俯瞰の世界から3
「さぁさっ、こっちです」
上治に促され深くフードを被った少年が部屋に入り、その後ろに同齢であろう少年がついてくる。部屋には既に昨日の女性が待機していた。
「どうも初めまして。私は岸島 静といいます。えぇっと……どちらが神童さん?」
彼女の問いにフードを被った少年が返事を返す。
「いやいやどうもどうも、私が神童侑といいます。そんで、こっちが私の親友の……S君です」
名前を伏せられた少年は軽く会釈。
「彼は諸事情で名前が明かせないんですよ。あと彼、喋れないのでご了承くださいね。まぁそれはさておき、例の物はご用意して頂けましたかね?」
神童は上治をちらりと伺う。彼の返事は即答だった。
「えぇ、用意できましたよ。じずか、渡してくれ」
その言葉を合図に彼女は持っていた紙袋を神童に手渡すと、彼はその中身を確認し深くうなずいた。
「……確かに。では話を進めましょうか。えーっと、彼女が沙耶さんですかね?」
神童はベッドの方を見ながら誰にと言わず確認した。しかしそんな質問をしておきながら彼は返事も待たずに少女の下に足を進める。
「そうです。彼女が……沙耶です」
そう返事をしたのは上治だった。どう思ってか、彼の声は少し緊張しているようにも聞こえた。
「ほうほう、なるほどなるほど。S君、彼女は目のようですね」
神童の言葉に少年は頷き、少女に近づく。
「まって! 今から彼女に何をしようというの?」
岸島は少年の行く手を遮り、少年達に回答を要求する。神童はそうですよねぇ、と納得したように説明を始める。
「いやぁ何と言いましょうか、彼の保身に関わるのであんまり詳しく言えないんですが……彼、異能者なんですよ。で、彼の力を使うとあら不思議~ってな感じでして……」
そこまで言って周囲の反応を確かめた神童は、皆納得がいっていない表情と見るや説明を口早に再開する。
「そうそう! 私も実は異能者なんです! 私の力はですね! なんと! 人より目がいいんです! おっとそこの貴女!呆れたなんて思うのは早計ですよ! ただ眼がいいだけじゃないです! その人の考えている事とか、しゃべろうとしている事とか、病気の人ならどこが悪いのかなんかも分かっちゃうわけです! もうここまで説明すれば察しが付くでしょう……そう! そうなのです! 私、彼女が目を覚まさない原因、分かっちゃったんです!」
上治や岸島に指しながらハイテンションで喋っていた神童は、突然疲れた表情を見せ、ため息をついた後、元の口調に戻る。
「まぁ彼女がこうなった原因はあなた方お二人が思っている通り、異能の発症です。彼女は自分が発症している事に気付かず、ずっとこの辺を漂ってるみたいですけどね」
上治は空中を指さしその指をくるくると回した。
「漂ってる? どういう事か説明してくれませんか」
上治は疑問の顔を表に出し、神童に質問した。
「そのまんまですよ、ふわふわしてるんです。主に視界が。でも多少の意識も一緒にとんでるみたいなので、目を覚まさないのは其れが原因でしょうね」
上治はもう何を言っているか分からないという顔で神童をみている。神童は知ってか知らずか、回答を続けた。
「それを、彼を使う事によって解決しましょうって事です。もう簡潔に言えば彼女は目を覚まします。保証しましょう」
神童がそこまで言ったところで、上治の表情は一気に明るくなる。
「治るんですね! 沙耶は、目を覚ますんですね!」
「はいはい治りますよ。では、始めちゃいましょうねぇ」
何をめんどくさくなったのか、神童は適当な返事をしてもう一人の少年を促す。その少年は少女の両目を片手で塞いだ。目を瞑り、深く呼吸をしたあと、もう一度目を開ける。
――刹那、視界が暗転した。
温度を、感じる。
鼓動を、感じる。
呼吸を、感じる。
重力を――感じる。
そうか、何故今まで気づくことが出来なかったのだろう。ずっと漂って、父の様子を見ていたのに、どうして目を覚ましてやることが出来なかったのだろうと、悲しいような、苛立たしいような、そんな気持ちが私の中を巡る。
ゆっくりと目を開けると、先程まで暗く感じていた部屋が今はとても眩しく思えた。傍らには4人の人影が見える。父は私の手を取って私に話しかけている。岸島さんは泣いているのか、顔を覆っているようだ。あと二人の人影は既に立ち去ろうとしていた。
色々な音や声が入り交じり、冴えない思考の中でも、父の手の温もりが私をある結論に到達させた。
あぁ、私は戻ってこれたのだ。あの――俯瞰の世界から。
俯瞰の世界から 完