22
翌日、二人は士官学校の裏山で、二人の間ですっかり恒例となった対戦をした。
シルヴィの異変に、ニコラスはすぐに気づいた。
いつもなら手合わせ開始直後からシルヴィは積極的にニコラスへの攻撃を繰り出してくるのに、今日の彼女の動きは鈍い。最初からシルヴィは防御に回った。
こうなると、力で押せばいいニコラスとしては簡単だ。彼はあっけなくシルヴィの剣を弾き飛ばし、勝利した。
地面に倒れ込んだ彼女の様子にもニコラスは違和感を覚えた。いつもは地団駄を踏んで悔しがるのに、今日のシルヴィはどことなくぼんやりしている。
ニコラスは心配になって
「やっぱり体調が悪いんじゃないか?」
と尋ねたが、シルヴィは肯定も否定もしなった。無反応な彼女に、ニコラスはいよいよ眉をひそめた。
ニコラスは地面に座り込んだままだったシルヴィの腕を引っ張り上げ、そのまま彼女を近くの木の切り株のところまで導いた。
彼女を座らせると、自分も彼女の横に座ろうか、それともこのまま立った状態でいようか一瞬迷ったが、座る手間が何だかめんどくさく思えて、結局ニコラスは彼女の前に立ったまま動かなかった。
以前も彼女は落ち込んだ姿をニコラスに見せたことがあった。しかしあの時の彼女には確かに感情があった。
ところが、今の彼女はまるで魂が入っていない人形のような雰囲気だった。生気が感じられなかった。
ニコラスは何と声をかけたものか戸惑い、話題を見つけようとした。
「シルヴィ、お前もこれまでいくつかのパーティーに顔を出しただろう? 気になる男はいないのか?」
ニコラスとてシルヴィがパーティーに出席するのが好きではないことを知っている。こんな話題はかえって逆効果になってしまうのではないかと彼はシルヴィに質問した後で危惧した。
シルヴィは何度か瞬きをしたが、何も言わなかった。
自分の心配が的中したのだと悟り、ニコラスは内心慌てた。他の話題を思いつけなかったことを後悔した。
しかしようやく
「………………特には」
という小さな声が返ってきたので、ニコラスは少しだけ安堵しながらシルヴィを見下ろした。
彼女はどこか悲しそうな瞳でニコラスを見上げていたから、二人の視線がぶつかった。その瞳が少し潤んでいるように見えるのは、彼の気のせいだろうか。
「そうか」
とりあえずそう答えてみたものの、次に何と言ったらいいのか、何も考えつかなかった。
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
このいつもとは違う空気を払拭するために何か言いたいのに、何を言えばいいのかいい案が全く思い浮かばない。
先に口を開いたのは彼女のほうだった。
「………何でそんなこと訊くの?」
とうとう気詰まりな瞬間が終わったため、たったそれだけのことだったのだが、ニコラスはほっとした。不思議な緊張感から解放され、彼の顔に思わず笑みが浮かんだ。
「ラザールが心配していたからさ。シルヴィの嫁のもらい手がないんじゃないかって」
ニコラスがそう答えたところ、シルヴィはむすっとした。感情を見せた今の彼女はもはや人形のようではなかった。
今の彼女は、自分がよく知っている彼女だ。
そんなことを実感すると、ニコラスはますますほっとした。
「兄上ったら、ちょっと自分が婚約してるからって、大きい顔をして!! でも、国や家に決められた婚約者がいなかったら、堅物で石頭のあの兄上を好きになってくれる女の子なんて、いないんじゃないかしら!?」
「はははっ、違いないな」
彼女のラザールに対する遠慮のない物言いが、ニコラスにはどうにもありがたかった。何だか懐かしいとさえ感じられた。
やはり彼女はこうでなければ。
ニコラスはそんなふうにも思った。
彼がついついもらしてしまった笑いが収まると、シルヴィが
「で、ニコラス、あなたはどうなの?」
と問うた。
「え?」
彼女の質問の意味が分からなかったニコラスは、再びシルヴィに視線を向けた。