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シルヴィは真正面からニコラスを見据えている。


「あなたは好きな女性はいないの? あなた、そこそこもてるじゃない」


「そこそこじゃなくて、大人気の間違いだろう?」


半ばふざけてそんなふうに返すと、シルヴィはふんと鼻を鳴らした。


彼女らしい反応にくすっと笑ってからニコラスは顔を上げ、ようやくシルヴィから投げかけられた問いについて真剣に考えた。


自分に好きな女性がいるのか、シルヴィはそれを自分に訊いた。


『好きな女性』という言葉を聞いて自分の脳裏に思い浮かぶ顔は一つもなかった。


もちろんニコラスにだって今までにいいなと思った女性はいたし、恋人と恋愛を楽しんだことだってあった。


だが、彼女たちの顔をニコラスは忘れてしまった。彼女たちはもう過去にしか過ぎなかった。日々取り入れられる新しい情報が彼女たちに関する記憶を押し潰してしまったのだろう。


では、現在はどうか。


改めて考えてみたが、やはり結果は同じだった。


その原因を、彼はよく分かっていた。ニコラスは自分の未来を知っているからだ。


「俺は……あんまりそういうことを考えないようにしている」


「そういうことって……?」


「誰が好きとか、誰がいいとか、そういうことだよ」


「……どうして?」


「俺の場合は……。知っているだろう? 俺の祖国のスコル王国は、北のディオネ王国と50年にも渡る緊張状態にある。そんな国に娘を嫁がせたい者なんていないだろうし、スコルの国力を考えたら、贅沢なんてさせてやれないしな。俺は跡取りじゃないから結婚する必要もないし、結婚するんだったら国が決めた相手とすることになるだろう。だから、俺がどんな人を好きになろうが関係ない。だったらそういうことをあまり考えたくないんだ」


自分の将来がどうなるのかをニコラスは知っている。普段考えないようにしていることを改めて確認させられているような気分だった。


ニコラスの胸がうずく。いつも目をそらして気づかないように努めている胸の空洞がいっそう冷えて、彼はその空虚の存在をまざまざと実感させられた。


いけない。せっかくさっきの変な空気がようやく変わったと思ったのに、今度は自分が妙に感傷的になってしまった。


ニコラスは再びシルヴィに目を向けた。


「そう……」


彼女は顔をうつむかせていた。


目は合っていないけれど、ニコラスは自分と彼女の間に共通する何かを見出した。それは彼がスヴェンとラザールに対しても同じように見つけたものだった。


スコルの王子である自分。アンテの王太子であるスヴェン。そしてナルフィ大公国の跡取りであるラザール。自分たちの性質や個性などは関係ないと言わんばかりに貼られる王子や大公子といった肩書き。


どんなに足掻いても、努力しても、絶対に逃れることなどできない。誰もが自分たちの表面にしか目を向けず、誰もその奥に存在する一人の人間の個性には関心がないのだ。


シルヴィだって、一人の少女である前に、ナルフィの大公女であらなければならないはずだ。その虚しさを、シルヴィだって知っているはずだ。


そんなことを考えると、ニコラスはシルヴィのことをかわいそうだと思った。


きっと彼女の性格からして、同情なんてされたくないだろう。自分もそうだ。誰かに哀れだと思われるなんてまっぴらだ。


それでも、ニコラスはやはりシルヴィに同情した。否、それは同情ではなく共感なのかもしれない。


だからニコラスは今まで以上の親近感をシルヴィに対して抱いた。


「あなたがもし結婚するなら、相手はどんな女性なの?」


思考に没頭してしまっていたニコラスを我に返らせたのは、シルヴィから投げかけられたこの問いだった。


「少なくともティティスの令嬢はあり得ないな」


それは何人かのティティス令嬢との恋愛経験の末にニコラスが到達した結論だった。


「……どうして?」


「典型的ティティス人女性は何もできなくて甘やかされたお嬢様だからさ。そんなお嬢様には戦いが身近なスコルでの生活は耐えられないだろう」


それがニコラスの本音だったから、特に深く考えることなくそんな言葉が彼の口から滑り出た。


シルヴィがあまりにも典型的ティティス人女性の範疇に属していないため、ニコラスは彼女もまたティティス人女性であることを忘れてしまっていた。だからこそティティスの女性を批判するようなことを、何も考えずにシルヴィに告げてしまったことにさえ、ニコラスは気づいていなかった。


シルヴィは


「そっか」


と一つ息を吐き出すと、次に


「……じゃあ、私は?」


とニコラスに尋ねた。


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