それぞれの休日
テディver.
「休日ですか?」
いつものように朝からセリーヌ様の護衛に就いていたら、何故か急に僕の休日の話に。
眉間に皺を寄せてもお美しいセリーヌ様と、その背後に立ち口元に弧を描いているのに目が一切笑っていないアネリ。
更には、斜め前に立っているウィルス様も真剣な眼差しで僕を凝視している……。
――何かしてしまったのだろうか?
内心焦りながらも、問われた休日について考えてみた。
「普段と同じ時間に目を覚ましますので、寮で朝食を摂ってから訓練場に向かいます。昼食も、同じく寮で。そのあとも訓練場です。夕食後は汗を流して、自室で剣の手入れなど、翌日の準備を終えてから就寝しています……が」
何でだろう……、どんどんセリーヌ様の眉間の皺が深くなっていく。
「テディは本当に真面目ね……」
「真面目過ぎではありませんか?」
「テディ。セリーヌ様が訊きたかったのは、街に買い物や飲みに行ったりといったほかの騎士達が休日にしていることだと思うよ」
……他の騎士、ふむ。
「僕は入隊初日からフランの……補佐?だったので、周囲から敬遠されていましたから、仲が良いと言えるのはアデルくらいでしょうか?買い物も、騎士団で配給されている物で事足りますから必要ありません。飲みに出かける人達もいますが、誘われませんし、給金はほとんど実家に送っていますので余り無駄遣いは……あ、偶にアデルとは時間が合えば訓練場で一緒に手合わせをしています!」
これならちゃんと質問に答えられたかな?と窺うと、セリーヌ様は天を仰ぎながら「また、訓練場に戻った……」と呟かれている。
そのあとも、事細かく質問されたけれど返す言葉は変わらず申し訳なくなってしまった。
「前よりも、今はとても充実していて、幸せです」
最後にそう伝えると、その日からウィルス様が毎日訓練に付き合ってくれるようになった。
アデルはそんな僕とウィルス様を見て、「そうじゃねぇだろう……」と項垂れていたが、とても良い休日だと笑っておいた。
※※※※
ウィルスver.
テディへの休日聞き取り調査を終えたセリーヌは、年頃の男性が訓練漬けとはコレ如何に……?と項垂れていた頭をバッと上げた。
通常時であれば騎士団には休日というものが月二回ほど存在している。
セリーヌの専属護衛騎士になる前はアデルやテディにもその休日が存在していたのだが、人数の関係によって(護衛騎士が二人しか居なかったので)新たにウィルスが加わるまで休日はお預け状態だったのだ。
その久々の休日の様子をテディに訊いてみたところ、朝から晩まで訓練だと笑顔で答えるではないか。
しかも、第三騎士団に所属していたときからそんな感じだと……。
本日アデルは久々の休日で居ないが、彼に関しては何も心配していない。
けれど、テディ並みに心配なのがもう一人居るではないか!?と、セリーヌは気付いてしまった。
「ウィルス……」
ウィルスが、まだ専属護衛騎士になったばかりだから休日は暫く必要ないと言っていたのを思い出したのだ。
よく考えてみてほしい。
激戦地から戻った直後にセリーヌ奪還、帝国での親善試合などなど、休む間もなく次から次へと働かされている人に休日が必要ないわけがない。
「休日のことなのだけれど……」
「はい」
「貴方もアデルのあとに休日を取りなさい」
これは命令だ!とキリッと言い切ったセリーヌに、ウィルスは数秒考える素振りをしたあと目尻を下げた。
――あ、コレは犬化だ!?
(あまりにもウィルスがしょぼんとするので、彼に犬の耳と尻尾が見える現象である)
「休日と仰られても、此処には獣も川も森もありませんので」
「ごめんなさい。言っている意味が分からないわ……」
ん?とウィルスは首を傾げるが、傾げたいのはセリーヌだ。
どうしたものかと背後に立つアネリに助けを求めるが、彼女は片手で目を覆って唸っている。
「食料として木の実を集め、獣や川魚を狩る必要はありません。ですから、私に休日は不要かと」
どれだけ辛い環境にいたのかと悲しむよりも、それは休日ではないとツッコミを入れるべきなのか……。
「訓練の時間はほぼ毎日ありますので、お気になさらずに」
大変素晴らしい笑顔で言われたセリーヌは両手で顔を覆い、ソファー上でのけ反った。
「だから……!訓練は、休日に行うものではないのよ……!」
※※※※
アデルver.
久々の休日は思っていたよりも充実した時間を過ごせた。
顔見知りの騎士や侍女達に土産として持ち帰った酒や菓子を配り、まだあと数時間は残っている休日をどう過ごそうかと考えていた、筈なのだが……。
(何で俺、剣持って訓練場の前に?)
前世でも、今世でも、俺こんなに熱血バカじゃなかったのに……と頭を抱え蹲る。
(軽薄で私生活が派手、去る者追わず来るもの拒まずな俺は何処へ消えた!?)
それはセリーヌ曰く「クズ男」なことに気付かないアデルは若干涙目で訓練場に入り……その場に崩れ落ちた。
「てなわけで、休日も平日も訓練しているんですよ。ほぼ、毎日。あの二人は休みという言葉の意味を理解していないと思うのです。それについて私が居ない間に尋ねてみてくださいましたか?」
セリーヌへの土産をアネリに手渡しながら、テディとウィルスについてどうなっているのかと訊いたのだが……。
「聞いていますか?」
何故かセリーヌは唖然とした顔をしてアネリを見ている。
何だ?とアデルもアネリに視線を戻すが、いつも通りのアネリがそこに居る。
「……え、えぇ。昨日本人達に訊いてはみたのだけれど」
「良い歳した男が他にやることはないのかと……あ、アネリ。それと、それもセリーヌ様に。そっちの装飾品は普段使いの玩具のようなものだから手入れの必要はない」
「先程の生地は?」
「そっちも普段使い用だな……。まぁ、また増やすから使い捨てで構わないだろ」
土産の仕分けを終え、会話の途中であったことを思い出し振り返ると、セリーヌの眉間に皺が寄っていた。
「どうやら、アデルにも聞き取り調査が必要みたいね……」
「いや、私には必要はないかと……?」
何を言っているんだ?と思い首を振るが、次の瞬間、セリーヌの言葉に絶句することになった。
「アデルは昨夜テディとウィルスを訓練場で見たと言っていたけれど、何故貴方も訓練場に?休日よね……?」
「……」
「あと、その、お土産のことなのだけれど、多過ぎないかしら?その量は幾ら貴方の家が商家だとはいえ、選ぶだけでも一日を使ってしまう気がするの」
「……」
「アデル……言いにくいのだけれど、貴方も休日という言葉を理解している?」
「……」
(あれ、俺、昨日何してた……?)
城から実家に戻り、時間がないからと家の従者を使ってカタログを集め、動かせる金と今手に入る最高の素材がどうのと、親父と顔を突き合わせて話していたらもう夜中で、残りの時間は……。
ガクッと項垂れたアデルは、そのままトボトボと部屋の隅に無言で歩いて行ってしまった。




