人間ではない男
楽しんで読んで戴けたら幸いです。
ワタシは、夜眠れないと近所の海辺へと、よく散歩に出掛けた。
その日もお気に入りのショールを引っ掛け海辺へと散歩に出た。
砂浜を歩いていると心地好い風と波の音が日常の雑音を打ち消してくれる。
時々自分が無意味に思えて来る。
ワタシは誰かが出す雑音でできている気がする。
そんな思考は更にワタシを無意味にする。
無意味なワタシを潮風が包み、波の音を感じる事で自分の確かな存在を感じる。
海辺を歩いていると白い岩が眼に入った。
こんな処に白い岩などあっただろうかと思いながら近付いて行くと、それは全裸の男が倒れているのだと解った。
ワタシは思わず駆け寄り、男の傍にしゃがみ込んで男を見詰めた。
背中が静かに上下している。
呼吸しているのだから生きてはいるようだ。
事故にでも遭ったのだろうか?
ワタシは男の肩を軽くつついてみた。
男は眼を開けワタシを見上げた。
月明かりに照らされた男は、銀髪の可成りのイケメン。
ワタシを視界に認めると男はにっこりと微笑んだ。
『なにゆえマッパで笑える?
え?
えーーーーーっ?!!
こやつ、人間じゃ無いーーーーーっ!!
どうしょーー! 』
男の歯がピラニアの様にギザギザ。
魚人?
男は急に真顔になってワタシを見詰めた。
辺りは月明かりで濃い藍色にキレイなグラデーションが掛かって、煌めく星たちが幻想的な雰囲気を醸し出していた。
そして、男が初めて発した言葉は……………………
「好……………き…………………………」
『いきなりマッパの未確認生物にコクられた?
喜ぶべきか、喜ばざるべきか……………………
複雑…………………………』
ワタシは言った。
「どうして? 」
彼はワタシを指差した。
「時々、ここ来てた
見てた
大好き」
『なんつぅ、簡潔な日本語』
なんだか微笑ましい気さえする。
簡潔だからこそストレートに伝わることもある。
彼は人間では無いけれど、ワタシを想い来てくれた。
素っ裸で………………………。
警戒心が働かなかった理由はこれか?
ワタシはショールを取ると彼の身体に掛けた。
放って置く訳にも行かない。
ワタシは言った。
「ワタシの処へ来る?
どうせ行く当てなんて無いでしょう? 」
彼はにっこり笑って頷いた。
ワタシに手を引かれ彼は大人しく付いて来る。
ワタシは振り返って訊いた。
「ねえ、名前は? 」
「#&*@§☆……………」
『人語じゃ無い…………………
呼ぶ度に真似なんかできるかい! 』
しょうがないので名前については保留にした。
ワタシは立ち止まって言った。
「ワタシの名前は浅葱」
「あ…………さ……ぎ…………………? 」
「そう、あさぎ」
彼は笑って繰り返した。
「あさぎ………………
あさぎ………………
あさぎ………………」
とにかく夜中で良かった。
人に逢ったら、なんて思われるだろう?
ショールを引っ掛けてはいるものの限界がある。
ショールは長いから彼の前側は隠してくれるけど幅が足りないからお尻丸出し。
完全な猥褻物陳列罪である。
そんな男の手を引き、真夜中に住宅街を歩く若い女。
絵面的にどうだろう?
考えたく無い。
アパートに着くと、ワタシは真っ先に箪笥を引っ掻き回して彼の着られそうな服を探した。
パジャマ替わりに着ようと思っていただぼだぼのTシャツと大きめのパジャマのズボンを着せてあげた。
ピンクの大きなハートの付いたTシャツと裾にフリルの付いた七分ズボンを着た彼は見ていて…………………辛い。
パンツについては想像してみて欲しい。
女物のフリルやレースの付いたパンツを穿かせるなんて変態過ぎて想像するだけで気の毒過ぎる。
取り敢えず明日、適当に身繕って買って来るつもりなので、それまでノーパンで耐えて貰おう。
彼は金魚が泳ぐ水槽を興味深そうに見ていた。
水槽が珍しいのかとても熱心だ。
急に水槽に手を入れたかと思うと金魚を捕まえて、あっと云う間に食べてしまった。
金魚の踊り食いなど初めて見た。
そうじゃ無い!
「マツゴロウ! 」
ワタシがずっと可愛がっていた金魚を事もあろうか食べてしまった!
「ひどい! 」
ワタシは彼を睨み付けて言った。
彼は驚いてワタシを見詰めた。
申し訳ないがワタシは泣いた。
ワタシにとっては家族だったのだ。
それに………………………
「ゴンザエモン、独人になっちゃったね」
ゴンザエモンは急に相方が居なくなったので探し回っているようだった。
ワタシは彼の胸に指を刺して言った。
「いいっ!
ゴンザエモンまで食べたら、あんたの腹にロウソクと線香挿して毎日拝んでやるんだから! 」
彼はしゅんとなって言った。
「ご…………めん………………………………」
彼の腹がぐうっと鳴ったので、ワタシは思わず吹き出して笑った。
悪気は無かったのだろう。
彼が魚人なら、水槽に泳ぐ金魚は生きのいい食べ物が美味しそうに泳いでいるだけなのだ。
「お腹空いてるの?
いま、何か作るね」
ワタシはキッチンに立ってピラフを作り始めた。
彼はワタシの横に立って珍しそうにワタシの作業を見ていた。
テーブルに着くと彼はスプーンを不思議そうに観察している。
「こう使うんだよ」
ワタシはスプーンでピラフをすくい食べて見せた。
彼は真似て食べると驚いた様に眼を大きくしてからにっこり笑った。
「うまい……………………」
「そう? 」
こんな風に誰かと食卓を囲んで食事するのは何年振りだろう。
あの人が去ってからもう何年にもなる。
あんなに愛していたのに別の女の子の処へ迷わず行ってしまった。
行かないでと何度も頼んだのに、振り返りもしなかった。
久しく忘れていた幸福な時間…………………。
ワタシは彼に微笑んだ。
「何処から来たの? 」
彼は食べる手を止めて小首を傾げ、考えてから答えた。
「村」
「村は何処にあるの? 」
「海」
「どんな処なの? 」
「キレイ」
答えが直球過ぎる………………………。
寝る時になってワタシは困ってしまった。
布団が一組しかなくソファーすら無い。
板間に寝かせるのは余りに人種差別しているようで気が引ける。
仕方無く一つの布団で寝ることにした。
「いい?
変な事したら速攻追い出すからね」
彼はこくこく頷いた。
だが彼は電気を消して布団に入るなりワタシの身体を抱いて口唇を押し付けて来た。
どうやらワタシが同意していると思っているらしい。
彼の村と云う処では普通に営みは当たり前に行われるものなのだろう。
変な事の期限が明らかに異うのだ。
彼は優しくキスして来た。
いやらしく触るのでは無く、まるで労るように触れて来る。
大切なものに触れるように、愛しいと伝えるように。
ワタシはいつの間にか抵抗しようと云う気が失せ気付けば彼の背中に腕を回して応えていた。
………………………………彼は深い海の香りがした。
朝、眼を覚ますと彼は布団には居なくて、水槽の前で蹲っていた。
「おはよう
そんな処で何してるの? 」
顔を上げた彼は泣いていた。
涙が彼の優しい眼から溢れ、哀しそうに泣いている。
水槽に死んだ魚が何匹も浮かんでいた。
勿論、ゴンザエモンも。
「ゴンザエモン!
いったい何をしたの?
昨日までピンピンして泳いでいたんだよ! 」
ワタシは思わず感情的になった。
ハッとして水槽を見直した。
どうして魚がいっぱい……………………?
よく見るとキッチンに掛けておいたビニール袋が床に落ちていた。
水槽の前に立ち膝で近寄った。
潮の匂いがした。
「仲間を増やそうとしたの?
海から魚を取ってきたのね
莫迦ね、海水ごと入れたら死んじゃうよ」
ワタシは彼を振り返った。
「どうして、こんな事……………………………………
ワタシが昨日泣いたから? 」
彼は涙を流しながら、こくんと頷いた。
魚が増えればワタシが喜ぶと思ったのだ。
それが叶わなくて泣くなんて………………………………。
なんて単純な人、そして純粋な人…………………。
正直ゴンザエモンが死んだのは哀しい。
でも、それ以上に彼の気持ちが嬉しくて、ワタシは彼に抱きついた。
多分ワタシは……………彼が人間じゃ無いから心が許せるのだろう。
「あなたがずっと傍に居てくれたら泣かなくて済むよ。
ずっと傍に居てくれる? 」
彼は言ってくれた。
「傍に…………居る」
読んで戴き有り難うございます!
前作とは全く毛色の異なる作品ができました。
全4話で1日おきに更新しようと考えてます。
読んで戴ければ幸せです。