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願いの叶う池


 森の奥にはとてもきれいな池があります。そこはクマが気に入った穴倉のある場所の近く。アライグマはそこで獲れるカニや魚が大好きでした。だから、今日も手を冷たい水の中に突っ込んでばしゃばしゃと音を立てるのです。うまく手に触れればなんだって捕まえられる自信があるのです。しかし、なかなかうまくいかないのが現実でした。アライグマはむしゃくしゃしながらぱしんと水面を叩きます。


 その音を聞いたコマドリは歌の途中なのにもかかわらず、驚いて木立から飛び立ってしまいました。


 アライグマは森の暴れん坊として有名な動物です。猪突猛進(ちょとつもうしん)に走り出し、他の動物にぶつかっても謝りもしないし、あげく「どかないお前らが悪い」と八つ当たりです。


 そんなアライグマがいつになく素直な声でキツネに尋ねました。


「この辺にどんぐり落ちてないか?」


尋ねられたその時の季節は夏。キツネは首を傾げながらも正直に答えます。


「どんぐりはまだ落ちてないし、まだ実にもなってないと思うよ」


「ふんっ。なんて役に立たないキツネなんだ」


キツネはどうして怒鳴られたのか分からず、ぽかんと口を開け、アライグマはそばにあった木を蹴飛(けと)ばし、去っていきました。


 キツネがアライグマにいわれのない怒りを受けてから、また幾日か経ちました。アライグマは地面をクンクンさせながら、森の中を歩いていました。そう、どんぐりを探しているのです。しかし、どんぐりが落ちているどころか、未だにどこにどんぐりが生るのかも分かりません。キツネが言うには、どんぐりは『実』らしいのです。アライグマはそれでもあきらめず、鼻を地面につけて、手で地面を丁寧(ていねい)になでながら、どんぐりを探していました。すると、指先にひんやりとしたモノが触れました。アライグマの背の毛は瞬く間に逆立ちます。アライグマはそのひんやりとした、足のない生き物が苦手なのです。逆立ったのは毛だけではなく、気持ちも逆立ちます。アライグマはそのままそのひんやりとしたモノを引っ掴んで、遠くへ飛ばしてしまいました。


 そのひんやりとした、足のない生き物であるヘビはよく分からないまま空中へ投げ飛ばされて、枝に引っかかってしまいました。


「一体何なんだよ」


ヘビは大きなため息をつきながら、枝に体を巻き付かせ、するすると木から降りていきました。


 それからまたしばらくして、秋の入り口に差し掛かった頃。アライグマはまたあの池を覗き込んで、苛立ち紛れに水飛沫を立てました。やっと素敵な彼女を見つけたコマドリは、こんどこそ、歌の邪魔をされないように、そっとアライグマに近付き、尋ねます。


「一体全体何に腹を立てているの?」


コマドリはじろりと睨みあげられて、たじろぎますが、恋の邪魔をされては困ります。


「ほら、何だか……ね?」


アライグマはコマドリから視線を外し、もごもごと口を動かします。改まって何かを説明するということが苦手なのです。


「何か役に立つかもしれないよ。だって、ボクには羽がある」


自慢の羽根を大きく広げ、コマドリは自信満々に朱色の頭を頷かせます。


「どんぐりを探してるんだ。でも見つからない」


コマドリは考えました。どんぐりが見つからないのはまだ季節じゃないからです。でも、どうして、アライグマがどんぐりを探しているのだろうか、と。


「どうして、どんぐりを探してるんだい? だって、君は特別にどんぐりが好きってわけじゃないでしょう?」


クマやリスならともかくも、アライグマは特別にどんぐりが好きではなかったはずです。どちらかと言えば、この池にいるサワガニの方が……。


「……誰にも言うなよ」


アライグマはコマドリに念を押して、話し出しました。


 アライグマは言います。ここでリスがどんぐりを投げ入れていたのです。アライグマは思いました。邪魔していたのはこいつか、と。


 その日もアライグマは一生懸命にカニを取ろうとしていたのです。水音が聞こえると手を突っ込み、何かに当たると掴む。それの繰り返しでした。それなのに、その日はここだ、と思って水音の聞こえる場所に手を突っ込むのですが、すぐさま別の場所からまた水音がするのです。何度も、何度も。


 夏だと言ってもさすがに何度も冷たい水に手を突っ込んでいるとかじかんできます。アライグマは、諦めて帰ろうと視線を上げた時に、そのリスを見つけたのでした。


「おまえっ、このやろう」


「ひゃあっ」


(すご)んだアライグマに対し、身長の3倍は跳びあがったリス。しかも運悪く、リスはアライグマの目の前に尻餅をついてしまったのです。そして、アライグマはそのリスを乱暴に掴みました。


「あ、あ、あ、アライグマくん。どうしたの」


「どうしたもなにも、お前のせいでカニが取れなかったじゃないか」


手の中のリスは、その小さな手でアライグマの手を必死になって押し下げようと頑張ります。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


そして、腹立ちまぎれに、リスを叩き付けようとアライグマが手を振り上げた時に、リスが言ったのです。


「カニが取りたいんだったら、ここでお願いすればいいんだよっ」


 そんな訳でアライグマはどんぐりを探していたのです。


「リスくんがどんぐりを投げ入れて……って言ったの?」


「そうさ。どんぐりを投げ入れてお願いすれば、カニが手に入るって。おれ、目がよくないから、そのくらいでカニが食べれるんだったら、そっちの方が嬉しいんだ」


アライグマはほんの少し恥ずかしそうにして、コマドリに伝えました。


「そっかぁ。じゃあ、ボクも探しといてあげるよ」


「えっ、ありがとう」


アライグマは本当に嬉しそうにして、コマドリを見送ってくれました。


 さて、コマドリは困ってしまいました。アライグマが乱暴者だとは思っていましたが、その一因としてあまり目がよくないということがあるようなのです。そして、どんぐりの願い事、それが本当に本当なのかが分かりません。リスは悪戯好きです。でも、何でもよく知っているのも確かなのです。


 リスはどこの木にコマドリの好きな虫がいるということも知っていますし、どこへ行けば、何の実が食べられるかということも知っています。冬になると、貯蔵している木の実をキツネにあげることもあるらしい、本当はいい奴なのです。


 あぁ、でも悪戯の可能性がずいぶんと高い気がする。


 でも、あのアライグマの嬉しそうな顔を裏切るわけにもいきません。頭を抱えて困っていると、コマドリを呼び掛ける声が聞こえてきました。


「コマドリくん。どうしたの? また失恋?」


キツネの声です。


「違うよ」


「じゃあ、なんなの? どうして悲しい歌を歌ってるの?」


頭がいっぱいになってしまって、どうしようもなかったコマドリは、今までの経緯(いきさつ)をキツネに話しました。

 

 キツネは頷きながらコマドリの話にしっかりと耳を傾けました。そして、一緒に考えて、一人で(うな)って、「心配しないで」とコマドリに言いました。


「コマドリくんは、アライグマくんにどんぐりの季節の事だけ教えてあげて。後は僕が何とかするよ」


キツネは、コマドリが秋の終わりになるとこの森からいなくなって、暖かい場所へ行くことを知っていました。


「大丈夫、だって、僕、得意だから」


キツネはにっこり笑って、胸を張りました。



 そして、秋も深まり、どんぐりの季節です。


「おぉ。リス。お前のおかげでカニが食べられたぞ。ありがとうな」


そう言うのはアライグマです。そして、リスは小首を傾げて尋ねます。


「何のおかげ?」


「どんぐり池の願い事さ」


やっぱり、リスは小首を傾げます。でも、アライグマが嬉しそうなので、リスも喜んで返事をしました。


「それは良かったね」


 皆さんはお分かりですよね。アライグマにカニをこっそり取ってあげた気のいい誰かさんのことを。彼はどんぐりを見つけてあげた上に、こっそりとその後ろから忍び歩き、ぱしゃんとキツネジャンプをして、カニを一匹捕まえたのです。


 しかし、驚きなのは、奇遇にもあの時のリスの願い事も叶ってしまっていたことでしょう。


 あの時、アライグマがどんぐりの水音にあたふたしている姿を見て、リスはどんぐりを投げながらこう願いました。


「あんなに面白いのに。アライグマくんもみんなと仲良くなれればいいのに」


リスの悪戯も時には良い方に転ぶこともあるようですよ。



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