俺の光
対向車のヘッドライトの光、ブレーキ音。
不味いと思った瞬間、助手席に座る華奢な身体に腕を伸ばし覆いかぶさった。
身体に走る衝撃、視界が歪み思ったように眼が開かない。
痛む身体を僅かに起こし腕の中にいるであろう人を確認した。
「……あ、や……」
どこかぼんやりとしながら大切な妹の顔を見て、震える手で輪郭をなぞる。彼女の額から流れる赤黒いものを拭おうと何度も手を動かすが一向に消えてくれない。
それどころか綺麗だった部分まで汚れていってしまう。
「……ぉ、きて……あやっ」
何時もだったら鬱陶しそうな顔をしながらも受け入れてくれる。ほら、目を開けて頬を膨らませた可愛い顔を見せて。
身動ぎせずぐったりとシートに身を預ける妹に焦燥感に駆られる。
何が起こったのかは今一良く覚えていないが、自分達の状態がとても悪いことはわかる。
上手く動かない口を動かし、掠れた声で何度も名を呼んでいるのに、眼を開けてくれない。
サイレンの音、車の扉が開かれ誰かが何かを話しかけてくる。腕の中にいる大切な者を引き離そうとしてくる。
閉じようとする瞼を開き、周囲を確認し、抱き締めていた妹をそっと引き渡し意識を失った。
※※※※※※※
「初めまして、今日から私が貴方のお姉さんよ」
初めて顔を合わせた日。俺の姿を見て目を大きく開き、あんぐりと口を開けた君の姿があまりにも可愛くて、にやけた顔を隠すのに苦労したんだ。
「綾―、綾―、一緒におやつ食べようー!」
部屋に籠もりがちだった君を誘い出そうと毎日お土産を買って来た。
毎日しつこいくらい扉の前に座り込み何度も君の名を呼ぶ俺に根負けし、嫌そうな顔をしながらも部屋から出て来てくれていたことが嬉しくて堪らなかった。
「もぉー!ちゃんと見て!私の相手をしてよー」
部屋に籠もることなく、リビングで本を読んで寛ぐ君に凭れかかる俺。それを困った顔をしながらも受け入れてくれた君に泣きそうになった。
「やっぱり、アーチボルト様よね」
「いや、ないわ」
私の声に反応し、ちらりとテレビの画面に冷めた目を向ける君に(良かった、君は外見じゃなく中身なんだ)と満足気に頷いた。
「透が、また明日も来るっていうのよー」
毎日押し掛ける悪友の愚痴を語ると「……でも、姉さんの親友でしょ。大切にしないと」と俺を窺いながら小声で話す君を思わず抱き締めていた。
君が透を苦手としていることを知っていた。それでも、俺の友達だからと歩み寄ろうとしているのを見て嬉しい反面、どこか複雑だった。
男が嫌いな君が接することが出来るのは、家族だけで良いと……そう思ってしまったんだ。
大切な家族、俺の宝物。
そんな君に透が惹かれていることには気づいていた。
あいつが君に告白すると俺に宣言してきたときも、やっぱりかと……もう、俺だけの君ではなくなってしまうんだなぁと……。
君の誕生日。
せめて待ち合わせの場所までは二人だけでいたくて、本当はこのまま何処かに連れ去ってしまおうかと何度も考えて、自分の独占欲にゾッとした。
それでも、少しでも長く一緒にいたくて遠回りをした。あいつに会わせたくなかった。取られてしまう気がしたから。
だから、罰が当たったんだ。
ごめんね、綾。
※※※※※※※
誰かに呼ばれている気がした……。
目を開けたつもりが、真っ暗で何も見えやしない。夢か現実かも曖昧な中、すぐ近くで悪友の声が聞こえてきた。
何を取り乱しているんだと思い、自分の状況を思い出し身体を起こそうともがくが上手くいかない。指一本動かせず、口元には何か取り付けられていた。
あの子は!?綾は無事なんだろう!?
そう声を出しているはずなのに、口を動かすことが出来ない。
あの冷静な透が一生懸命何かを叫んでいることに驚くと同時に安堵した。
大丈夫、俺がいなくなってもこいつがいる。君を一人にはしない。
「……て……る」
だから、伝えて。
俺の大切な妹に。大切過ぎて、臆病な俺では触れられやしないあの子に。
「……し……る」
愛してる。
自分で思っていたよりもずっと、君を愛していたんだ。