エターリア・フォルテス
ドガシャーン!!
いきなり扉が破壊され、シスターアルフィリーナは飛び起きた!
「ななな、なんですか! 一体!!」
慌てて部屋を飛び出すと、修道院の中に怖いお兄さんが一人、物静かに立っていた。
前髪のせいで右目がよく見えないが、すらっとした体形でものすごく怖い雰囲気の男だ。
突然入ってきたかと思ったらタバコを口にくわえつつものすごく睨んでいる。
あれは絶対に人を殺した事がある。
見るからにそんな男だった。
「あ、あ、あのっ! 何か御用ですか? 私は最近この修道院に赴任したアルフィリーナと申しますっ!」
「……」
男は黙って手を差し伸べてきた。
怖いので、恐る恐る近くのテーブルにあったバナナを渡してみる。
その瞬間、無言でテーブルを蹴り飛ばされた。
「ひぃいいい!」
怖くなったアルフィリーナは逃げる様にテーブルの後ろに隠れる。
「バナナはいらねぇよお嬢ちゃん……どうやら何も知らないようだな……」
呆れたように言い放つ男は、懐から一枚の紙を取り出しアルフィリーナに見せつける。
「ここの前任者が、借りた金を踏み倒して逃げやがった……」
「え? 私そんな話聞いてないです!」
その瞬間、男はものすごい殺気を放ち近くにあった花瓶を蹴り飛ばした。
男はアルフィリーナを座らせ、自らもしゃがみ込む。
やがてアルフィリーナを睨みつけながらも諭すような雰囲気でゆっくりと話かけ始めた。
「……なぁお嬢ちゃん、例えばの話だがおまえが人を信じて誰かを助けたとする。手段はなんでもいい……歩けないじいさんをおぶったとか、腹の減ったガキにバナナをやったとかだ」
「はぁ」
「人を信じるってのは素晴らしい事だし、親切にするのはシスターさんだって素敵な事だと思わないか?」
「思います!」
「そうだろ? でだ、俺も信じたやつに金を貸したんだよ……まぁ、ここの前任者だ。そいつが、生活が苦しい、一ヶ月たったら返す、私を信じてくださいって言うからな……でも、約束を破って突然消えたら誰だって悲しいよな」
「悲しいです」
「俺は、それでも人を信じたらダメだとは思いたくないんだ、で、どうしたものかと思い今この場所にいる」
「なるほど……」
「わーいやったー、新しいシスターさんが赴任してきたー(棒読み)
俺はこの人にすがるしかないんだ、と今は思っている」
「はぁ……」
「借金は利息込みで百万ゴールドだ、早いとこ返してくれじゃあな」
バタン
言うだけ言って男は出て行った。
……
しばらくキョトンとして扉を見つめるアルフィリーナ。
「えーっ! 私が借金を返すんですかぁぁあああ??!」
荒らされた修道院に、ただただアルフィリーナの声が響いていた……
……
赴任してきて早々、シスターアルフィリーナは多額の借金を負ってしまった。
しかし、ファンタジーなこの世界では、モンスター討伐でなんとかならなくもない金額だったりはする。
とぼとぼと歩き村のギルドホールに到着したアルフィリーナ。
「こうなったらなんとしても百万ゴールドを稼ぐしかないです! たのもー!」
――リファールアルグレオ村ギルドホール
「あら、シスターちゃんじゃない! どうしたの? こんな所に来ちゃって、迷子?」
いつのまにか『シスターちゃん』という名称が定着してるアルフィリーナ。
「違うんです! すぐに百万ゴールド稼がなくちゃいけなくて、何か良いクエストはないですか?」
当然だが受付のお姉さんは、現実世界でいきなり「百万円稼がなくちゃいけないんです!」と言われた人のように戸惑う。
「あらあら百万ゴールドとは大金ね。うーん難度の高いリザードキング討伐でも十万ゴールドが関の山か……魔族の討伐なら百万ゴールドのがあるけどシスターちゃん魔法とか使えたっけ?」
「使えないんですぅぅううう!」
「魔族や魔人には攻撃魔法か魔法の力がある武器以外のダメージが通らないからねー。オークキングやドラゴンを倒した実力ならいけるかと思ったけど無理かぁ、そうなると百万ゴールドは難しいねぇ……」
「ドラゴンはレジーナさんが倒したようなものです。それより私、武器も使えないんで……採取とか運搬で高額なのはありませんか?」
「運搬なら、ほら、それ」
受け付けの横に積んである大きめの石板を指差した。
「それを運搬して隣町のギルドに納めれば一個につき1万ゴールドもらえるよ。結構高額なんで人気が出るかと思ったんだけど、あまりにも重いから誰も持ち上げられないの」
「これを隣町までですか! 分かりました!」
シスターアルフィリーナは、石板をひょいひょいと四つ積み重ね、一個口にくわえると隣町に向かい走って行った。
「シスターちゃん? えっ? 徒歩で行くの? 馬車を使って良いのに!」
しかし、シスターアルフィリーナの姿はすでになかった……
運搬クエスト『謎の石版を届けろ!』を受注。
「ほへほほはひはひひほへひへは、ほはふほふほひはふへふへ!(これを隣町に持って行けば、五万ゴールドになるんですねっ!)」
口に石版をくわえ、両脇に石版を複数持ち、風を切って走るアルフィリーナも美しく可愛かった。
早速隣町で石板を納め五万ゴールドを受け取るアルフィリーナ。
「これを二十回繰り返せば、百万ゴールドに到達しますっ!」
ぜぇぜぇはぁはぁ言いながら往復を繰り返すアルフィリーナ。
「シスターちゃん馬車! 馬車~! あぁ、もう! また行っちゃった!」
すさまじい気合を持ってアルフィリーナは仕事をこなす、そんな四周目の出来事だった
「おい、そこの美味そうなシスター!」
「な、なんですか? 私は美味しくないです! それに邪魔をしないでください!」
「そんな台詞を吐けるのもここまでだ」
殺気を放ち異次元から黒い闇に包まれた長剣を手にする不審者。
「八つ裂きにしてやるぜ!」
長剣を振りかざし、五つの石版を背中におんぶするアルフィリーナに襲い掛かった。
「時間がないんですよぅ!」
アルフィリーナは長剣の軌道を見切り、両手が使えないので中腰になり剣に軌道を合わせると、口を使って白刃どりをする。
「ほふ、ほふはほふひははひへはふはひひはひへふは!(もう、こんなの振り回して危ないじゃないですか!)」
ガキン!
アルフィリーナは長剣を噛み切る、噛み切った後に見えた八重歯も実に可愛かった。
「あなた、人間かと思ったけど悪いモンスターだったんですね! 私もう怒りました!」
「なんて人間だ……我が剣をよもや噛み切るとは……良かろう、我は魔人、暗闇を操りし者、我が名に恐怖するがよい、我が名は……」
「えええい!」
アルフィリーナは手を使えないので、石版を背中に背負ったまま、クルクルと綺麗に横回転をし思い切り足を上げると、下着が見えるのも構わず斜め上空からかかと落としを喰らわせた。
ズドン!
地面にめり込んで気絶した敵を確認すると、アルフィリーナはぷんぷん怒りながらクエストの続きを始める。
「わ、我の名は……ぐはっ!」
名前を言い切る前に魔人は消滅した。
この世の理不尽や不条理を唯一吹き飛ばすことができる存在『伝説の勇者』のかかと落としはそれほど強力なものだった。
「シスター! もうっ! ダメですよ! 馬車も使わずに隣町まで石板を運搬するなんて! それにクエストも受けてないのに魔人を倒すなんて……って、えー!!」
「な、なんです? そんなに驚いて」
アルフィリーナは気にせず一日中運搬を続けていた。
――リファールアルグレオ修道院
「や、やっと終わりましたぁぁあああ」
その日の夜、修道院に戻ると男が黙って立っていた。
「お嬢ちゃん、お金はいくらできたんだい?」
「…………」
疲れ切ったアルフィリーナはゴールドが入った袋を差し出すと同時に、美しい姿で床に転がった。
「おいおい、お嬢ちゃん、風邪を引くぜ、ったく」
……
男は差し出された袋をテーブルに置くと、中身のゴールドを確認しはじめる。
(思ったより重いな……)
!?
それもそのはず、袋の中には運搬で稼いだお金と、魔人を討伐して手に入れた計二百万ゴールドが入っている。
「なにっ!?……二百万ゴールドだと?」
男は思わず座っていた椅子からガタッという音を立て立ち上がる。
慌てて倒れているアルフィリーナを見つめる。
男の頬には冷や汗がツーっと落ちてきた。
(馬鹿な!?……コイツ、だった一日で二百万ゴールドを稼いできたっていうのか!)
「上級クエストをこなす盾職パラディンがいるパーティでも、一日10万ゴールドが関の山ってのに、コイツ……一体……」
普段は冷静な男だったが、この時ばかりはその冷静さを保てなかった。
「……」
男は改めてアルフィリーナを見る。
そこには可愛い顔で、よだれをたらしながらすやすやと眠るだけの小娘がいた。
「……なんなんだこのガキは一体……とてつもない事をやってのけたというのに、当の本人はすやすやと幸せそうに眠ってやがる」
『約束しましたよね……』
!?
(なんだ! 今のは……)
「ぐあああああ!」
男は光り出す右目を押さえて震えると、すやすやと眠るアルフィリーナからなんだか懐かしい台詞を思い出していた。
「こいつ! こいつは一体っつ!!」
修道院の中ではしばらく男の苦しみ悶える声が響き渡っていた。
《次の日の朝》
アルフィリーナはしばらくして目を覚ます。
「ふぁ、良く寝ました! って、あれ? ここはベッドの上? 誰が運んでくれたのでしょう?」
疑問に思って部屋をでたが、修道院には誰もいなかった。
丸めがねをテーブルから取ると、そこには一通の手紙が添えてあった。
「あれ? この手紙、もしかしてあの男性が書いたのでしょうか?」
なにかとんでもないことが書いていないことを祈りつつ、恐る恐る手紙を読む。
『お嬢ちゃん、俺は今までずっと『人を信じる』という事が出来なかったんだが……今回改めて考え方を変えたよ。正直な話、金はどうでもよかったんだ、ただ騙された自分にイライラしてしまってな……いろいろ破壊したりしてすまなかった。俺が全て悪いとは知りつつもあんたにあたっちまったんだ……しかしだ、あんたみたいに無謀でもなんとかしようと頑張る人間もいると知って、正直柄にもなく少しビビっちまった。あんたはたった一日で、これだけの金額を稼いで借金を返しちまったんだぜ?』
アルフィリーナはあの怖い男性が、こんな手紙を書くなんて……と少々驚く。
『前任者の借金は百万ゴールドだ、半年の利息が膨らんではいるとは言ったんだが、まぁ今回は元金だけでチャラってことにしておくさ……元金九十八万ゴールドは悪いが勝手に受け取っておくぜ……ありがとうな』
手紙の最後はこう締めてあった。
『あ、そうそう、もしもあんたがピンチになる時があったら呼んでくれ、まぁそんな事は無いとは思うが少し気になってな……約束は守る。
――エターリア・フォルテスより』
(やっぱり手紙を書いたのはあの男性だ)
「気になるってなんだろ、それに約束?」
アルフィリーナは全く見当がつかない締めの言葉に首を傾げる。
「……怖い人だったけど悪い人じゃなかったんですね。別に暴利でもないし……フォルテスさんもただ人を信じたかっただけ。でも騙されて信じる事が出来なくなって……そんな悩みに少しでも私がお役に立てたのなら、嬉しいです」
(残りのお金は修道院の修理代……なのかな?)
アルフィリーナは改めてフォルテスに荒らされた修道院を見つめる……
「これは、酷い……」
《一週間後》
村を歩いていると、フォルテスさんが子供達の集団に囲まれていた。
どうやら子供の一人が風船を高い木に引っ掛けて泣いているようだ。
無言で困ったような仕草を見せると、やがてフォルテスさんは木によじ登り風船を取る。子供に風船を渡すと頭を優しく撫でてあげていた。
「フォルテスさん……」
しかし、勘違いした兵士達がフォルテスを連行すると、そんなフォルテスは不気味な笑みをニヤリと浮かべて連れていかれる。
「ちょ、ちょっと! 何やってるんですか!」
アルフィリーナがすごい剣幕で兵士達に事情を説明した事で、すぐにフォルテスは解放された。
「フォルテスさん! ああいうのはきちんと説明しないとダメですよ!」
「そうか……だが、もう慣れているからな……じいさんをおぶっても人さらいとか言われるし、武器屋に行っても人殺しに売る武器はないとか言われるんだ……」
寂しそうに空を見つめるフォルテス。
「フォルテスさん……私はフォルテスさんが良い人だって分かりますよ? いつかみんなも分かってくれますよ、あんなに素敵なお手紙を書く事ができる優しい人だって」
「いや、別に構わない、今の方が俺らしいし……人間なんて信じるに値しないしな」
「フォルテスさん……」
「そういえばお嬢ちゃん……前任者を見つけて事の詳細を話したんだが、今回の借金返済に対して痛く感激していたようだ」
「それは良かったです」
!?
またあの右目の疼きが蘇り、慌てて右目を隠すフォルテス。
「どうかしたんですか?」
「……いや、なんでもない……」
フォルテスは、しばらく気まずそうにしていたが、困ったように無言で一通の手紙を懐から取り出して渡してくる。
「ん? 読めば良いんですか?」
アルフィリーナは受け取った手紙をわくわくしながら開いた。
「……」
『ごめんね♪ 生活費が足りないからまたお金を貸りちゃった⭐︎ てへっ! いやーお姉ちゃん助かっちゃいましたよ! フォルテスさんはこわいお兄さんに見えるけど良い人だよっ! 後はお願いね~(≧∀≦)』
アルフィリーナは手紙に書かれた驚愕の内容に言葉が出ず、口をパクパクさせながらフォルテスに手紙を指差した。
「前任者はこういうやつでな、断りきれず貸してしまったんだが、どうしたものか……」
「……ど、どうしましょうかね?」
「俺はやっぱりシスターを信じちゃいけない気がしてきた」
悪い人じゃ無いと分かってからは、この台詞も本心なんだろうなと思い、同情してしまう。
「それはダメですよ! せっかく人を信じられるようになったんじゃないですか!」
『あなたはそんな悪い人じゃ無い……』
!?
勇者アルフィリーナの屈託の無い溢れるような笑顔がフラッシュバックする。
(この口調、この容姿! 思い出した……コイツ!)
「……ふっ」
フォルテスは吹っ切れたようにふっと笑みを浮かべると、アルフィリーナの肩をポンと叩き、手を振りながら去ってこう言った。
「そうか……じゃあ借金三百万だ、期限と利息は気にしないから気軽に返してくれ、大変だろうが頑張れよ、じゃあな」
「えーっ! 私が返すんですかあああ?!」
笑いながら去って行くフォルテス。
後ろからはアルフィリーナの泣き叫ぶ声がこだましていた。
フォルテスは、ふっと笑みを浮かべると、なかなか世の中は捨てたもんじゃないなと感慨にふける。今までの人生で最高に楽しい気分だった。
「しばらく長い付き合いになりそうだぜ、お嬢ちゃん……」
前任者とフォルテスに振り回され、またしても多額の借金を背負ってしまうアルフィリーナであった。