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顔を上げて自分をまっすぐに見つめるシルヴィと目が合う。
彼女の表情はいつになく真剣だった。そのどこか必死な様子に、ニコラスは何となく目をそらすことができなかった。
「……え?」
あまりにもシルヴィの問いかけの意味が理解できなかったため、ニコラスは固まった。
「私だったら、どう?」
彼女は質問を繰り返したが、思考が停止してしまったらしく、やはりニコラスは理解できなかった。
シルヴィだったらどうって……? 一体何がだ……?
俺たちはさっき、何について話していた……!?
だらしなく口が開いてしまっていることを、ニコラスはどこかで自覚していた。きっと今の自分は間抜けに見えるだろう。
ようやく自分と彼女が結婚相手について話していたことを思い出すと、ニコラスは懸命に思考を繋げた。
どうって……? シルヴィが? 俺の結婚相手に?
自分の結婚相手としてシルヴィが適任かそうでないか以前に、ニコラスは驚いた。『シルヴィ』と『自分の結婚相手』を関連づけて考えたことなど今まで一度もなかったからだ。あまりの発想の意外性にニコラスはただただびっくりした。
「は……?」
ニコラスはそれ以上の反応ができなかった。
シルヴィが蚊の鳴くような声で彼に
「変なことを言ってごめんなさい……。私、帰るわ……」
と告げた時も、逃げるように彼に背を向けて遠ざかっていった時も、ニコラスは石のようになったままどうすることもできなかった。
シルヴィが彼女の馬に乗って駆け去った後、一人この場に残されたニコラスは、相変わらず体も思考も硬直していたが、それでも必死に考えた。
あれは一体どういう意味だったんだ……!?
シルヴィの言葉が耳の奥で再生される。
『私だったら、どう?』
自分の結婚相手としてシルヴィはどうなのか。それを彼女に訊かれた。
自分の結婚相手とは、当然ながら自分の妻になるべき女性のことだ。
つまりは、自分と将来結婚する女性のことだ。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせつつ、ニコラスは一つ一つ確認しながら思考を進める。
じゃあ、さっきのシルヴィの質問は……。シルヴィと俺が結婚するとしたらどうかって意味……だよ……な?
ひょっとしたら彼女はスコル王子の妻という立場に興味があるのではないかとも思ったが、ニコラスはその可能性をすぐに打ち消した。どう考えても彼女は女の栄華を極めたいというタイプではなかったからだ。
ということは、やっぱり、俺と……ってこと……だよな……?
彼女は俺を好き……なんだ、と解釈して……いいよな……?
シルヴィが自分を好きなのかもしれない。
その可能性に思い至った時、ニコラスは無意識のうちに口を押さえた。急に心臓がどくどくと早く動き出し、体がかあっと熱くなる。
シルヴィが自分を男として見ているとは全く思っていなかったため、ニコラスにとっては青天の霹靂だった。
ニコラスは太陽が西に傾き東の空に闇が広がり始める頃にはっと我に返るまで、その場に立ち尽くした。