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ニコラスはシルヴィへの想いを抱いたまま、忙しい試験期間を迎えようとしていた。
これを終えれば、一カ月ほどの学期休みに入る。
ニコラスはラザールに、休みに入ったら数日ナルフィに滞在させてもらえないか頼んだ。もちろんシルヴィに会うためだ。
「ああ、構わない」
ラザールは快諾してくれた。
ニコラスはとりあえず目の前に迫った試験に集中するよう自分に言い聞かせた。
何とか試験を乗り切った後、ニコラスは自国スコルへ帰る前、ラザールにくっついてナルフィを訪れた。
二人は試験を終えた開放感に酔いながら馬を駆ってナルフィに到着した。
ナルフィ城の入り口で家族や騎士たちに迎えられたラザールは、すぐにシルヴィの姿がないことに気づいた。ラザールはシルヴィの目付役の騎士セルジュとティメオに妹の所在を尋ねた。(ちなみに、セルジュとティメオはビセンテとシルヴィの乳母ロシェルの息子たちである。)
「……お嬢様はお一人で出かけられました」
セルジュの返事にラザールは顔をしかめた。
「あいつ……!! ナルフィ家の大公女だというのに……!!」
ラザールははあっと大きく息を吐き出し、こめかみを押さえた。
「……どこに行ったんだ?」
ラザールの隣にいたニコラスはひたすら恐縮している様子のセルジュとティメオ兄弟を交互に見やり、控えめに訊いた。
ニコラスの質問に答えたのは、弟のティメオだった。
「多分、お嬢様お気に入りの池だと思います」
二人の騎士たちは申し訳なさそうに
「弁解のしようもありません」
「我々もご同行すると申し上げたのですが……」
とラザールに詫びた。
ラザールも妹の気質をよく知っているので、兄弟騎士たちを責める代わりに彼らに理解を示した。
「シルヴィがそれを許さなかったんだろう? お前たちにも世話をかけるな」
ラザールのこういった時の対応に、ニコラスは素直に感心してしまう。ラザールはナルフィ大公子としてセルジュとティメオを叱ることだってできるのに、彼は誰に対しても公正であろうと努めるし、寛大さを見せる。ニコラスは改めてラザールを尊敬した。
セルジュとティメオは肯定も否定もしないまま、ただただラザールに頭を下げた。
彼らに頭を上げるよう促しながら、
「シルヴィが戻ってきたら、俺のほうから直接シルヴィに話す。今度こういうことがあったら、その時は本人がいくら拒否しようとも、シルヴィについていってほしい」
とラザールは彼らに声をかけた。
二人は声を合わせ、今度は力強く
「「はっ!!」」
と返事した。
ラザールは満足そうにうなずくと、城の使用人に客人であるニコラスを任せ、その後で自分を出迎えるためにこの場に集っていた家族や騎士たちに礼を言ってから、彼らに解散するよう命じた。