1
ティティス帝国の帝都ローゲで迎える二回目の春。
西の小国スコルから留学しているニコラスは、春めいた柔らかい日差しを浴びながら一つあくびをした。
彼の隣にはこのローゲでできた友人のラザールとスヴェンがいた。
三人はすっかり彼らの溜まり場と化したラザールの部屋に集まり、明日のことについて話していた。
明日、三人が通う士官学校では学祭が開かれる。授業は休みで、生徒の家族が自由に校内を見学することができるのだ。
ニコラスとスヴェンは外国人留学生であるので、訪ねてくるような者はいない。
また、ラザールはこのティティス帝国を形成する四つの大公国のうちの一門、ナルフィ大公国出身であるが、彼の父親ユーリは大公という高い身分。もしユーリ氏自ら士官学校に足を踏み入れることになれば学校関係者や他の父兄たちを恐縮させてしまうし、他の誰でもないユーリ自身がこの士官学校の卒業生だ。息子の学校生活を案じなくてもここでの生活は想像がつくため、ユーリもわざわざ息子ラザールに会いにきたりはしなかった。
というわけで、三人は明日一日自由な時間を持つことができる。
だが、三人は校内に留まりたくはなかった。
三人は身分にも容姿にも才能にも恵まれていた。そうであるから都の若い女性たちが放っておいてくれない。
去年新入生だったニコラスたちは、他の生徒の家族、特に姉や妹といった若い女性たちに取り囲まれ、煩わしい思いをした。
彼らは自分たちの人気のほどを把握していたから、学校生活二年目の今年は校内にいたくないという結論に達した。
でも、ようやく暖かくなった今の季節、寮の部屋に閉じこもるのももったいないな。
ニコラスがそんなことを考えた時、ラザールが何かを思い出したようにぽんと手を打った。
「あ、そうだ。そういえば、明日妹が来るんだった!」
ラザールには四人の妹がいることを知っていたニコラスはあくびをかみ殺しながら、どの妹が来るのだろう、と思った。
ニコラスは会ったことはなかったが、ラザールのすぐ下の妹、名前は確かイヴェットだっただろうか、彼女はつい最近スヴェンと婚約したばかりだ。二人は恋仲だったわけではなく、王侯貴族にありがちな政略結婚である。
ニコラスがスヴェンにちらりと視線を向けると、スヴェンはラザールに
「ほう。妹君に校内を案内してやるのか?」
と尋ねた。
イヴェットが来るとなれば当然婚約者であるスヴェンにも前もって連絡があるだろうから、今回ローゲに上京するラザールの妹というのは、どうやらイヴェットではなさそうだ。
ニコラスがそんなことを頭の中で推測している間にも、ラザールとスヴェンの会話は進んでいく。
「いや、それは避けたい。校内に留まって去年みたいなことになるのはめんどくさいからな」
ラザールは首を振った。燃えるように赤いラザールの短い髪がニコラスの視界の真ん中で軽く弾んだ。
「では、どうするんだ?」
会話に加わったニコラスがラザールに訊いたところ、ラザールは腕を組み、うーんと唸ってから、
「裏山にでも呼び出そうかな」
と呟いた。
この士官学校は帝都ローゲの郊外に位置しており、裏には小さくてなだらかな丘があった。それを学生たちは裏山と呼んでいた。
「君たちもどうだい?」
ラザールの妹にものすごく興味があったわけではなかったが、他にするべきこともしたいこともない。
暇潰しにはちょうどいいか。
そう判断したニコラスは、軽い気持ちで
「ああ、行くよ」
と答えた。
スヴェンもきっと同じように考えたのだろう、
「ああ」
とだけ言ってうなずいた。