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Merry Christmas


「メリークリスマス!」


玄関の扉を開けたら、紙テープが降ってきた……。

足元に落ちたテープを拾い上げ、姉さんが手にしている物を見て(あぁ……)と納得した。

一体何事かと思ったら、クリスマスのお祝い(?)にクラッカーを鳴らしたのだろう。

私の反応がいまいちだったからか、姉さんが足元にあるビニール袋を漁りだし次々とクラッカーを鳴らしていく。私の耳と鼻に被害が及んでいることにいつ気づいてくれるのだろう。


「綾ー!綾ちゃーん!」

「大丈夫、趣旨は理解したから」


姉さんの気が済むのを待っていたのに、何故かその場にべしょっと潰れ、めそめそと泣きだす困った人の頭を撫でた。


「ちがうー!もっと、こう、わー!きゃー!ってなる予定だったのにー」


……バイトを終えて、疲れて帰宅した妹に何をしろと?普段だってそんな反応しない私に何を強要しようとしているの、この人。


「家族でお祝いって明日じゃなかった?」

「そうそう。今日は父さんと母さんの二人でディナーに行ったよ」

「姉さんは何か用事は無かったの?今日はイヴでしょ?」


靴を脱いで玄関に散らばった紙テープを抱え、リビングに移動しながら本日も大変麗しい姉の顔を窺い見た。

他校にまで名前が知られていた美少年は、義理の妹の所為で美少女へと姿を変えた。

一度女装したまま高校へと行った姉は親を呼び出され厳重注意をくらい、それを聞いた私は女装を止めるよう言ったことがある。気持ちだけで充分だと。

女装を止める気のない姉さんと、これ以上姉の人生を駄目にするわけにはいかないと主張する私との間を取り、私の側にいるとき限定での女装となった。

だから、普段私がいない時間は男性の姿であって、見目の良い姉さんの周囲には美人なお姉様方が沢山いるはずなのだ。

恋人達の日であるクリスマスイヴに予定が入っていないなんてことはないだろう。

そう思って聞いたのに、動きを止め目を見開いた姉は「なんて、酷い子!」と罵ってきやがった……。意味が分からない。


「透君はデートだって言ってたから」

「あの節操なしと一緒にしないでちょうだい!?」

「……ごめん。姉さんなら恋人の一人や二人くらいいるものかと」

「一人はまだしも……二人?え、いないから!恋人なんて、そんな面倒なもの一人だっていないからね!」


それはそれでどうなのだろう……。

若干姉さんの将来を心配しながら、最初の頃と比べて随分と家族らしくなったなぁ……と苦笑しながら二人でイヴを過ごした。



※※※※※※※※



「……寒い」


十二月後半にもなれば寒いのは当たり前で。

ベッドから出て直ぐにパジャマの上からカーディガンを羽織る。

机の上にはお菓子の入ったサンタの靴と、小さなクリスマスツリー。

昨夜リビングで映画を見ているときにクリスマスだからと渡された。

リビングを圧迫するくらい大きなツリーと、いつの間にか毎年貰うようになったコレは、ツリーなんて家で飾ったことがないと言った私の為に姉さんが用意しているもの。

家族団欒を喜ぶ姉さんは、私とは違った形だけれど寂しい日々を過ごしていたらしい。

クリスマス、誕生日、両親が再婚した日。

お祝い事の度に嬉しそうな顔をしながら色々準備をしている姉さん。最初は慣れなくて、気恥ずかしくて居心地が悪かったものが、今は少し楽しみになっている。

部屋に閉じこもらず、リビングにいる時間も増えている。全部姉さんのおかげ。

夜更かししたからか、時計の針は既に午後を指している。

多分、姉さんは朝早くから起きて今夜の準備に勤しんでいるのだろう。

取り敢えず、支度を済まして手伝ってあげましょうか……と自室の扉を開いた。


開いた……のだが……。


「……なにこれ」


ぼふっと扉に何かがぶつかり、恐る恐る周囲を見渡すと、足元にテディベアが座っていた。

いや、扉にぶつかり元居た位置から飛ばされ、転がっていると言った方が正しいけれど。


「可愛い……」


茶色のふかふかテディベアは真っ赤なケープを纏いサンタさんにも見えるが、どこかの国の王様にも見える。

しゃがんで愛らしい顔をしたテディベアを持ち上げると、首元には二重に巻かれたネックレスが。雫の形をしたネックレスの中央では恐らくアクアマリンであろう宝石が揺れている。その周囲を彩るように輝いているものは……ダ、ダイヤではなかろうか……。

似たようなきらきらした物を母が義理父から貰っていたのを見たことがある。

なにこの、おっそろしく高そうな物。どこか欠けたりしてないよね?思いっ切り扉ぶつけちゃったよ私!?

こんな精神的に危険な物をその辺にポンポン置く人なんて姉さんしかいない。

何がしたいのかと思いながら、他人事のようにテディベアを片手に一階へ下りる階段へと近づいたとき、目の前にはまたもやテディベアが。

今手にしている物は茶色いクマで、ちょこんと階段前に陣取っているクマは真っ白。

耳元に真っ赤な花が付いていて、首元にはリボン。

……これもまた、滅茶苦茶可愛い。


「君も可愛いね……」


素通りしようにも、拾ってくださいとまん丸お目目を向けられて抗える者などいるのだろうか。私には無理だ。

仕方なくそれも拾い、階段を下りながら手触りの良い二体のクマの手足をにぎにぎしてみた。真っ白な方は足裏にも花の刺繍が施されている。

手触りが良いクマは癒される……。思わず頬擦りし、階段を下りながら考える。

家の中でこんな可愛らしい高そうなクマを見たことがない。一体目なんてオプションに宝石が付いているし。


「君達のご主人様はどこかな?」


廊下の先、リビングから声が聞こえるということは姉さんと誰かがいるのだろう。

悩んでいるよりは、これらを持って行って聞いた方が早い。

そう思いながら階段を下り、廊下へ一歩踏み出した私の足に当たったもの……。

そーっと顔を下げた私の前には、やはりテディベア。

二体よりは一回り小さく毛足が長い茶色いクマは、一体目のミニチュア版だろうか?


「増えた……」


どう見ても定員オーバーな私の腕の中に新たに加わったクマ。これ以上はないだろうな?と周囲に気を配りながら廊下を進み、リビングの扉を開けた私は、即座に閉めた。


「……」


気の所為だと思いたい。

一体ずつでも驚いたのに、二体に増え、最終的には三体になったのだ。両手は塞がれ、落とさないよう顎で押さえている私にどうしろと?


「綾―?どうしたの?」

「ひゃぁ!!」


扉の前でウロウロしていた私は急に開いた扉と、そこから顔だけを出した姉さんに驚いて叫んでしまった。

更には、お高そうなテディベアを潰す勢いで……いや、確実に抱き潰した。


「綾ー?どうしたのー?」

「……何してんの、二人共」


クマの身を確認していた私を姉さんがリビングまで誘導し、ソファーに座って寛いでいた透君は私達の様子を目にし首を傾げている。

いやいや、何故にソコで寛げるのよ。

特大と言っても支障が無いほど大きなテディベアの隣に座る透君。

そう、四体目のご登場である。


「姉さん。これなに?」


本当なら姉さんの腕にクマ達を押し付けてやりたかったが、間違いなくこのお高いクマを床の上に落としてしまう。一般庶民の私がそんなこと出来るわけがない。

顔を何度も動かし、腕のクマへと姉さんの視線を誘導したのだが。


「テディベアだね」


さも当然の事のように笑顔で返ってきた……。

え、ジョークなのだろうか?姉さん流の冗談?

ならばと、透君に顔を向け顎で特大クマを指した。


「それ、その大きなクマはなに?」


私から視線を隣のクマに移し、首を傾げ真剣な顔で口にした言葉は。


「テディベアだろ」


二人共私をからかっているのだろうか。うん。そうなのだろう。

踵を返しリビングの扉へと足を進めると、姉さんが「綾?」と呼んだが勿論シカトである。

透君が焦った声で「やべぇ、怒らせた」とか言っているが、これも勿論シカトである。

扉のノブに手をかけようとした瞬間。姉さんが目の前に割り込み阻止してきた。


「綾、綾ちゃん!姉さんを許して!驚いてる顔が可愛くて、ついついね!」

「流れてきに、俺も同じこと言った方が良いかと思ってな!悪かった!」


姉さんに続き背後から謝る透君。流れてきにって……己は芸人か何かか。

許さん!と睨みつけてみるが、姉さんに悲しそうな顔をされてしまってはこれ以上怒れない。卑怯なり。


「……紅茶」

「はーい!」


怒りを鎮める為の供物を指定すると、許してもらえたことを察した姉さんは鼻歌を歌いながらキッチンへと消えた。


「綾様。手土産でございます」

「うむ」


予め土産として持ってきてあったのだろう羊羹を恭しい態度で両手で掲げる透君に、偉そうに頷きソファーのクマの足元に座った。

前も後ろもふかふかで幸せ過ぎる……。


「で、これなんなの?」

「やっぱり茶色にして正解だったわ!可愛い!」

「……」

「ん?」


そんな可愛らしく「ん?」とか言っても駄目。やっぱり犯人は姉さんだったか!


「これ、姉さんの?」

「違うわよ。それも、これも、全部綾のもの。喜んでくれるかなって。クリスマスプレゼントなの」

「プレゼントは廊下に落ちているものなの?」


どうやら、このクマ達は私へのクリスマスプレゼントらしいのだが。なんで四体も?


「その茶色いのが私からで、白いのが透。ミニチュアの茶色が母さんで、この無駄にでかいのが父さんからよ」

「ありがたいけど、どうして四体も?」

「最初にそれを選んだのは私なのよ!それなのに、透が真似して……それを愚痴ってたら母さんまで。そんで、あのクソ親父までもが……しかも、一番でかいし」

「楓、地がでてる」


吐き捨てるように口にした言葉は素の姉さんのもの。

偶に義理父と話しているときに姉ではなく兄になっていたりするのだけど、私にはあまり見せたくないと言っていたので聞かなかったふりをしている。


「綾」


姉さんがネックレスを付けた茶色いクマを手に取り、私の目の前に浮かす。

これが私の物ということは……まさか、ソレもだろうか!?


「ネックレスは三月の誕生石。アクアマリンよ」


腕を伸ばしクマの首元にあるネックレスを持ち上げまじまじ見ていると、頭の上にふわっと手が置かれ、優しくそっと撫でられた。


「知ってる?良い子の元へはサンタさんが来て、プレゼントをくれるの」

「プレゼンとなら、毎年貰って……」

「電子辞書とか参考書。挙句に通学用鞄とか、そんなのはクリスマスプレゼントに頼む物じゃないでしょうがぁぁぁ!母さんも笑顔で頷いちゃ駄目なのよ!」

「まじか……」


母と二人だけのときはそんな感じだったし、あの男が居た頃なんてプレゼント自体貰ったことなんてない。


「だから、今年は綾の意見は無視してプレゼントを選んでみました!」


ドヤ顔する姉さんの顔にクマパンチをお見舞いし、そう言えば今年は何が欲しいか聞かれていなかったことを思い出した。


「綾がね、小さい頃、テディベアを欲しがっていたって母さんが言っていたの」


そんなこともあったなぁ……。

皆人形を持っていて、私も欲しいと言ったらあの男に「人形なんて邪魔なもの必要ないだろ?」と言われた。今ならお前が邪魔だと言ってやるのに……。


「だから、綾が欲しがっていたものを姉サンタが届けることにしたのよ」

「それを聞いた他の面子が、負けてなるものかと参戦した結果がコレだわ」

「ほんと、誤算だったわっ……」

「ご愁傷様」


姉さんと透君がじゃれているのを眺めつつ、腕の中のクマ達をぎゅっと抱き締めた。

大切な人達から私へのプレゼント……。


「あれ、透君はもう来ていたのかい?」

「……クマに埋もれる綾、可愛い」


リビングの扉から現れた両親。

昨夜は二人共遅かったのか、寝癖をつけながらパジャマのままリビングへと下りてきた。


「親父さん、お邪魔してまーす。お母様、今日もお美しいですね」

「誰の、母さんだ!」

「未来の俺のお母様だからな」

「ふざけんな!死ね!」


悪友二人のいつもの遣り取りに苦笑しながら、両親は私の元へと近づき、交互に頭を撫でてくれた。そんな幼い子にするような二人の行為が、堪らなく嬉しい。


「プレゼントは気に入ってくれたかな?」

「はい」

「この人、お店で一番大きいクマを選んだのよ。しかも、配送してもらわないで自分で持って帰るって」

「当たり前だよ。可愛い娘の物なのだから」

「親子揃ってそっくりなんだから」


嬉しそうに義理父に寄り添う母を見て、胸が温かくなる。

幸せそうで良かった。あの男から母を護ってくれる人が現れてくれて、本当に良かった。


「綾」


隣に腰を下ろした姉さんに視線を合わせると、ふわっと腕が身体に巻き付き抱き締められた。


「母さんは父さんが幸せにしてくれる。だから、綾は私達皆で幸せにしてあげるからね」

「姉さん……?」

「いつか、綾を愛して大切に慈しんでくれる男が現れるまで……守ってみせるから」

「……」

「その男の手を綾が取ることがなくても、姉さんはずっと綾と一緒にいるから。綾は私の大切な家族で、妹なんだから……」


抱き締められたまま両親を見れば、二人共嬉しそうに私達を見ている。


「俺の妹ちゃんでもあるんだけど」

「あら、妹でいいの?」

「……お前、覚えてろよ」


透君もニヤリと悪い顔で笑いながら「妹ちゃん」と口にする。それに姉さんが返すと不満そうな顔をしていたが……。


「うん。ありがとう……」


姉さんが言ういつかは永遠にこないかもしれない。

けれど、私には皆が側にいてくれる。


サンタクロースなんていない。

良い子にしていればプレゼントが貰えるなんて嘘ばかり。

でも、私が本当に欲しかったものは手に入った。

義理父が母の手を取って、頑なだった私の心を姉さんがぶっ壊して侵入してきたから。


「さぁ、ディナーの準備をするわよ!透も手伝いなさい」

「へいへい」

「私達は着替えてきましょうか」

「そうだね」


どうか、この幸せが永遠に続きますように。








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