逆さ虹のかかった日
黒い影がオンボロ橋の向こうを眺めていました。おそらく、キツネでしょうが、何か頭に引っ付けているようです。
「リス?」
黒い影が首を傾げました。何となく微笑ましい光景です。そして、黒い影のそばにもう一つ小さな黒い影がやってきました。
「ねぇ、お父ちゃん、あれって?」
「あれは、きっとキツネさんとリスさんだね」
「仲良しなんだ」
大きい方の黒い影は珍しいな、と思いながら、長い黒い筒を空に向けました。
大きな音がしました。
キツネとリスが飛び上がり森の奥へと逃げ帰っていきました。小さな黒い影が驚いて、お父ちゃんの顔を見上げます。
「お父ちゃん、かわいそうだよ」
「そうだね。かわいそうなんだけどね、人間のいる世界にやって来る癖がついてしまうのはいけないんだよ」
それでも小さな黒い影は納得いきません。
「なんで、なんで? 仲良くできたらいいじゃない」
お父ちゃんは苦笑いをしながら「そうできたらいいんだけどね」と返しました。
それはお父ちゃんが小さい頃。一匹のキツネがこちら側へとやってきました。キツネはとてもお腹を空かしていたようで、彼の持っていたおにぎりを物欲しそうに眺めていたのです。彼はキツネを可愛そうに思い、おにぎりをあげました。キツネは喜んでおにぎりをくわえ、もと来た道を戻っていきます。
しばらくの間、キツネは現れませんでした。しかし、冬が深まったある日、またあのキツネが現れたのです。彼はキツネに油揚げをあげました。キツネはそれだけくわえると、またもと来た道へ。
ある日、町のニワトリがいなくなりました。小屋に散らばった羽が惨劇を伝えます。その次の日もまた。そして、畑まで荒らされるようになってしまったのです。
町の人達は猟師に頼み、その犯人を見つけ駆除してもらうことにしたのです。
悪戯の過ぎる、キツネ。
町に猟銃の音が一発響きました。
次の日の朝遅く、その事実を知った彼は大きな声をあげて泣きました。お友だちのキツネが死んじゃった、と。声をあげて、わぁわぁと。そして、もしかしたらどこかにいるのかもしれないと、何かの間違いかもしれないと、彼はオンボロ橋のそばまで駈けていきました。とけかけた雪は彼の足を滑らせ、何度もこけそうになりましたが、一生懸命、走りました。それはいつもキツネが帰る方向です。涙に滲む森の向こう。キツネの家のある方向。彼は大きな声で「きつねさーん」ともう一度叫びました。もちろん、声が響くだけ。そして、空しい響きは残っている雪にしずんでいきます。空に滲みこんでいきます。そこで空を見上げた彼の目には虹が映りました。それはお椀のような虹でした。キツネはもういないんだよ。虹はそんなことを諭しているように見えました。きっとそれがキツネの魂を掬い上げて天に連れ去ってしまったのです。
彼はいつかその話をこの小さな息子にも話さなければならないな、と思い、「帰ろう」と息子の手をつなぎました。
まだまだ寒い早春。木々はその重たくなった雪をふるい落とし始め、大地も黒い肌を見せ始めています。朝の光がつららをお星さまの様に輝かせ、真っ白な雪につららが雫の小さな穴を作り始めます。そして、雪解けの音がクマの寝どこにもぽたんぽたんと響くようになりました。
オンボロ橋の下に流れる川の水も春に気付き、歌い出します。雪解けの水を飲み込み、いつもの大きな流れを作り出していきます。
クマは寝返りを打ちながら、うーんと伸びをしました。そして、眠たい目を擦ります。なんだか、少し眩しくて、何だか少しお腹も空いています。そろそろ、春が来たんだわ、ともう一度伸びをしました。そこへ、キツネとリスが顔を覗かせたので、クマの目はすっかり覚めてしまったのです。
「あのね、クマさん」
「もう起きてる? クマさん」
二匹とも何だか真剣そのものです。
「あのね、あの橋」
いつもそんなに慌てて話をしたりしないキツネまで、そんな様子なのです。クマは驚いて訊きかえします。
「あの橋がどうかしたの?」
「あのね、黒い影がいたの。それでね。ばーんって。とても怖かった。だから、絶対近付いちゃだめだよ」
「大きな音でね、びっくりしてね。きっと、あれがおばけだったんだ」
クマは大きなあくびをしながらのんびりと言いました。
「だから、言ったでしょう? おばけがいるって」
寝ぼけているクマは、のんびりとそう言うとキツネとリスにお願いしました。
「おなか減っちゃった。いっしょに朝ご飯探しに行きましょう」
二匹は「もちろん」とクマを守るようにして、一緒に歩きはじめました。
逆さ虹の森には動物たちが仲良く暮らしています。それは、今もこれからもずっと変わりません。
『逆さ虹』について私なりに調べ、表現させていただきましたが、本来、雪の残る朝に出る物かどうかという疑問が残っております。自身で見たことがないもので……。なので、フィクションの一環として割り切って、楽しんでいただけたなら幸いです。最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。