3
翌日、ニコラスはラザール、スヴェンとともに裏山でシルヴィを待っていた。
三人で先日授業で出された課題について議論していると、栗毛の馬に乗った一人の少女がやって来た。
「兄上!!!」
よく通る声だった。
ぶんぶんと手を振る妹に呼ばれたラザールは立ち上がり、妹を出迎えた。
彼女はラザールの横に馬をつけ、それからひらりと馬から下りた。
「お前、一人で来たのか?」
呆れたように訊くラザールに、シルヴィは平然たる態度で
「そうよ。悪い?」
と答えた。
「ナルフィ家の大公女ともあろう者が供の一人もつけないなんて……」
兄と妹のやりとりに目をやりながら、ニコラスの横にいたスヴェンが小声で感想をもらす。
「ほう、ラザールの話からは想像できない、なかなかかわいらしい姫じゃないか。確かに勝気そうだが」
ニコラスも同じ印象を抱いた。
一番最初にニコラスの目を引いたのは、後頭部で一つに束ねられた、ラザールと同じ赤い髪だった。彼女のまっすぐな長い髪は太陽の光を受けてつやつやと輝いている。
ラザールが長身だから、妹のシルヴィも女性にしては大柄なのではないかと勝手に想像していたのだが、まだ14歳という年齢のせいなのか、シルヴィは背が低いということもなかったが、特別背が高いというわけでもなかった。
けれど彼女の卵型の顔や細くて華奢な体つき、そしてすらりと伸びる長い手足のせいで、女性というよりはどこか中性的な印象をニコラスは受けた。
昨日ラザールは妹のことを『負けん気が強いじゃじゃ馬』と評していたが、なるほど眉も鼻筋もきりっとしていて、確かに気が強そうだ。だが、同時に幼さやあどけなさも残っていて、まさにまだ大人になりきれていない少女といった感じだ。
ラザールとシルヴィの実家ナルフィ大公家に属するナルフィ騎士団の軍旗は緑色である。彼女はナルフィの騎士が身につけるコバルトグリーンの軍服をその身にまとっていた。赤い髪が彼女の右肩へと流れ、軍服の生地によく映えている。
重々しい軍服と明るい髪の少女という組み合わせは相性がいいとは思えないのに、不思議なことにシルヴィはしっかりと着こなしていた。
彼女は兄の扱いを心得ているらしく、背伸びして小言を言おうとしていたラザールの頬にキスをした。
「兄上、お友達を紹介して下さらないの?」
「ああ、そうだな」
説教を続けなかったラザールにシルヴィがにやりと笑ったのを、ニコラスは見逃さなかった。
彼女は一瞬ののち、したたかさをすっと隠し、代わりに気品さえ感じさせる笑みを浮かべ、ニコラスとスヴェンを見やった。
「彼がアンテの王子スヴェンで、それから彼がスコルのニコラス王子だ」
「シルヴィです。どうぞよろしく」
彼女は淑女のお辞儀ではなく騎士の礼をした。ニコラスは彼女から、自分は大公女である前に一人の騎士なのだという強い誇りを感じた。
なるほど、なかなかおもしろそうな子じゃないか。
ニコラスは親友の妹であるシルヴィに興味を引かれた。
貴族的な儀礼として、一応自分も改めて名乗ろうとしたニコラスだったが、シルヴィはニコラスにもスヴェンにも全く興味がなさそうに、すぐにラザールに向き直った。
彼女の態度にニコラスはわずかに面食らった。自分たち三人が行動をともにしている時に女性に出くわすと、彼女たちはいつだって自分たちのうちの誰か一人(もしくは三人全員)に見とれ、恋に落ちたことが一目瞭然なほどに顔を赤らめたり、自分たちと少しでも親しくなろうと積極的な行動に出たりするのだ。
女性たちのそんな反応が半ば当たり前になっていたこともあり、自分にも美男子スヴェンにも少しの関心も示さないシルヴィの態度がニコラスには物珍しく映った。