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ニコラスはシルヴィと離れた後、複数の女性たちと踊った。
彼女と別れてからずいぶん経ったな、と酒でのどを潤しながらニコラスが思っていると、シルヴィがつかつかと彼のところにやって来た。
「ニコラス王子、私、そろそろ失礼しようと思います」
「もうお帰りになるのですか? それは残念だな。お送りしましょうか?」
ニコラスがそう申し出たところ、シルヴィは
「では、ちょっとそこまでお願いできまして?」
とうなずいた。
「喜んで」
ニコラスは点頭し、空いたグラスを給仕係へ手渡した。
それから彼はシルヴィの手を引いて大広間から出た。
廊下を少し進んだところで、シルヴィは急にあたりを見回し始めた。
何かを探しているのだろうかとニコラスが疑問に思っていると、シルヴィは改めて彼に向き直った。
その顔には、大広間にいた時には存在していた柔らかさが微塵も見当たらず、彼女と初めて会った日にニコラスが目撃した激しさが代わりに台頭していた。
「ニコラス王子、私とまた対戦して下さい!!」
挑戦的な光を帯びた瞳で睨みつけるように見上げられ、ニコラスはシルヴィの気迫に呆気にとられた。
彼女は依頼形を使ってはいたが、断るなんて許さないと言わんばかりの彼女の口調と態度により、ニコラスは命令されたような印象を受けた。
「は?」
「負けっぱなしでは私の沽券に関わるわ。だから、私とまた戦って!」
シルヴィが負けん気が強い性格なのはラザールから聞いていたし、実際先日対戦した時にも目にしたが、ここまでだとは思っていなかったニコラスはとうとうこらえきれずに噴き出した。
「ああ、いいよ。いつにする?」
「明日の午後、学校のほうに行ってもいいかしら?」
「分かった。明日の午後3時半に、前と同じ裏山はどうかな?」
ニコラスの返答に、シルヴィは嬉しそうに笑った。
「分かりました。では、また明日」
話がまとまると、シルヴィは一応ニコラスに頭を下げてから背を向け、ドレスのすそを持ち上げて大股で廊下をずんずん歩いていった。
その徐々に遠ざかる後ろ姿は何だか少し男前だ。先ほどの淑女ぶりが嘘のようだった。とても同一人物には思えない。
「ちゃんと淑女としても振る舞えるのにな」
ニコラスは新しいおもちゃを手に入れた少年のような目をして呟き、大広間へと戻った。