、塩飴と水分をこまめにとってバイクを走らせていた。


 暑さは二人の根気だけでなく口数まで減らし、両者間で余計な会話をすることさえ今は出来ていなかった。


 しばらく無言が続く。ソラはトオルの背中に隙間を開けてしがみつき、ずっと晴天の空を眺めている。どこまでも続く天色の空。しばらく雨が降っていないのも暑さの原因だろうか。


 バイクを走らせ続けるトオルは、地平線の向こうに橋があるのを発見する。橋があるということはその下に川が流れているかもしれない。川でバイクを一度冷やした方がいいかもしれないと休憩も兼ねて橋へとトオルたちは進路を変えた。


「……マジですかー」


「見事に枯れてるね」


 橋にたどり着いたトオルたちはバイクを停め、さっそく川を確かめた。しかし雨がほとんど降らないこの地域では川は干上がっているのは当然だった。ひびの入った土がどこまでも続く川の跡。


「ソラ、どうする? ここから移動してもずっと陽の下を走りそうだし、今日は早めにテントを張って朝一番のまだ暑くない時間に出てもいいんじゃないかな?」


「そうだね、橋の下は陰になっているし、この暑さでもう移動したくないし、夏の間は朝早くに移動を開始していいと思う」


「それじゃあ、早いけど、今日はここにテントを張ろうか」


「私は夕食を採ってくるね」


 ソラは橋の下から出て行き、近くに生えている葉を調べに行った。


 枯れた大地でも育つ強い野菜はわずかにだが存在する。ソラはそれらを思い出しながら、枯れ枝のようなものを引っこ抜いた。


 陽はまだ高い所にいる。しかし、暑い時間はまだまだ続き、トオルがテントを張っている間、だらだらと汗は流れ続けた。


 採れた野菜を腕に抱えて帰ってきたソラも汗だくで、帰ってくるなりテントの床に倒れ込んだ。


「トオル~ シャワー浴びたい……」


「ここにシャワーはないよ。残念だけど体を拭くくらいしかできないよ」


「むー、やあだ! シャワー浴びたい!」


 ソラが駄々っ子のように文句を言う。しかし、唸ったところでシャワーは出現しない。暑さが増すだけだ。


 トオルもどうにかしたいところだが、ソラ任せなところがある以上どうにもアイディアが思い浮かばない。


「水をシャワーみたいに少量で生み出し続けるのは出来ないの?」


「それは余計疲れるよ。得意な魔法だったらよかったのに」


 夕食まで時間があるし、それまでやることといったら汗を流すくらい。しかし、この暑い中普通に身体を拭くくらいではソラは満足できなくなっていた。


「そうだ! 量産できないなら薄く延ばせばいいじゃない!」


「ど、どうしたの? 突然大声なんか出して……って、ソラ!?」


 ソラは思い付きを実行すべく、いきなりワンピースを脱ぎだした。そんなソラの行動に驚いたトオルは身体をとっさに後ろに向ける。


 トオルをからかいつつ何度も身体を拭いてもらっているソラは少しくらい見られてもいいと思っているが恥じらいは乙女らしくしっかり残っている。身体のべたつきをどうにかしたい一心で服を脱いでしまったことに後から羞恥心がやってきた。


 ワンピースを脱いだ後にトオルが目の前にいることに気付いて顔を真っ赤に染めるソラであったが、それを気付かれないようテントに入った。


 トオルは一人呆けることとなった。乙女の園を覗き見するような度胸をトオルは持ち合わせていないし、それで愛するソラに嫌われるのが怖かった。


 ソラとしては覗きくらい寛容な心で許すつもりではあるが、トオルが覗きをしないことを分かっている。もし覗いてくるようならば全力でからかってやろうと思うほどに。


 テントの中からは水の音が聞こえる。ぴちゃぴちゃと浅瀬に足を踏み入れたような音。それがなんなのかトオルは分からず、しばらくテントの外で待ち続けた。


「おまたせ。トオルもどう?」


 十分ほど待った後、衣擦れの音がした後にテントからラフな格好のソラが出てきた。主に宿で寝るときに着る半袖シャツにショートパンツで旅には向かない衣装。今日はもう休みだしいいかとそれに着替えた。


「どうって何やってたの? 水の音は聞こえたけど」

「水風呂みたいなことをしてたの。水魔法で出した水を薄く広げて身体に貼り付けるような感じ。そのまま全身拭けるし頭も洗えるよ」

「じゃあ、お願いしようかな」


 ソラは任せてとばかりに力こぶをつくる。しかし、トオルは肝心なことに気付いていなかった。体に水を薄く貼るということはそれだけ繊細な魔法の使い方を要する。つまり、ソラの見ている目の前で水浴びをしなければならない。


 トオルはその事実に気付いた時には服を脱いでおり、後ろではにこにこしたソラが水を生み出して待っていた。


 最後の抵抗として腰にタオルを巻くことに成功したが、はたしてそれが意味を成したのかどうか。


 さらにはテントの中がトオルには狭すぎたため、外で行うこととなった。



 顔が真っ赤になったトオルの羞恥プレイの後、夕食を食べ終わり後片付けも終われば、明日の朝に備えて二人は早くも寝袋に入った。予定では陽が昇る前にここを出ようと考えている。


 テントの中からでは星一つ見えない。真っ暗闇のようでトオルはいつかテントの内側に星座でも書き込もうかと考えている。


 二人で寝るにはあまりにも狭いテント。トオルとソラは肩が触れそうな状態で寝ている。足まで伸ばせるのはソラだけで、翌朝トオルの足はソラと重なっている場合が多い。決してお互い寝相が悪いわけではないのに、お互いの身体は前日より近づいて朝を迎えている。


 ソラは就寝したトオルの安らかな寝顔を見てから眠りにつくことが日課となっていて、そのためか朝はトオルよりも起きるのが遅い。トオルはソラよりも先に起きて、毎朝、目の前にいるソラの可愛い寝顔にどきどきしている。両者知らない内に寝顔を見て楽しんでいた。


「ねえ、トオル? 次の目的地には明日着くのかな?」


「多分着くと思うよ。朝一で行動すれば陽が傾く前にはたどり着くと思う。次の目的地『倒木の山』には綺麗な川が流れているみたいだから、頑張って走らせようと思ってるよ」


「切り株しかないのに山としての機能が生きている不思議な山だっけ? 本当、世界っていろいろ変わっちゃったね」


「世界的に生態系をいじるほどの戦争をしたのが悪い。結局世界の人口を大きく減らして終末を迎えちゃったからね」


 間近で話しているため小声でもお互いに声は聞こえる。暗闇でお互いの姿が見えなくても呼吸や身じろぎの音で今どんな状況なのかが把握できる。毎晩同じ場所で寝ていればお互いの癖にも気付き始める。


 トオルが就寝した頃には夜目が利くようになる。ふと、ソラがトオルを見れば穏やかな寝顔を無防備に晒している。


 規則的な呼吸なら安心してソラは寝られるし翌朝心が弾む。苦しそうならトオルの頭を撫でてあげる。時には胸にトオルの頭を寄せて心臓の音を聞かせることもある。


 見た目は子どもであってもこういう時はトオルよりも年上であることを見せているソラ。トオルは寝ている間にこんなことをされているとは気付かないため、ソラのことを守るべき『年下』の女の子という認識が残っている。


 年上ということは分かっていても、ソラの言動がどうしても年下に見えてしまうトオル。たまに見せるソラの大人らしさにどきどきさせられるトオルだが、その大人らしさの半分はソラの少女らしい『可愛らしさ』が占めている。


 しかし、お互いの魅力を知っているおかげで飽きることはない。相性がいいと言っていい。

 二人の親和力は熟年夫婦に届くものがあれば、付き合いたての恋人同士のようなところもある。


「おやすみ、トオル」


 ソラは最近、恋しいトオルの額にキスをして、キャッキャと一人はしゃぎながら眠りにつくのが習慣化している――。


 ソラはトオルの寝顔を見るまで寝たふりをしているのだから、朝起きるのがトオルより遅いのは当然のことだった。


 トオルは陽が昇っていないまだ夜といった時間に覚醒する。


 ゆっくりと目を開け、頭を横に向けたままの視界をはっきりさせていくとほんの十数センチの所にソラのあどけない寝顔があった。


 夜にソラが楽しんだのなら朝はトオルが冷静を失う番。いつもより近い位置にいたソラにどうしたものかと動けずにいると、トオルの顔に甘い息がかかる。しっかり目が覚め、意識がハッキリしていたおかげで、甘い息の出所を貪るようなことはしなかったが、正直ソラの身体を抱きしめたい衝動に駆られていた。


 ソラは暑くて無意識だったのか、寝袋は腰のあたりまで下がっていて、寝間着の胸元がはだけていた。薄暗くても分かるソラの白磁のような肌に、トオル好みの薄い胸。夫婦なのだから何をしようと問題は無いし、ソラもいつかなと待っているが、決して少女趣味ではないと自分に言い聞かせて手は出さない。


 いつもはソラがトオルに抱き着いてトオルが受け入れる形ではあるが、抱き着かれた後にこっそり身長差を利用して髪の匂いを嗅いだりしているのはソラにばれている。


 トオルはソラのはだけた寝間着をどうしようかと考えていたところ、ソラが呻き声と共に目を覚ます。


 早起きしなければいけないことを頭が認識していたのか、早い時間であってもソラは目を覚ました。


 ソラは寝袋が腰まで下がっていることや胸元がはだけていることを確認するやいなや――


「……えっち」


「何もしてないよ!」


 胸元を隠したソラは「分かってるよ」と笑い、先ほどトオルが抱き着きたいと思っていたことを知っていたかのように身体を起こしたトオルの胸に飛び込んだ。


 トオルの胸に頭を押し付けてマーキングするように頭をこすりつける。満足するまで続き、やがて顔を見せたソラにトオルはほほ笑む。


「おはよう、ソラ」


「おはよう、トオル!」


 欠けた月の明かりがわずかに照らす薄暗い橋の下、二人は寝間着を着替え、仲良く朝食の準備に取り掛かった。

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