13
翌日、授業が終わった後でニコラスは、シルヴィとの約束を守るため、裏山へと向かった。
シルヴィはすでに到着していて、どこか緊張した面持ちでニコラスに挨拶した。
その真剣な表情から、彼女の闘志がひしひしと伝わってきた。士官学校の同級生よりもよほど彼女のほうが剣に対してひたむきだ。そんな年下の少女に、ニコラスは敬意にも似た感情を抱いた。
だからニコラスも手を抜くことなく、全力で彼女の相手をした。
そうすると、やはりどうやったって力で勝るニコラスに有利な展開になる。彼の力に押されたシルヴィは最後まで剣を手放すことはなかったが、ニコラスの攻撃に耐えきれず、地面に倒れ込んだ。
いつものように全身で悔しさを表現するのかと思いきや、シルヴィはがっくりと肩を落としてうなだれたまま、重苦しいため息をついた。
見るからに落ち込んでいるシルヴィを前に、ニコラスは変な罪悪感に苛まれてしまった。
……こんなに落ち込むなんて……。一度わざと負けてやったほうがいいんだろうか……?
でも、故意にそんなことをしたことがばれたら、シルヴィの自尊心を傷つけてしまうかもしれないし、何より彼女の性格を考えたら、烈火の如く怒り狂うだろうし……。
一体どうするのが正解なんだろう、と考えながら、ニコラスは腕を伸ばし、励ますように彼女の肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「そう落ち込むなよ。君は女にしては強いほうだと思うぞ」
彼女は地面に直接三角座りをした状態でひざの上に両腕をのせ、隠すように顔を伏せたままだ。
「女の中で強くたって、そんなの意味ないわ……。私は男とか女とか関係なく、強くなりたい……」
弱々しくてくぐもった声がニコラスの耳に届く。
おいおい、シルヴィのやつ、どうやら本当にまいっているな。
彼女の気分を切り替えさせるためにも、ニコラスはシルヴィの片腕をつかんでそのまま自分のほうへ引き寄せた。彼女に痛みを与えないように、しかし少々強引に腕を引いたところ、シルヴィはしぶしぶといった感じで立ち上がった。
シルヴィが体勢を整えた後で、ニコラスはつかんでいた彼女の腕をそっと放した。
「何でそんなに強くなりたいと思うんだ?」
自分より背が低いシルヴィを見下ろしながらニコラスがそう尋ねると、彼女はニコラスを見つめ返し、
「だって、強ければ強いほど、大切なものを守れるじゃない」
と答えた。
ニコラスは彼女のそのまっすぐな視線に射抜かれた。
確かにそうだ、とニコラスは賛成した。
同時に、彼の胸がかき乱される。
シルヴィの真剣な瞳はニコラスに、留学前の祖国で日々を過ごしていた頃の自分を思い出させた。
定期的に繰り返される北のディオネ王国からの攻撃を打ち払うため、ニコラスも何度か前線に赴き、国と民を守るために武器を手に取った。
どんなに彼が全力を尽くしても、敵の攻撃を受けて負傷する兵士や民がいた。事態が収拾した後にあたりを見渡すと、多数の死傷者が苦しむ地獄にも似た光景が広がっていた。
そのたびに何度思っただろう。ああ、自分にもっと力があったら犠牲者をもっと少なくできたのではないか、と。
だから彼は強くなりたくて、奮励した。強くなるための努力を怠らなかった。
シルヴィの瞳に宿る強い輝きに目を奪われたニコラスは、スコルにいた頃の必死に自己研鑽をしていた自分自身を思い出した。
ところが、今の自分はどうだろう。
平和な大国ティティスの帝都ローゲでの平凡な日常にすっかり慣れてしまった。
もちろん今だって毎日の訓練は欠かさないけれど、祖国にいた時のような情熱や必死さが今の自分にあるだろうか。
そんなことを考えると、ニコラスは自分が堕落してしまったように思えて、そんな自分が急に恥ずかしくなった。
だから彼は素っ気なく
「まぁな」
としか言えなかった。