婚約者 レイトン・フォーサイス
『狂っている』『異常』
この言葉は良く聞く。
相手は何を思いそう言うのかは分からないがコレに対して思うことはひとつ。
『何が悪い?』
言われた側は何も感じていないのだからそれによって何か変わるわけでもない。
僕の行動や言動を説明したところで理解出来ないだろうし、分かってもらおうとも思わないのだから。
僕だけが知っていれば良い。
僕だけがあの子を守ってあげれば良い。
僕だけが、あの子の味方で良いのだから。
「急ですね……」
父に呼ばれ執務室を訪れてみれば……。
「午後から伯爵家の令嬢とお茶をしなさい」と言われた。
お茶ねぇ、これが何を意味するかなど分かっている。
「婚約者ですか?」
ラバンの次期国王、王太子の僕には婚約者がいない。妹も年の離れた弟にも早い段階で婚約者がいるのにだ。
いや、僕にだけ婚約者がいなかったわけではない。
実際には、数年前まではいたのだから…。
「なかなか良いお嬢さんだよ。レイとは話も合うだろうしね」
「……会ったこともないのに話が合うもないでしょ」
「雰囲気がセリーヌに似ているんだよ」
「でも、中身が違う」
父のセリーヌに似ているという発言に間髪入れずに返す。
そんな僕を見て父は苦笑し、国王の命令だと宣った。
王族に産まれたからには政略結婚は当たり前だと分かっている。
父も家族を大切に想ってはいるが、大国ラバンの国王。私情は一切挟まない。
国の為になるのなら大切な娘であろうと消えかけの国の、婚約者が疑わしげな男であろうとも結婚させる。
「セリーヌはもう直ぐヴィアンに嫁ぐ。レイもそろそろ身を固めなさい」
「あの子と僕の結婚は関係ありませんよ」
「……寂しくなるだろう?側に置いておける者を見つけろと言っているだけさ」
「心配しなくても、いずれ結婚はしますよ」
「……そうかなぁ?レイのお眼鏡に叶う者がいるとは思えないのだけど」
「いつか現れますよ。僕は仕事がありますのでこれで」
「お茶会、楽しんで」
楽しそうに手をひらひら振る父を睨み執務室の扉を音を立てて閉めた。
一年中あふれんばかりに花が咲き乱れる個人庭園。数十種類の鮮やかな花はあの子のお気に入りのものばかり。
その中にカウチを置き、腰かけ本を読むセリーヌの綺麗な髪を手で弄ぶ。
稀に弟も加わりセリーヌと二人で花冠を作っているのを僕は眺めている。
そんな宝物のような場所で、僕は伯爵家の令嬢、ルイーゼと向き合っていた。
「……素敵な場所ですのね」
ほぅっと息を吐き、頬に手を添えうっとりと庭園を眺めている令嬢に微笑む。
「えぇ、とても大切にしている場所です」
「私、一度で良いから訪れてみたくて、今回のお茶会の場所をレイトン様の庭園でと、父に頼んでしまいましたの」
午後になり父の従者について来たらここで、
カウチが置いてあった場所にはテーブルと椅子が整えられていて令嬢は既に座って待っていた。
父の仕業だろう、僕の個人庭園には僕が許可を出した者にしか入れないようにしてある。
それは、王であろうが王妃であろうが……例外なくそうしている。
それなのに……。
この場所に土足で踏み込むなど、父もこの令嬢も良い度胸をしている。
「私のような身分でレイトン様とこうしてお茶をいただけるなんて、夢のようですわ」
「身分などと、ルイーゼ嬢は伯爵家の方でしょう?」
「えぇ、ですが……レイトン様の婚約者だった方は侯爵家のリリアンナ様でしたから」
「あぁ……そうでしたね」
「社交界の華と呼ばれていたリリアンナ様との突然の婚約破棄に、私達は驚きましたわ」
「昔のことです」
ちらちらと此方を伺いながら、何故?どうして?と聞きたそうにしているルイーゼを曖昧に躱しカップに口をつけ、これもか……と眉間に皺を寄せてしまった。
僕が国から離れ各地を旅していたときに見つけた茶葉……それをセリーヌが気に入り大量に仕入れさせた。
此処といい、茶葉といい、胸糞悪い。
「あの、私、よくセリーヌ様に似ていると言われますの……ラバンの至宝と呼ばれるセリーヌ様となんてお恥ずかしいですが」
「……そうですか?ルイーゼ嬢はセリーヌとは似ていませんよ。貴方には貴方の魅力がある」
「まぁ……」
頬を染める令嬢を一瞥し花に視線を移した。
あの子に似ている?……似せているの間違いだろ。
遠目から見れば間違う者もいるのだろう。
だが、ルイーゼ嬢の髪はセリーヌの髪よりくすんだ色、瞳の色だってまるで違う。
顔は化粧でどうとでも出来るし、セリーヌが好んで着ているドレスは父にでも聞いたのだろう。
リリアンナもそうだったが……皆、何か勘違いをしていないだろうか?
セリーヌは僕の妹であって、結婚相手にあの子と同じよう望んでいるのわけではない。
真似たところで、誰もあの子の代わりにはなれないのだから。
「レイトン様……」
黙ったまま他所を見ていた僕に、ルイーゼの甘えた声がかかり視線を彼女へと戻した。
「セリーヌ様はヴィアンへ嫁がれるのですよね?」
「えぇ、それが何か?」
「あの、私ではセリーヌ様の代わりにはなれませんでしょうか……?」
「……無理ですよ。あの子とルイーゼ嬢は違う」
「ですが、私なら、リリアンナ様はセリーヌ様とは真逆な方でしたが、私は……」
「ルイーゼ嬢?」
「レイトン様が婚約を破棄したのも、婚約者をつくらないのも、全てセリーヌ様がいらっしゃるからだとお聞きしました」
「誰がそのような馬鹿なことを」
「馬鹿なことでしょうか?皆、噂していますわ……」
「噂ね、どのような?」
「…………」
「レイトン・フォーサイスは妹に執着する異常な者だ?」
「……あっ」
「いや、狂っている……かな?」
「レイトン様はこの国の次期国王ですわ!ですから、そのような噂を払拭なさらなければいけません」
「リリアンナ嬢には出来なくても、自分ならそれが出来ると?セリーヌに似ていると言われている貴方を婚約者にすれば、益々可笑しな噂が広がるでしょうね」
「セリーヌ様はラバンからいなくなりますもの。私がレイトン様の側にあれば直ぐにセリーヌ様のことなど皆は忘れますし、結婚する前にあの噂は私のことだったと広めますわ」
「忘れる?」
「えぇ、私達が仲睦まじくいれば皆忘れますわ」
セリーヌを、忘れる?
「レイトン様、妹とは結婚出来ませんのよ」
さも己が正しいことのように語るルイーゼ嬢は、セリーヌよりリリアンナ嬢に良く似ている。
彼女も僕に今と同じようなことを何度も言い、セリーヌには直接暴言を吐き続けた。
婚約破棄したのはセリーヌに対しての暴言があったからではない、リリアンナ嬢の家が不審な動きをしていた為に父が最終的に決断したこと。
噂の元も、セリーヌに嫉妬した哀れな令嬢と取り巻きが流した馬鹿げた話し。
そんなもの国王を始め上の連中は誰も信じてなどいないし、気にもしてもいない。
目の前にいるルイーゼ嬢と結婚しなければ王になれないなど、随分と僕は軽んじられているらしい。
期待を込めた目で僕を見つめるルイーゼ嬢に、微笑みながら口を開いた。
さぁ、こんな馬鹿げた茶会を……さっさと終わらせようか。
「泣かせたのかい?」
部屋に戻りグエンから騎士団に関しての報告を受けていると、父が突然現れた……。
先程の茶会の報告を受けたのだろう。
さも愉快そうな顔をしてグエンにお茶を要求し、僕を責めるでもなくそう言った。
「泣かせていませんよ。あちらが勝手に腹を立て泣き喚いただけです」
「自身と結婚することによって得られる利益を述べさせた挙句、全て論破し伯爵家ごとき必要ないと言い……結婚後も正室よりセリーヌを優先すると言ったらしいね?」
「利益を求めるのは当たり前。何処ぞの国とは違い恋愛結婚ではないのだから。セリーヌ優先も婚約する前に言っておかなければ、それこそ不誠実というものでしょ?」
「んー、セリーヌはアーチボルトにやるのだけどね」
「ヴィアンになど嫁がせるから、僕が今よりセリーヌ優先になるのですよ?」
「……攫ってきては駄目だよ」
「攫う?奪い返すの間違いでしょ。あの国はラバンから至宝を掠め取っていくのだから」
「狂っているねー」
本当に狂っている人間は自身が狂っていることが分からない。
「……僕は、狂ってなどいませんよ?」
もし、この先あの子が不幸になるようなことがあれば。
あの子がされた以上の報復を与えよう。
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