6
ニコラスの一撃で勝負はついた。
地面に倒れ込んだシルヴィは、負けた悔しさを思いっきり表現していた。
「ぐっ……悔しいっ!!」
ニコラスの攻撃で弾かれてしまった自らの剣を見ながら、シルヴィは下くちびるをかみ、握った拳をわなわなと震わせた。
起き上がろうとしないシルヴィに、兄のラザールがやれやれと近付いた。
その間にスヴェンがニコラスの隣にやって来た。
「お前は馬鹿力だからな」
そうなのだ。ニコラスはラザールとスヴェンに比べて力があった。
スヴェンのどことなくからかうような口調はあまり好きではないが、その一方で、これが皮肉屋の彼の褒め言葉だと知っていたから、ニコラスは素直にそれを受け取ることにした。
ニコラスは手に持っていた練習用の剣をスヴェンに返した。
すると、シルヴィを引っ張り上げたラザールが
「どうであれ負けは負けだ。シルヴィ、今度の皇宮のパーティーでニコラスに踊ってもらえ」
と妹に言うのが聞こえてきて、ニコラスは我知らず顔をしかめた。
「はぁ?」
シルヴィも
「えっ……!?」
と困惑しながら目を大きく見開いた。
ラザールは妹に
「お前より強い男となら踊るんだろう?」
と言ってからニコラスに向き直り、
「頼むよ、ニコラス。シルヴィを社交界に引っ張り出すせっかくの機会なんだ。協力してくれ」
とニコラスに依頼した。
この友人ラザールは不思議な力を持っている。ラザールの人柄のせいなのだろうか、それとも人徳なのだろうか、彼が困っていたり問題を抱えていたりすると、なぜか協力してやりたくなるのだ。何だか放っておけないという気になる、と表現するほうが正しいだろうか。
しかも興味深いことに、そんな気持ちになるのは自分だけかと思いきや、スヴェンや他の友人たちもそうらしい。スヴェンはぶつぶつ文句を言いながらも、結局いつもラザールを助けている。
「………ワイン一本で協力してやる」
ニコラスがしぶしぶながらそう告げると、ラザールはぱっと顔を明るくして再び妹を見た。
「分かったな、シルヴィ」
胸を張ったラザールに対し、シルヴィはぶすっとした表情で沈黙を守った。
「………………………」
ニコラスもこの気の強そうな親友の妹をからかってみたくなった。彼女は一体どんな反応をするだろうか。
「おや、君は自分の言葉に責任を持たないのか?」
ニコラスはてっきりシルヴィが拗ねるか逃げるようにこのまま立ち去るのではないかと思ったのだが、意外にも彼女はぴんと背筋を伸ばし、そのままニコラス相手に一礼し、顔を上げてまっすぐに彼を見つめた。堂々としたその立ち振る舞いには幼さを見出すことはできなかった。
「分かりました。ニコラス王子、次回のパーティーではどうか私と踊って下さい」
つんと澄ましたこの表情の下で、彼女はどれほど悔しがっているのだろう。そんなことを想像すると、何だか微笑ましかった。
彼女の感情をもっと引き出してみたくなって、ニコラスは挑発するように
「ああ、いいだろう」
とわざと偉そうに言ってみた。
ぴくっとシルヴィのこめかみが一瞬引きつったのを、ニコラスは見逃さなかった。
だが、何とか感情を抑えようと苦心しているのだろうか、シルヴィは貼りつけたような無表情になってから、
「では、今日はこれで失礼します。ごきげんよう」
と自分たち三人に挨拶し、さっと背を向けて馬に乗り、颯爽と去っていった。
ばつが悪そうにラザールが
「二人とも、うちのわがままな妹が迷惑をかけて悪かった」
とニコラスとスヴェンに詫びた。
「いや、あの鼻っ柱の強さなら、将来大物になるだろうよ」
スヴェンはおかしそうにのどの奥を震わせて笑った。
「おいおい、スヴェン……、縁起でもないことを言うのはやめてくれ……。今でさえ普通の令嬢とは違ってこちらは苦労しているっていうのに、大物になんてなられたら………」
ラザールが幽霊でも見たようにぶるっと体を震わせた。
「ニコラスにも迷惑をかけてしまうけれど、よろしく頼むよ。これからワインを買いにいこう!!」
ニコラスがうなずくとラザールはほっとした表情を見せ、ニコラスとスヴェンを導くように歩き出した。
「おい、ラザール。俺もお前の妹を社交界に引っ張り出すのに貢献したぞ。俺にも当然おごってくれるんだろうな?」
スヴェンもラザールの後に続いた。
「えっ……、仕方ないな……。じゃあ、スヴェンのぶんも買うよ……」
持ち合わせで足りるかな、とラザールは財布の中身を探った。
スヴェンと俺が同じワイン一本なんて、労力のことを考えたら、それはちょっとおかしくないか……?
ずんずんと酒屋を目指して進んでいく二人の背中を見ながら、ニコラスは苦笑した。