表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

似ているようで似ていない者


アーチボルト side


「先程は挨拶が出来ず、申し訳ございませんでした。改めて、ウィルス・ルガード、只今帰還致しました」

「……あぁ。セリーヌが無事に戻ったのは其方のおかげだ。助かった」

「これより、ヴィアン国王妃であられるセリーヌ様の護衛騎士となります」

「セリーヌには……」

「はっ、セリーヌ様からの許可は頂きました」


昔から気に食わなかったわけではない。

少なくとも祖父が存命だった頃は、兄と慕い尊敬もしていた。

同じ血筋に色彩を持ちながら、私達は真逆と言えよう。勉学も剣術も、何もかも……ウィルスには敵わない。

顔の半分を仮面で隠してはいても、控えめで親しみ易さが相俟って【麗しい】【仮面の騎士】と騎士からも、貴族の令嬢からも人気があった。

あのベディングですら一目置き、次第に名が知れてきたウィルスを警戒し辺境の砦へと飛ばしたくらいだ。それほど優秀な男。

努力したところで、嘲笑うかのように飄々と何歩も前を歩き続けるこの男に何度心を折られたことか……。

父がウィルスを見る度、私に言い聞かせるように『お前は口を開くな、動くな、ただ座っていろ』と口にしていた。この言葉で私は最低限の努力すらやめた。


「其方の活躍は聞いている。辺境という過酷な地であっても……ウィルス・ルガードは変わらないのだな」

「……?」

「何度も襲撃を退け、帝国の軍に至っては其方が前線に立ち、敵将の首を確実に落としていると聞いている。書類に関しても、ジレスがやりやすいと褒めていた」

「私など、褒められるようなことはなにも……自身のことだけで精一杯でしたので」

「謙遜か?」

「……いえ、そのようなことは」

「ははっ、其方はいつもそうだ。ウィルス・ルガードという男にとっては、大したことではないのだろうな……」


王都だろうが、辺境の地だろうが、この男にとっては何も変わらないのだろう。

帰還したときに目にした見窄らしい姿とは相俟って、セリーヌが専属の護衛騎士用に仕立てさせた騎士服を着たウィルスは妙な面をつけてはいても立派な騎士に見える。

どうして、この男は……。


「その、面は何だ?私を馬鹿にしているのか……?」


欠点など無く、完全無欠に見えるウィルスに苛立ち、つい口から零れていた。

なんてことは無い。案に外せと、王の前で無礼だと、只の八つ当たりだ……。


「前の物よりは、良いと思っているのですが……」


気分を害したわけでもなく、苦笑しながらも外そうとしないウィルスに苛立ちが募っていく。私は王だ。無礼ではないのか?それとも、私は敬うに値しないと言うのか?


「良いから、外せ」

「ですが……」

「私は其方の顔をまともに見たことが無い。あぁ、外せない理由でもあるのか?私と見紛うほどだとは聞いているが、多少劣っていようとも誰も気にはしないだろ」


劣等感、屈辱、様々な感情が混ざり合い自身で何を言っているのかも分からなくなっていく。

私は恐らく、何か一つでも良いからこの男に勝ちたかったのだろう。

ウィルスが面を外し、私を見上げたときに、己の言葉と行動に後悔した。


「そ、れは……」

「昔の傷です」


確かに私と似ている。いや、私がウィルスに似ているのだ。

歳の差だろうか?違うのだろうな、私が持ち得ない戦場に立ち最前線で指揮を取れるような男らしさがある。

けれど、その端整な顔の左半分、額から頬にかけて肌の色が茶色く変色していた。


「戦場でか……?いや、初めて顔を合わせたときにはもう仮面をつけていたな?」

「ですから、昔のものです」

「それは、何の?」

「……お聞きになっていないのですか?」

「誰に、何を?」

「いえ、お気になさらず。案外これは気に入っていますので。帰還の挨拶は済ませましたのでセリーヌ様の元に戻ります。色々とお伺いしたいこともありますので」

「あ、あぁ」


悲痛な顔をするアーチボルトにウィルスは微笑み、一礼すると執務室を出て行った。



※※※※※※※※



ウィルス side


執務室の扉を閉め、憐れむようなアーチボルトの眼差しを思い出し冷笑した。

たかが傷跡、こんなものが何だというのだろうか?

アーチボルトは地べたを這いずり回って生きたことなどないのだろう。

目の前で母を失ったこともなければ、燃え盛る屋敷が崩れ落ちていくなか自分を助ける為に多くの命が消えていくのを見たことがないのだろう。

英雄と呼ばれた誇り高き人が、自分を護る為自害したことに涙を堪えたことなどないのだろう。


『ウィルス・ルガードという男にとっては大したことではないのだろうな……』


生まれ落ちたその日から命を狙われ、生きていく為に剣を取り、大切な人を護る為に逃げ回る日々を送った。それに比べれば、辺境の地だろうが、戦場だろうが、この傷跡だろうが、騒ぎ立てるほどのことではない……。


城内を歩きながら視線を感じ、首を傾げた。

執務室の前にいた近衛にも目を見開かれ、侍女は軽く悲鳴を上げ慌てて口元を押さえていた。何か可笑しなところでもあるのだろうか?と隊服を見直し、湯を浴びて整えた髪を撫で再度首を傾げた。

セリーヌ様がデザインされた隊服が似合っていないのならば問題だ。先に護衛騎士になっていた二人はとても良く似合っていたから。

そんなことを考えながら主が待っている後宮へと足早に進んで行く。

つるりと手触りの良い面を撫でながら自然と頬が緩み、足が軽くなる。浮かれているのだろう。やっと会えたのだから仕方が無い。

『何も望まず、愚かなことを考えず、この身が王家に不穏をまくのなら己を切り捨てよ』

その言葉の通りに生きてきた英雄。私の尊敬する人。

何かを望んだことはない。愚かなことなど考えたこともない。全てを切り捨て生きて来た。

だから、これは御褒美なんだと思う。そうに違いない。

今なら人目があろうが両手を広げ踊ってしまうかもしれない。シーザーがいればこの喜びを分かち合い一緒にステップを踏むのだけれど……残念だ。

アネリやエムとエマなら一緒に踊ってくれるだろうか?折角なら喜びの舞いと称してセリーヌ様に見てもらうのも良い。褒めていただけるかもしれないし。

後宮の入り口に立つ騎士に手を上げるとぎょっとされながらも恐る恐る「ウィルス様ですか?」と尋ねられた。


「久しぶりだね」

「やはりウィルス様でしたか!」

「お久しぶりです!」


胸に手を当て敬礼する二人の肩を叩き「ご苦労様」と笑うと二人共繁々と面を見始めた。

気づいてくれたのかと嬉しくなり自慢するかのようにこの面について説明したのだけれど、何故か引き攣った顔で顔を見合わせた二人に「あの……」と言われた。


後宮内を歩きながら段々と遅くなる足。仕舞いには一歩も動けなくなりしゃがみ込んでいた。


『その仮面だと、女性には少し……いえ、ほんの少しだけですが、あの、恐ろしく思われるかと』

『前の黒い仮面の方がよろしいかと……あ、落ち込まないでください!ウィルス様なら何でも似合います。ですが、それは……』

『色ですか?いぇ、その、形といいますか』

『顔を全て覆ってしまうのがいけないのでしょうか?あ、似合ってはいます!』


シーザーにも最後まで「やめろ!絶対にやめておけ!」と言われていたのを思い出し更に落ち込む。前の仮面は、持ってきているが……。


「……ぁー」


これは駄目なのだろうか?と両頬に手を当て、手触りは最高なのに……と床に顔が付きそうなくらい落ち込む。

そういえば、私を見てセリーヌ様は後退っていたような気がする。

あんな場だったのだから警戒されていたのだろうと思っていたのだが、もしや原因はコレだったのだろうか?


「……よし」


ここで考えていても仕方が無い。スッと立ち上がり再びセリーヌ様の元を目指す。

分からないことは聞けば良い。あの方ならきっと面など些細なことだと一蹴されるだろう。

私の顔を見ても怖がらず、大好きな人と同じだと微笑んでくれた方なのだから。

幼き日のことを思い出すも、何故か胸がモヤモヤとし思考がドス黒くなっていく……。

理由が分からず、追い払うように軽く頭を振った。


「何も望まず……愚かなことを、考えず……」


呪文のように祖父の言葉を繰り返し、セリーヌ様の部屋の扉を数度叩いた。

開かれた扉、久しぶりに会う同類、新しい仲間、その奥には光り輝くような主が。

待ち望んでいた瞬間。私の生きる希望。

でも、これを当たり前のようにアーチボルトが手にしている。


あぁ、そうか……これが……。


殺したくなるほど憎らしいとは、こういうことなのかと、追い払ったはずの私の胸に溜まっていた黒いものの正体に気がついた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ