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ニコラスに後ろから抱きしめられている状況を認識したシルヴィは抵抗するように手足をばたつかせた。
「っ!! な……何するの………!?」
だが、いくら剣の練習をしているとはいっても、シルヴィはしょせん少女だ。一方のニコラスは士官学校で鍛えられた肉体の持ち主だ。力の差は歴然としていた。
それでも彼女は諦めなかった。何とかニコラスの束縛から逃れようと必死に肢体を動かし続けた。
彼女の全力で自分を拒絶する態度にニコラスの心が締めつけられる。
それでも……俺は……お前を解放するわけにはいかない……!!
今彼女を手放したら、永久に彼女を失ってしまうような気がした。そんなことになったらきっと一生後悔するだろう。
「やめてっ!! 放してよ!!」
「落ち着け、シルヴィ。まず落ち着いてくれ」
ニコラスは懇願した。
「いやぁっ!! 放してっ!!」
「嫌だ」
ニコラスが放す意思がないことを告げると、急にシルヴィの体から力が抜けた。どうやらひとまず抵抗することを諦めてくれたらしい。
この機を逃してはいけない。彼の第六感がそう告げていた。
ニコラスは後ろからシルヴィを抱きしめていた腕を緩め、彼女の体の正面を自分のほうに向かせてから再び抱きしめた。
「あの後、ずっとお前のことを考えていた……。何をしても手につかなくて、その……困った……」
そう言った後で、しまった、とニコラスは思った。彼は何も手につかないことに対して困ったのであり、シルヴィに想いをほのめかされたことに対して困ったわけではない。けれど『困った』などという言葉を使っては、誤解を招きかねない。
ニコラスが危惧したとおり、彼女は後者の意味で受け取ったらしい。
シルヴィは勢いよくばっと顔を上げ、涙をにじませた瞳で睨むようにニコラスに鋭い視線を向けた。
「だから、それは謝ったでしょう!? 私が悪かったわ!!」
彼女は強い口調でそう言った直後にうなだれ、弱々しい声で
「………反省してる」
と呟いた。
ニコラスは舌打ちした。もちろん、適切な言葉を選ぶことができなかった自分自身に対してだ。
「違う、シルヴィ、俺が言いたいのは………」
ニコラスは弁解しようとした。
しかしシルヴィは絞り出したような震える声で彼を遮る。
「あなたが私のことを女として見ていないことは分かってた……。なのにあんなことを言ってしまって、本当に馬鹿だったわ。……自分でも、自分の馬鹿さ加減が嫌になる………」
シルヴィは悲しそうに目を伏せた。両方の目から一粒ずつ涙がぽろりとこぼれ落ち、彼女は掌でまず右頬を、次に左の頬を拭った。
「シルヴィ……」
違う、違うんだ!!
そう叫びかけたニコラスは、シルヴィの次の言葉を聞いて固まった。
「だから、お願い、あのことは忘れて……」
忘れるなんてどうしてできるだろう。
自分だって彼女のことを好きなのだと気づいたのに。
忘れるなんてできない。
なかったことになんてできない。
「シルヴィ」
ちゃんと彼女に自分の気持ちを伝えなければ。
ちゃんと彼女の誤解を解かなければ。
何か言わなければ。
必死で口を動かしかけたニコラスだったが、またしてもシルヴィが彼よりも先に言葉を紡ぎ出した。
「あなたとエルヴィーネ姫の邪魔になりたくないわ……」
ニコラスの頭は再び真っ白になった。
だが、彼にとって救いだったのは、今度はあまりに驚いたせいで頭よりも先に口が動いてくれたことだった。
「は!? エルヴィーネ姫!? 何でそこにエルヴィーネ姫が出てくるんだ!?」
ニコラスの反応にシルヴィも顔をしかめた。
「………あなたはエルヴィーネ姫が好きなのでしょう?」
「違うっ!!!!! 一体何でそんな話になってるんだ!?」
ニコラスは力強く否定した。
その剣幕に、シルヴィは眉を中央に寄せたままニコラスに確認するように尋ねる。
「……違うの?」
「違う!!」
ニコラスは再度きっぱりと言い切った。