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それゆけ、エムとエマ


「セリーヌ様は孤児院へ到着された頃かしら……」

「きっと、聖母のように子供達に微笑まれているのよ……」


ほぅ……と悩まし気に吐息を吐き出す侍女二人。

エム・オールポートとエマ・オールポートは各自の仕事をこなしながらも大好きな主人を想っていた。

本来であれば自分が着いて行きたかった。

麗しいセリーヌ様をお側でじっくりと眺めていたかった。

子供達へと向ける慈愛の微笑みを、少しでも良いから私にも向けてほしい。

きっとはしゃぐ子供達に囲まれ困ったように微笑まれるのだ。

花冠を頭に乗せたセリーヌ様は女神様に違いない!

少し乱れた御髪を直してさしあげたい!

贅沢は言わないから、セリーヌ様から漂う良い香りを思いっきり吸い込むの……。

お別れする時間に悲しくて潤んだ瞳はさぞ……くっ。

あぁ、どうしましょう……そんな、セリーヌ様!


それぞれ離れた場所で仕事を続けながら鼻を手で覆う侍女二人は気付いていないのだろうが、近衛騎士隊所属ではないからと置いて行かれた護衛二人にはハッキリと聞こえていた。彼女達の煩悩塗れの心の声が……。

今この場に居ないアネリといい、この侍女達といい、とてもじゃないが貴族の令嬢には見えない。

いや、外見だけなら伯爵家に相応しく大人しい楚々とした美少女なのだが。口を開くと、とても残念な人間となるのだ。主人であるセリーヌ限定で……。

訓練を終え後宮へと戻って来たテディとアデルの護衛騎士コンビは、昼食中もその後も、ブツブツと独り言を呟く侍女を尻目にひたすら無言を貫く。

関わったが最後、主人が戻るまでずっと彼女達の愚痴を聞くことになる。愚痴ならまだ良い。あの男だらけの騎士団で時々されるような卑猥な独り言に何と返せと?段々とエスカレートしてくるアレに相槌なんて打ってみろ?懐や、スカートの中に潜ませてある物騒な暗器で殺られる未来しか見えないではないか。

仕事を終えた二人は待ちきれなくなってきたのか、窓の外を見ながら「まだかしら?」「もう、迎えに行こうかしら」としか口にしなくなってきた。本当に、絶対に関わってはならない!

空気となるよう身体を小さくし、呼吸さえも最小限に留めるテディを横目に、アデルも気配を完全に断ち目を合わせないよう努力していた。


そんなお留守番組に齎された最悪な一報。

【セリーヌ様が何者かに襲撃され、近衛隊長と侍女一人を連れ森へと逃げ込んだ】

セリーヌについていた影から城へ滞在しているレイトンに報告が入った。

近衛騎士隊も黒服隊も動かすことが出来ないと聞いたテディとアデルは即座に動いた。

この一報を持ってきたグエンが何か言っていたが、それどころではない。

アデルが馬を用意してくると言い駆け出したのを確認し、テディは後宮の中、セリーヌの部屋へと走り出した。

セリーヌがどのような状態かは分からないが、保護したあと此処へ帰ってくる。エムとエマにもこのことを知らせ、無事に戻った後の準備をしてもらわなくてはならないからだ。

そう思い、荒々しく部屋の扉を開いたテディにキョトンとした顔を向ける侍女二人に急いで簡潔に報告したのだが……。

彼女達は瞬時に顔を見合わせ、一瞬でテディの脇を擦り抜け走り出した。今度はテディが呆ける番だった。

「え、えっ……えー!?」と叫び慌てて二人を追いかけるが、とてもじゃないが女性のスピード走っているとは思えない二人にテディは涙目だった。


「ふざけんな!お前達が取り乱してどうする!」


やっとのことでテディが追いついたとき、二人の腕を掴み怒鳴るアデルがいた。


「ですがっ!」

「……手を離しなさい!セリーヌ様が危険にさらされているのですよ!」


テディは二人の悲痛な叫び声にグッと拳を握り、用意されていた馬へと足を向けた。直ぐに城を出られるよう。


「黙れ!セリーヌ様が戻られたときに、何の準備もされていない部屋で寛げと?風呂は?着替えは?温かい飲み物は?二人の仕事は何だ?」

「……」

「……分かりました」


捕まれていた腕を振り解き、俯くエムとエマに背を向けアデルとテディは城門へと急いだ。

それをジッと無表情で見つめ、身を翻し後宮へと戻った侍女が何かを決意していたことなど知らずに。



※※※※※※※※



「セリーヌさまぁぁぁぁ!」

「うぅっ……良かった、本当に良かったあぁぁ!」


無事に城へと戻ったセリーヌが、兄であるレイトンに抱擁されているのを見てそわそわしていたエムとエマは、ポイッと受け渡されたセリーヌを抱き締めながら涙や鼻水やらと酷い状態になっていた。

体裁?そんなことに構っちゃいられない!とばかりにぎゅうぎゅう抱き着き、仕方が無いと静観していたアネリが切れるまでずっと離さなかった。

後宮へと戻った後は急いで浴室へとセリーヌを連れて行き、全身を入念に調べる。掠り傷一つ見逃さないよう。

恐ろしい目に遭ったばかりだというのに、兄の見送りに出るという主人の支度を整え、セリーヌが護衛を引き連れ部屋を出て行った瞬間、エムとエマは崩れ落ちるように床に膝をついた。

セリーヌに気取られないよう震える手を動かし、気を遣わせないよう笑顔を浮かべ……今にも溢れ出しそうなどす黒い感情を抑え込んでいたのだ。

事の次第はセリーヌがレイトンに捕まっている間にアネリから詳しく聞いていた。

孤児院でのこと、その後何が起き、誰が大切なセリーヌを助けたのか……。


「……本当に、使えませんわ」

「えぇ、知ってはいましたが、使えない男だわ」


ゆっくりと立ち上がり、それぞれの部屋へと戻った二人は頑丈に施錠された箱を開け、中から取り出した物を何度か握り頷きながら支度を始めた。



※※※※※※※※



「おやすみなさいませ、セリーヌ様」

「良い夢を」


そっと寝室の扉を閉めたエムとエマは互いに顔を合わせにっこりと微笑んだ。

それを目にしたアネリは溜め息をつき、「ほどほどに」と一言告げるとセリーヌの寝室へと入って行く。

アネリも疲れてはいるが、今夜はセリーヌの側に付いていたかった。あのような恐ろしい目に遭ったのだから魘されてしまうかもしれないからと……いや、自分が主人であるセリーヌの側に居たかった。一度は失うかも知れないと恐怖したあの瞬間。側に寄り添うことで安心したかったのだ。

そんなアネリの心中を察していたエムとエマは、護衛三人が輪になって話している側まで近づくと、話し掛ける前にウィルスが気付き会話を中断し軽く頷き口を開いた。


「……先程、本人には言伝しておいた。遅れないようなるべく早く行くと良い」

「では、行ってまいります」

「数分で片付けてきますわ」


テディとアデルはウィルスと侍女二人の不可解な会話に首を傾げた。

それはそうだろう……セリーヌが就寝したあと互いの力を把握する為に訓練場へと行くつもりだったのだから。そう言っていたのを彼女達も聞いていた筈なのに、何故?

理由を問う前に颯爽と部屋を出て行くエムとエマ。

テディとアデルは仕方なく、訳を知っているであろうウィルスに尋ねることにした。


「ウィルス様。お二人はどちらへ?」

「野暮用かな」

「……いや、野暮用って、誰かと会う予定なのですか?」

「会う……と言えば、そうだね。少々、狩りをしに」

「え……」

「いや、ですから、狩りって……」

「大丈夫。心配しなくても、きっちり仕留めてくると思う」


どこか嚙み合っていない会話にオロオロするテディ。

「駄目だ、天然だわ……」と額に手を当て天井を見上げるアデル。

仮面の下でにこにこ笑みを浮かべるウィルス。


ちぐはぐな三名を部屋に残し、侍女二人は足取り軽く訓練場へと向かっていた。



※※※※※※※※



さて、夜も更け仄かに灯りがともる訓練場。

そこには一人の青年がぽつんと立ち尽くしていた。

王妃の公務も終え、帰還しようとした最中に起こったあの騒ぎ。何とか無事に城へと戻り安堵していたときにウィルスから言伝をもらった。


「時間は……合っていると思うのだが……」


周囲を見渡すが誰も居ない。手持ち無沙汰なのを紛らわすように、訓練場の中心で柔軟をしてみた。恐らくだが、言伝の内容からして手合わせを望まれているようだから。

ならば、先に準備をして相手を待った方が良いだろうと思い今に至る。

けれど、その肝心の相手が誰なのか聞かされていないのだ……。

うーんと唸りながら考えてみるが誰も浮かばず、入念に身体を解していたときだった。


「お待たせいたしました」

「お早かったのですね、クライヴ様」


呑気に柔軟をしていた青年ことクライヴは、この場に居るはずのない女性の声に驚き振り向くと、侍女服を着た少女が二人入り口付近に立っていた。

多少薄暗いが顔の認識ぐらいは出来る。目を細め、侍女服を改め、口元が引き攣る。


「……セリーヌ様の侍女の」

「エム・オールポートです」

「エマ・オールポートです」


唖然とするクライヴに優雅に挨拶をした伯爵令嬢の侍女二人は、そのまま訓練場の中心、クライヴの目の前までやって来た。

混乱しながらも、一体何がどうなっているのか……と一生懸命脳を働かせた結果。


「セリーヌ様に何かあったのか?」


脳筋隊長が出した結論はコレであった。

怪我はなかったようだが、もしや目に見えていない所に怪我を!?と思いそう口にしたのだ。が、目の前に立つ二人から殺気を感じクライヴは思わず身構えていた。


「それは、クライヴ様が良く御存知の筈ですわ」

「えぇ……そうですわよね」

「どうかされたのっ……!?」


訳が分からずクライヴが二人に声を掛けた瞬間、足元に飛んできた物を咄嗟に避けたせいで言葉が途切れてしまった。

何だ?何が起きた?と足元を見ると……細長いナイフが地面に刺さっていた……。


「……」

「どうかされましたか?」

「まぁ、それくらいなら避けられるのですね」


侍女二人は可憐に微笑んでいるのに、歴戦の武将に睨まれたかのようにぶるっと震えたクライヴの背筋に冷たいものが走る。

ナイフと二人を交互に見て、(いや、まさかな……)と現実から目を逸らしてはみるが、二人の笑みに頭の中で警報が鳴る。


「では、始めましょうか」

「準備はよろしいですか」


何か返す間もなく急に始まった手合わせ。いや、これは最早手合わせなんて生温いものではないだろう。咄嗟に抜いた剣で飛んでくるものを防ぎ、打撃を躱し、途中「クライヴ様は近衛騎士隊長ですものね」「女性に剣を向けるなど、なさいませんわよね」と、痛いところを突いて脅される。

侍女二人は容赦無く、確実に急所を狙い仕留めるつもりでいた。ウィルスが言っていたように、これは、一方的な狩りだった。

反撃するなよ?との圧力に耐えながらも、寸前で攻撃を躱しながら額から汗が滲む。彼の普段あまり使うことのない脳は今やフル回転である。

そこらの騎士よりも素早く、的確に、尚且つ手にして投げたり振り回したりしている暗器を使い慣れている。

彼女達は護衛兼侍女か!と気付いたときには手遅れで、ガツッ……と何かが額に当たり、続けざまに身体中に打撃やら何やらをくらい、クライヴは意識を無くした。


セリーヌ専属護衛騎士三人は上機嫌で戻って来たエムとエマにバトンタッチされ、訓練場へとやって来た。

先に入ったテディが「あれ……」と、中心に歩いて行き、後に続いていたアデルは段々と視界に入ってくるものに顔を引き攣らせた。


「アデル……あれって」

「近寄るな。触るな。見なかったことにしろ」


訓練場の中心で仰向けに倒れているクライヴ。何かを察したテディとアデルはそっと目を逸らし。


「大丈夫。手合わせということになっているし、女性に負けたなど言える筈がない」


ウィルスは顎に手を当て「ふむ」と言った後、訓練場の脇にある水がたっぷり入っている桶を手に持ち、クライヴへと近づいて行く。

又もや何かを察したテディとアデルはウィルスから桶を奪い、地面に倒れているクライヴを訓練場の外に捨てて来たのだった……。



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