傍に……………………
楽しんで戴けたら嬉しいです。
輝也は満月を背に言った。
「行かなくちゃ」
「行くって何処へ? 」
本当は聞きたくない。
ワタシはスカートを両手で握った。
「村へ……………
儀式ある」
輝也も行ってしまうのだ。
行ってしまうのだ、ワタシを置いて………………………。
また独人ぼっちになってしまう………………………。
涙がぽろぽろ零れ始める。
「嘘つき!
ずっと傍に居るって言ったよ!
また置き去りにされるのはいや……………………! 」
輝也は驚いた様に眼を見開きワタシを見詰めている。
ワタシは輝也の次の言葉に怯えた。
それでも行くと言ったらどうしよう。
そしたら、またあの味気無い日常が始まる。
ワタシは誰かの雑音になって何も感じなくなる。
輝也にまで置き去りにされたら、もう海の風だけでは癒す事なんてできない。
ワタシは無意味な存在になって、歯車の様に感情も忘れて、誰かの日常の味気無い風景の一部になるだけ。
嫌だ…………………………………。
嫌だ。
嫌だ!
「お願い……………………。
お願いだから独人にしないで!! 」
ワタシは思わず叫んでいた。
輝也はワタシの腕を掴むと力強くワタシを抱き締め、ワタシの頭を宥めるように撫でて言った。
「傍に居る………………………」
輝也の暖かな温もりに包まれ、ワタシは少し冷静さを取り戻し、輝也の背中に腕を回し、胸に顔を埋めた。
輝也とワタシは並んで座り、輝也はワタシの肩を抱いて、ワタシが話す繰り言を聞いてくれた。
さっきから輝也の呼吸が乱れている気がする。
見ると水の中でも無いのに輝也は魚人の姿になっていた。
背中の鰭がTシャツを裂いてしまっている。
ぐらりと輝也は体勢を崩し床に倒れた。
眉間に皺を寄せ、冷や汗を流して酷く苦しそうに呼吸している。
「輝也!
どうしたの?!
お願い返事して! 」
輝也は苦しそうに途切れ途切れに言った。
「儀式…………………
満月に…………村帰る………………
儀式………受けて……人間…………になる…………
契約…………した…………………
儀式……受けないと………………死ぬ…………………………
村の……………おきて………………………………」
「どうして最初に言ってくれなかったの? 」
「ご………めん…………………」
「とにかく海行こう
立てる……………? 」
ワタシは輝也の腕を自分の肩に回して輝也を立たせた。
「傍に居なきゃ………………………」
「莫迦!
死んだら永遠に離ればなれになっちゃう」
輝也の身体を支えながら海へ向かって歩いた。
道すがらワタシは訊いた。
「どうして月を見て泣いてたの? 」
「人間になる……………
村………帰れない……………………
もう………村のみんな……逢えない……………」
「どうしてそんな淋しい想いまでして人間になりたいの? 」
「浅葱の…………傍に………居たい………………」
「……………………………莫迦……………………………」
海に着くと輝也はワタシに口付けた。
「必ず………戻る…………………」
「うん……………………………」
ワタシは何度も頷いた。
輝也はワタシに背を向けて海へと歩いた。
仕方ないことは解っている。
でも…………離れたく無い。
もし、戻って来なかったら…………。
「輝也! 」
輝也は振り返った。
ワタシは泣きながら言った。
「ワタシも連れて行って! 」
輝也は戻って来て言った。
「ごめん……………
村のおきて…………………
よそ者……村に……………入れられない………………」
ワタシは座り込んだ。
「きっと戻って来て
きっと………………………………」
輝也は屈んで、俯くワタシの顔を自分に向かせて言った。
「きっと戻る」
ワタシの流す涙を親指で拭うと輝也は行ってしまった。
ワタシは遠ざかる輝也の姿を眼で追いながら、置き去りにされたんじゃないと必死に自分に言い聞かせるのが精一杯だった。
ワタシは毎日海へ行き待った。
月は欠け始め、半月になり三日月になり新月になっても輝也は戻らなかった。
輝也はもう戻らないのかも知れない。
もしかしたら儀式に間に合わなくて死んでしまったのかも知れない。
そう思ってしまえば、本当に戻って来なかった時、付いた傷は最小限で済むかも知れない。
ワタシは死ぬことができない。
だから生きているしかない。
信じたい。
でも戻って来なかったら、ワタシはどう生きればいいのだろう。
月はまた膨らみ始め、三日月になり半月になった。
その朝、会社に行こうと玄関のドアを開くと貝殻がドアの前に落ちていた。
何かが書かれている。
『ぎしきまにあわなかった
つぎのまんげつひろって
ずっとそばにいる』
涙が溢れた。
満月の夜、大きなショールを引っ掛け海へ出掛けた。
白い岩があった。
近付くと人だった。
傍に駆け寄りしゃがむと肩をつついた。
眼を開け、顔を上げた輝也はキレイな白い歯を見せて笑って言った。
「ずっと傍に居たい」
「うん! 」
ワタシは笑って、ショールを取ると輝也の身体に掛けた。
戻ってくれた。
しかもまた素っ裸で………………。
「ショール大きいから猥褻物陳列材にならないよ」
輝也は困ったような顔をして頭を掻いた。
大きな布切れ一枚羽織った男の手を引く若い女って絵面的にどうだろう?
ほんと、真夜中で良かった。
fin
最後までお付き合い戴き有り難うございました。
なんの変哲も無いラブストーリーなのですが、私この作品好きなんですよお。
主人公の浅葱が化成り自己中といいますか、自分の都合しか考えられないところある女性だけど、そう云う女性、最近多い気がします。
つか、私の周りそう云う女性多いです。
女の可愛さって愚かな処かなあって思うんですけど、どうですかね?
実は思慮深いけど、愚かな振りできる女性って憧れます。
それではまた、お逢いできる日を楽しみに。
お身体大切に。