8
大広間に入るなり、シルヴィはまっすぐにニコラスを見つめた。
「ニコラス王子、踊って下さいますか?」
ニコラスは心の中で笑いをこらえることができなかった。普通こういった場合、男性が女性を誘うものだ。ところが、彼女はニコラスが誘うのを待つのではなく、自分からニコラスを誘った。
さっさと俺と踊るという義務を果たしたいのか、それとも彼女は全てにおいて受け身ではなく積極的なのか、どちらかな。
笑いを押し殺し、ニコラスは
「喜んで」
とシルヴィをリードした。
シルヴィのステップは完璧で、たどたどしく踊る彼女を心のどこかで想像していたニコラスは再び驚かされた。
どう? 悪くないでしょ?
自分を見つめる彼女の瞳はニコラスにそう問いかけているようだった。どこかニコラスを挑発するようなそのまなざしが、勝気な性格の彼女によく似合っているようにニコラスには思われた。
彼女のステップは軽快だった。いろいろな女性たちと踊ってきたニコラスから見ても、シルヴィはなかなかの踊り手だった。
感心しているうちに最初の曲が終わってしまったので、ニコラスは
「もう一曲いかがですか?」
と彼女を誘ってみた。
すると、今まで堂々としていたシルヴィが急に目をそらし、手に持っていた扇を広げた。
「あまりの華やかな雰囲気に酔ってしまったようです。失礼して休ませていただいてもいいでしょうか?」
つい先ほどまで軽やかに踊っていたのだから、シルヴィのこの台詞は明らかに嘘だろう。彼女は自分とはもう踊りたくないらしい。
真っ赤な嘘だということは明白だから、ニコラスとしては少々意地悪をしてみたくなった。
「構いませんよ。だが、あなたと踊りたいと思っている者がたくさんいるようですが……」
シルヴィは扇で顔の下半分を隠したまま、もう一方の手を額にかざして目を伏せた。長いまつ毛がくるんとカールしていて、まるで人形のようだった。
「何だかふらふらしますの。他の方と踊る余裕なんて……」
芝居がかった彼女の言動に、ニコラスは噴き出さないようにするのに苦労した。
どうやら彼女は自分も含め、もう誰とも踊りたくないらしい。となると、ニコラスは余計に彼女をたきつけたくなる。
「おや、それは大変ですね。ですが、私とだけ踊って他の男と踊らないのは、あなたが私に負けたと宣言しているようなものですが、それでいいのですか?」
「っ……!!」
彼女の口元を覆う扇の向こう側から、ひくっという息遣いの音がもれた。
「私はどちらでも構いませんがね。あなたが私に負けたのは事実なので」
ニコラスが追い討ちをかけるように言ったところ、シルヴィは顔を引きつらせながら、それでも微笑を浮かべた。
「ニコラス王子、おっしゃるとおりですわね。せっかくの機会ですから、他の方とも踊ることにします」
シルヴィは美しいしぐさでニコラスに一礼してから、彼に背を向けた。
「それもいいでしょう」
必死に笑うのを我慢しながら、ニコラスは彼女の背中にそう声をかけた。