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翌月の対戦の前に、二人は再びとあるパーティーに一緒に出席した。
二人は前回と同じようにまずは二人で踊り、その後は別々に行動した。
ニコラスは複数の男女が集まる輪の中に身を置き、隣に立った顔見知りの男が話す他人の噂話を聞いていた。本当は他人のゴシップなどこれっぽっちも興味はないのだが、社交界をうまく渡り歩くにはこうした情報が必要不可欠なのだ。
するとさっきまで他の輪にいたシルヴィがニコラスに近付いてきた。
ニコラスのそばにいた男女に軽く笑いかけてから、シルヴィは小声でニコラスに
「ニコラス王子、私、そろそろ失礼しようと思います」
と告げた。
「それでは、馬車までお送りしましょう」
そう申し出たニコラスに、シルヴィは微笑みかけた。
「まぁ、どうもご親切に。では、お願いいたします」
ニコラスは隣の男と目を合わせて中座する非礼を詫び、シルヴィをともなって会場を出た。
廊下を歩きながらニコラスが
「今日はどうだった? 見たところ、ちゃんとお淑やかなお嬢様として振る舞っていたようだが」
と問うと、シルヴィはその顔に色濃い疲労をにじませた。
「まぁ……、悪くはなかったわよ」
そう答えながらも、シルヴィの口調から判断するに、彼女がパーティーを楽しんだようにはとても思えなかった。
「そうか」
ニコラスはふと、自分に課された義務としてシルヴィに釘をささなければならないと思った。
「でも、気安く近寄ってくる男には気をつけろよ」
シルヴィは親友のラザールが何だかんだ言いながらも大切に思っている妹だ。だからこそ社交界で嫌な目に遭ってほしくなかった。
「え?」
ニコラスが言っている意味を理解できなかったのだろう、シルヴィは戸惑いを隠さずにニコラスを見上げた。
彼は一瞬だけシルヴィと目を合わせた後、今度は彼女の視線から逃げるようにまっすぐ前を向いた。
「嫌な話だが、ナルフィ大公女である君を狙って近付いてくる男がいないとも限らない。安易に心を許したりしないほうがいい」
ニコラスはシルヴィが一人の女性として魅力がないなどと言うつもりはないし、彼女に近付こうとする男たち全員が彼女の肩書き目当てではないということも分かっている。
だが、シルヴィがナルフィ大公女だからこそ彼女との接近を試みる男だっている。それもまた事実だ。
そういった輩と深い仲になった場合、ひょっとしたらシルヴィの心が傷つけられるような事態になるかもしれない。
もしそうなった場合、ラザールから直々に依頼されているとはいえ、シルヴィを社交の場に連れていってそういった男たちと知り合う機会を作ったのは他でもない自分ということになる。
だからニコラスは、こんなことを言うことも自分の責任のうちの一つだと判断したのだ。
シルヴィはどんなふうに反応するだろう。
自分には大公女という出自以外に魅力がないと言いたいのか、などと怒るだろうか。
シルヴィはきっと何らかの感情的な反応をするだろうと予想し、彼女が納得するような説明を頭の中で準備していたニコラスだったが、シルヴィは静かな声で
「…………分かったわ」
と言っただけだった。