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ラザールはよほど妹を社交界に出したかったのだろうか、彼はすぐに手筈を整え、ニコラスにシルヴィと出席するべきパーティーを指定した。
あわよくばワイン一本だけ手に入れて(ラザールがお詫びと感謝のしるしにと買ったワインはその日のうちにニコラスの胃の腑に収まった)、実際にシルヴィとパーティーに出ることにはならないのではないかと心のどこかで思っていたニコラスだったのだが、どうやら逃げられないようだ。
ラザールにシルヴィとの集合場所や時間なども告げられ、ニコラスが
「妹君には知らせてあるのか?」
と一応彼に尋ねてみたところ、
「ぬかりない」
という返事だった。
「妹のあの性格では心配だから、本当は俺も様子見に行きたいんだけど、あいつの性格からすると、俺が行くとかえって逆効果になると思うんだ、あいつはとにかく頑固だから。だから、世話をかけるがよろしく頼むよ、ニコラス」
ラザールは腰を低くして何度も何度もニコラスに頼んだ。
「ああ、分かった。だが、あまり期待してくれるなよ? 俺もお前の妹を制御できるとは思えないからな」
もちろん自分にできることはするつもりでいるが、何しろあの大公女様だ。何か予想外のことが起きる、あるいは彼女自身が何かを起こすかもしれない。ニコラスはラザールに全責任は負えないことをほのめかした。
「ああ、分かってるよ」
ラザールは重々しくうなずいた。
「じゃあ、行ってくる」
ラザールに見送られたニコラスは、シルヴィとの待ち合わせ場所である皇宮の噴水へと向かった。
どうやら自分のほうが先に到着したらしい。彼女の姿はまだなかった。
ニコラスは噴水の周りにいくつも置かれているベンチに腰を下ろしてシルヴィを待つことにした。
もうそろそろ日が沈む。あたりはずいぶん薄暗くなってきた。春の夕暮れの冷たい空気がニコラスには心地よかった。
複数の皇宮の使用人たちが手分けして、この噴水周辺や廊下のランプに火を灯している。
遠くで淡く光るランプの火をぼんやりと見つめていると、誰かが自分の前に立ちはだかった。
ニコラスは反射的に顔を上げた。
するとそこには、髪をきっちりと結い上げ、ドレスを身にまとったシルヴィがいた。
「ニコラス王子、お待たせして申し訳ありませんでした。今日はどうかよろしくお願いいたします」
シルヴィは柔和な表情で目を少し細めて優雅に微笑みながら、丁寧な口調でニコラスに挨拶した。ドレスのすそをつまむ指先の動きも繊細で、どこからどう見ても淑女だった。
先日目にした野性味溢れる激しい気性を持ったラザールの妹とは全くの別人のようで、ニコラスはシルヴィのあまりの豹変ぶりに驚きを通り越して何だか笑ってしまった。
彼女が完璧な淑女として振る舞うのなら、こちらも紳士として行動しなければならない。
だからニコラスは立ち上がり、女性への挨拶として白いレースの手袋に包まれた彼女の手をすくい上げ、そこにそっと自分のくちびるを押し当てた。
「こちらこそ」
二人は目を合わせた。シルヴィの目は笑っている。ニコラスも噴き出しそうになってしまった。
まさかここまで化けるとはな。
ニコラスとて、どの女性も多かれ少なかれ男の前では取り繕うことを知っている。けれど本来の彼女とこんなにも違う女性像を作り上げたシルヴィに対し、彼は一種の尊敬の念を抱いた。
笑いをもらしてしまいそうになったので、ニコラスは慌てて顔を引きしめ、
「では、まいりましょうか、姫」
とシルヴィをパーティー会場である皇宮の大広間へと誘った。
「ええ」
シルヴィは尊大にも思える大仰なしぐさで、ゆっくりと手をニコラスに差し出した。
ニコラスは必死に笑いをこらえながらその手を取り、二人は大広間へと向かった。