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「ねぇ、兄上、剣の相手をして」
シルヴィはきらきらと目を輝かせながら彼女の兄を見上げた。
ラザールが
「嫌だ」
とぷいっと顔を背けると、シルヴィは誰に遠慮することなく思いっきり顔をしかめた。
いくら兄の前だとはいえ、この場にはニコラスもスヴェンもいる。それなのに全く取り繕わないシルヴィの態度に、ニコラスは再び驚かされた。
祖国スコルでも、そして留学先のここティティス帝国でも、こんなふうに思うがままに振る舞う貴族の子女をニコラスは見たことがない。
ラザールのすぐ下の妹でありスヴェンの婚約者でもあるイヴェットは、ティティスの若い淑女の鑑だとその慎み深さを称えられていた。彼女のそんな噂をニコラスが聞いたのは、一度や二度ではない。
ところが、同じ血が流れているはずのこの少女は、どうやら姉とは真逆らしい。
この子はまだ子供なんだな、とニコラスは思った。
「どうして!?」
「どうしてって……。あのなぁ、シルヴィ。お前はもう14歳なんだぞ? 誰かと婚約していてもおかしくない年齢だ。なのにお前ときたら、男勝りだわ、『パーティーでは自分より強い男としか踊らない』とか言うわ、このままじゃ嫁のもらい手がなくなる。少しはイヴェットを見習ったらどうだ?」
「それのどこがいけないのよ!? 私は私より弱い男と踊るなんて絶対に嫌!!」
つんと澄ました顔で腕を組み、一歩も譲る気配のないシルヴィに、ニコラスは昨夜ラザールに聞かされた、彼が妹の扱いに手を焼いているという話を思い出した。確かにこの気が強そうな様子では、ラザールも大変だろう。ニコラスはラザールに少し同情した。
「父上も城の皆もお前のわがままにほとほと困ってるんだ。それを知っているのにお前の剣の相手をするなんて、できないんだよ。皆にお前のわがままを助長させているように思われてしまう」
「兄上のけちっ!!」
あまりの言い草に、聞いていたニコラスは思わず噴き出してしまった。ふと隣を見ると、スヴェンも微笑を浮かべていた。
シルヴィを見て、スヴェンは妹姫を思い出しているのだろうか。
スヴェンの表情がどこか優しげだったから、ニコラスはそう推測した。スヴェンには『アンテの紅ばら』という二つ名を持ったエルヴィーネという妹がいるのだ。
「けちって、お前なぁ……。何と言われようが、とにかくだめなものはだめだ。俺はお前の剣の相手はしない」
呆れながらもはっきりと拒否したラザールに、シルヴィはあからさまにふてくされた。
ナルフィでは大公女に対する教育が行われていないのだろうか……。これはちょっと度を越しているんじゃないか……?
そう思ったニコラスだったが、すぐにその考えを打ち消した。彼女の姉イヴェットは淑やかなことで有名なわけだから、大公女に対する教育や躾がなされていないということはないだろう。
ニコラスは別の可能性を考えた。
単に彼女が聞く耳を持っていないだけなのかな。
目の前の少女の様子からして、その可能性が高そうだ。きっとそうに違いない、とニコラスは決めつけた。
彼女には群れない動物である虎や熊のような孤高さがあるな。ラザールにはまるで犬や狼のように他人と群れるところがあるのに。
(ニコラスのこの『犬や狼のように』とか『群れる』というラザール評は、決して彼を軽蔑しているわけではない。むしろ逆だ。
クラスの中であろうと、寮の中であろうと、ラザールはいつだって学生たちの中心にいる。
彼は出しゃばりな性格ではないから、リーダー然としたリーダーではなかった。けれど責任感があって頼りがいがあるからだろうか、周りが自然と彼をリーダーと慕い、一目置くのだ。そしてニコラスの目から見てもラザールは学生たちの協調性を引き出すのがうまかった。そういった彼の美点をニコラスも、どこか冷めたところがあるスヴェンでさえも認め、尊敬していた。)
こんなふうに他人の目を気にしないで自分が思うままに行動できるなんて、羨ましいことだ。スコルの王子なんかに生まれ落ちてしまった俺には許されないことだな。
ナルフィ兄妹のやりとりを見守りながら、ニコラスはそんなことをつらつら考えていた。
するとスヴェンが兄妹の間に割って入った。
「じゃあ、ニコラスに相手をさせたらどうだ?」
いきなり自分の名を出されて、ニコラスは思わず眉を寄せた。