根っこ広場
逆さ虹の森には悪戯好きのリスが住んでいました。そして、その悪戯に困る動物たちが、ちょうど根っこ広場に集まって来ています。
まずはヘビの話を聞いてみましょう。
「あいつ、ひどいんだよ。ぼくが卵好きなのを知っててさ、おいしい卵が置き去りにされてあるって言うから、行ってみたらさ」
確かに丸い美味しそうな卵が三つ並んでありました。ヘビは喜んで近付きます。どこを見ても親らしきものもおらず、これはゆっくりとごちそうになれるな、と舌なめずりしました。
よく見ると、見たことのない卵です。少しずつ形が違う白い卵。一体何の卵なのだろう、ヘビはわずかに首を傾げましたが、食いしん坊なヘビのお腹はもう泣き始めていました。そして、大きな口を開けてぱくり。
幸せでした。大好きな卵です。それも三つも。この卵を飲みこみ終えてもまだ二つも食べられるのです。だけど、卵を全部飲み込んだヘビは喉の奥に大きな異変を感じたのです。そして、息が出来なくなりました。その卵は石だったのです。急いで吐き出そうとしましたが、石が三つ、喉の奥でケンカします。
「もし、あの時アライグマ君が走って来てぼくを振り回さなかったらって考えると恐ろしい限りだよ」
森の中ではアライグマも暴れん坊でみんなが迷惑しているのですが、この日は命の恩人になったようです。
集まっていたクマ、キツネもヘビに同情の眼差しを投げかけます。
「それは災難だったね。じゃあ、ボクの方がまだましなのかな」
続けたのはキツネでした。
キツネはお人よしで、よく騙されるのです。キツネの癖に、というのはやめてあげてください。彼は、いい子なのです。
その日はお天気も良くて、おいしいぶどうを見つけたキツネは、うきうきして森の小径を歩いていました。すると、木の上から声がするのです。小さな声ですが、キツネの耳にはどうも苦しんでいるように聞こえます。気になったキツネはその木を見上げます。
小さな黒い手が見えました。あれはリスの手です。
「どうしたの?」
キツネが声を掛けました。すると、リスが言うのです。
「最近体調を崩してて、食べ物がなかなかのどを通らないんだ。でも、君の持っているぶどうならのどを通りそうかな……」
もちろん、断る理由などありません。
「いいよ、いいよ。ほら、あげる。早く良くなってね」
キツネは持っていたぶどうをリスにあげると、心配そうに振り向き振り向き、去っていきました。
「でもね、そのことをコマドリさんに話したら、リス君はずっと病気なんてしてないよって。なんだか、悲しくなってしまって……」
うんうん、とうなずくクマが「キツネくんはいい子だからね」と続けました。
「あたしは、……」
クマの好物は、はちみつにどんぐり、栗でした。そして、どんぐりに栗はリスも大好物です。だからでしょう。冬眠前の秋のこと。クマはリスに巣穴を追いやられてしまったのです。その巣穴はクマにとって初めての場所でしたが、ちょっと行った場所に大きな川もあり、大きな木もたくさんあって、隠れやすい場所にある素敵な巣穴でした。クマは今年はこの穴でぐっすり眠れそうだ、と安心していたのですが、リスが言うのです。
「クマさん。この巣穴で冬眠準備?」
「えぇ、そうよ」
「……ふーん」
なんだか歯切れの悪い返事です。
「まぁ。大丈夫だと思うよ」
とても不吉な別れでした。クマは気になってその夜眠れませんでした。
次の日もリスが来ました。
「あ、クマさん」
「あら、リスくん」
リスは変な顔をしてそのまま立ち去ってしまいました。そして、さらにその次の日も、リスはクマの様子を見に来て、言いました。
「あのねクマさん、顔色が悪いよ」
「……大丈夫よ」
まさか、リスのせいで眠れていないなんて言えません。でも、リスは続けました。
「クマさん、ごめんなさい。あんまり気に入ってそうだったから言えなかったんだけど、僕たちの間じゃ、この岩穴……おばけが出るって言われているんだ」
それを聞いた途端、血の気が引いてしまったクマは、後ろも振り返らずに巣穴を飛び出していました。
「あとで、貯めていた食料を思い出して、取りに行ったんだけど、どんぐりだけがなくなっていたの」
そこへコマドリが飛んできました。
「ねーねー、聞いてよ。ひどいんだよ。リスくんったら……」
頭上を飛び回るコマドリの羽根や頭には色とりどりの葉や花、木の実が突き刺さっています。
「綺麗にしてあげるって言うから」
そこで、ヘビがみんなに声をかけました。
「ちょっといい考えがあるんだけど……」
森のみんなが頭を突き合わせます。
「あれぇ。おっかしいな。みんないるって聞いてきたんだけどな……」
リスがみんなに呼ばれてやって来た場所は、根っこがたくさん見えている森の古い一角。根っこ広場です。この辺りは太陽の光があまり届かなくて、ただでさえお化けが出そうな場所。強がって声をあげては見たもののリスは不安気に周りを見回します。
森の奥はとても暗く、もう少しすれば完全な暗闇の中です。
「みんないないんなら帰るよーっ」
リスは小さな体から出る一番大きな声で叫びました。精一杯叫びました。すると、その暗闇の中から響くような声が聞こえてきたのです。
//おまえは石を卵とだまし、ヘビに食べさせたことがあるか//
突然聞こえてきた声に、跳びあがったリスはふるふると首を横にします。
//では病気だと偽り、キツネをだましたことはあるか//
震えるリスはやはり首を横にします。そして、声はさらに深いところからリスを震わせました。
//ではクマを怖がらせ、穴倉を追い出したのは……お前か//
今度は思いきり頭を振りました。
//嘘をつけっ//
その言葉の後リスは自分が全く動けなくなっていることに気が付きました。ひんやりする何かが、リスの体に巻き付いて、根っこの木に貼りついてしまっています。
//このまま木の一部になるか、真実を語るか//
お腹の周りは冷たいし、背中にはごつごつの木肌が触るし、それに……。リスはもう恐怖の限界でした。
「ごめんなさーいっ。だって、ヘビくん食べちゃうんだもん。ぶどう美味しそうだったんだもん、だって、クマさん、あんなに驚くなんて思ってなかったんだもん。どんぐり大好きなんだもん。ごめんなさーい。本当に」
ふっと、お腹の圧迫が緩みました。そして、リスは慌てて逃げ出しました。リスは走りながら叫びます。
「みんな、ほんとうにごめんなさい。早く帰ってね」
リスの背中を見送った動物たちがくすくす笑いながら出て来ました。
「これでちょっとは懲りたかな?」
ヘビが言うと、みんなは「どうだろう」という表情を浮かべたまま笑って、それぞれの家へと帰っていきました。
さて、この後リスのいたずらが減ったかと言うとそうでもありませんでした。
「ねぇねぇ、知ってる? あの根っこ広場の前で嘘をつくとね、ぎゅうって根っこに引き込まれるんだよーっ。みんなも気を付けてねー」
にこにこしながら、クマの背中でどんぐりの帽子を一生懸命クマの毛に絡め付けているのです。そして、満足そうに短い手を空へと伸ばし、そのまま伸びやかに叫びました。
「わーいっ。やっとくっついたっ」
でも、どうしてあの時、リスは早く帰ってね、なんて言って去って行ったのでしょうね。