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偽の王子の帰還

「おお、これはハハハッ、正に鏡を見ているようですね」

「いや、カール殿下も中々にお似合いですよ」

「フフフいけません、カール殿下、私はラルフで御座いますよ。

 壁に耳あり柱の陰に人影ありと言いますからね」

「解った、気を付けよう」

「ええ、なるべく言動は少なく、抑揚を抑えるのがコツです」

「理解している」

「飲み込みが早かったですね殿下」

「そう思うか」

「ええ、不思議な気分です。

 写し鏡を作るようで」

「私もそう思う」

「では宜しくお願いします、未だに体の弱さは目立ちますが一日も早く強くなりますね」

「はい、これで暫くの間はお目に掛かれません、お体を何卒労わられます様」

「ええ、有難うラルフ兄上、王都ではお気をつけて」

「慣れませんね、その呼び方には未だに。

 では行ってくる、弟よ」


 まあ義兄弟になりましょうというカール殿下の思い付きで何故か俺が兄になった。

 殿下仰るには、俺は体も丈夫だし、武術、魔術にも優れている。

 そんな頼りになる兄を持ってみたかったらしい。

 喋り方も殿下からの要望なのだが、ずっと続けていたせいか違和感が無くなってきて、食事を共にすることは勿論のこと、殿下の体調が良い日には共に馬を駆って、風呂で汗を流し合う本当の兄弟のような関係にまでなった。

 まあ弟や妹が欲しかったのは俺もなので、つい義兄弟の契りを交わしてしまったが、こんなに頭の回る弟がいたら大変だとしか思えませんよホント。





 あの襲撃の日、殿下は少しだけ策を変更された。

 なんと伯爵家へと向かうのを殿下只お一人で向かう事にされたのだ。

 俺の方はそのまま馬車に押し込まれたままで侯爵家へ。

 侍従や侍女といった周囲の者達にも入れ替わりが判らないようにする為に、侯爵家に到着すると同時に一旦は旅の疲れから奥に引き篭もるとして俺は部屋に閉じこもる事になった。

 折角の療養なので妃殿下が看病を直接する事で周囲の目を欺いた。


 一方、単身でルードルフ伯爵家へと訪れるという臣下が知れば卒倒するような事を平然とする困った弟分のカール殿下はその日の内に父さんと母さんへ事情を説明し終えて、身代わり役の了解を取っていた。

 仕事が早い、というか父さんと母さんは納得するのが早すぎると思うのだが、殿下はどうやって説得したのやら、末恐ろしい人である。

 流石に無理をしたのかそのまま伯爵家の俺の部屋で寝込む事になったそうだが、無茶のし過ぎだ、今でこそ判るけれど殿下は意外に突っ走る性格で自分の体を省みない事が多い。



 一日だけ間を開けて、体調が良くなったと同時にお礼に伺うという約束していた名目で伯爵領を訪れた俺は父さんと母さんに最上位の礼をもって迎えられるというサプライズを受けた。

 俺は妃殿下を連れていくことで驚かせようとしたのでお相子だった。


 家族揃って悪戯心があって何よりだと思う。


 家令の爺や団長が俺と妃殿下を迎えて目を剥いていたのは今でも笑える。

 いや年寄りを驚かせてすまなかったが、我が家で家令と団長は信頼がおけるから知らせていると思っていたんだよ。


 それからそれから。


 気の置けない友人になった伯爵家嫡男を訪ねるという設定の上で、療養も兼ねて俺は伯爵家を度々訪れる事になった。

 其処からの日々は思い出すだけで頭が痛い。


 なんとこの俺が、居ても自由に身動きが出来ない侯爵家に報告に戻る方が気が休まると感じる程の日々が始まった。

 あの日々は正に悪夢だった。


 魔術に関わる学問に関しては母さんの教育が優れていたらしく、問題は無かったのだけれどもそれ以外は全滅とまではいかないが、王子の教育とは此処までかと思う程に大変だった。


 カール殿下が王城で習っていたのは文法、論理学、弁論術、哲学、法律、古典、詩文、舞踏、芸術、音楽、算術、幾何学、礼法などである。

 俺たちはまだ一五歳で、普通の貴族はこれから王立学院などで学習する筈なのだけど、一体どうなっているんだろうか王族の教育ってのは。


 それから俺が伯爵家に戻っている間はずっと王族に必要な知識を叩き込まれ続けた。


 殿下にしてみれば学問全般、礼法や舞踏の方が剣術や魔術に比べれば遥かに楽なんだそうだが、俺には辛かったよ、舞踏はまだ一種の格闘技と捉えたので問題は無かったが、礼法は退屈な上に対象が格に対応した物なので今まで必死に覚えた物が役に立たなかった。

 礼法を練習する俺を見て家令の爺が涙を流して喜んでいたのが印象的だ、まぁ必要最低限しかやってなかったからな。

 でもこの礼儀作法、入れ替わりが終わったら殆どがまた無駄になるんだよ爺。

 それに学問全般、これが一番困った。

 まず喋り方の矯正から始まった。

 もともと口数の少ないカール殿下の代わりだと言えど、喋らないでいる事は出来ない。

 王族には王族に相応しい話し方があった。

 これまた覚えても活用法の無い技術だな、ほんとカール殿下が物静かで助かった。

 最悪の場合は「そうか」「成程」「よきに計らえ」「後ほどな」「無礼であろう」これで何とかなるらしい。


 カール殿下だが、先の様に口数が少ないと言いながらも人を説得する方法や討論したり説明する方法などを身に着けていらっしゃる。

 国内の法律だけでなく、周辺国との約定なども覚えさせられた、他国と隣接していない辺境の伯爵家でまたもや使いにくい知識だ、覚えても国内の法律ぐらいしか役に立たん。

 あとは感情を押し殺して兎に角冷淡に相手を分析して論破していくのは重要な要素なのだとか、相手の防御を一つずつ剥がして攻撃を繰り返して無効化するような物だと言われて納得した。

 また、相手の主張の中で正しいものがあれば単に反対をするのではなくそれをも取り込んでいくことこそが政治に携わる上での重要な資質なのだとか、あれだな、好敵手からなどからの意見で如何に馬鹿な内容でも何か一つ好い所があればその部分を採用するだけの度量を見せろと言う事だな。

 単に打ち倒すだけでは何もそこには生まれない、打ち倒すちからと共に調和こそが君主に求められるものなのだろう。


 などと勝手に思って自分なりに頑張ったがまだ見ぬ強敵は其処に居た。


 その強敵の名は学問、中でも手強かったのが、古典、詩文、芸術、音楽だ。

 算術、幾何学などは魔法、魔術にも関わることだし、領の運営に必須事項なのだから俺が手を抜く事は無かった為に問題は無かった、殿下が驚いていたが少々失礼な弟だと思う。


 でさ、本当に古典とか何に使うんですかって素朴な疑問を聞いたんだよ。

 それに殿下が答えてくれたのだけど。


「貴族の会話には引用をもって自身の知識を自慢する事を得意とする物が多いのですよ、より判り難い表現や遠まわしに隠喩した方が素晴らしいと思っている俗物が多くて、言質を取られにくいなどと言う理由もありますが、まず古典を理解できないと会話が成り立ちませんし、侮られる事もありますね」


 なんだその理由はと教えてくれたけど益々理解できなくなった。

 そんな今は使わないような言葉を態々勉強してそれを自慢する為だけに使うのって意味があるのですかね、って尋ねたら「だから俗物なのですよ」って笑ってた。


 もう古典と詩文に関しては丸暗記するしか残されていなかった訳だけれど、アミーキティア・サール・ウィータエ友情とは人生の塩とか、テンプス・フーギト時は飛びさるが如くとか、態々古典語の意味があるのかね。日常会話に使わないだろう。

 いやそのまま諺として使っていればいいと思うんだけどね。

 なんで態々古語なの、俺の幼少期の悪化なのか。

 殿下曰く、「その情報こそ値千金テンプス・フーギトですからな」とかいってアハハと笑いあうらしい。

 拗らせ過ぎじゃね。


 詩文に至ってはもう「ああ、愛の女神よ、不埒なるこの心に宿る愛の炎をどうして燃え上がらせるのだろうか」という詩に「身を焦がす程の想いこそが私への真心、その愛の炎は私をも焦がすことでしょう」

 と続くらしい、読んでるだけで赤面する内容が多くて恥ずかしくないのかね。

 これを丸暗記するのと、一部引用して女性を褒めたりするのに使うそうだ。

 回りくどい。

 そんな感想を述べたものだから、母さんから説教と共に如何に浪漫が大事かを教えられる羽目に陥った。

 ……そういえば父さんは浪漫を愛する人だったな。

 でもそんな言い回しが可能なのだろうか。


 後日判明したが愛に関する詩を暗記するのは年頃になれば通る道だそうだが、熱心に覚えるのは女性だそうだ。

 男性については、そんなものは必要になったら相手に合わせた内容の物をきちんと探すもんだぞと父さんは言っていた。

 父さんも母さん用に色々と探して必要分だけを暗記したらしい。

 お勧めは花に関する言葉とか自然をモチーフにすると外れが無いと勧められた。

「貴方に比べればこの大輪の薔薇さえも霞む」とか「あの美しい夜空に浮かぶ月でさえもあなたの輝きに恥じて雲に隠れたようだ」とか……父さんのお勧めが甘すぎて口から蜂蜜を流し込まれたような気分になった。

 母さんが照れていたから実際に使ったらしい。

 夫婦仲がいつまでも宜しくて結構な事だ。





 そして過ぎ去った半年にも渡る苦難の日々。




 必要最低限の知識を詰め込み、偽装を終えた俺はカール殿下の代わりに王都へと向かう事になった。

 ぐぬぬ、正直俺の部屋でベッドに横になったままのカール殿下から見送りを頂いたが顔色が良すぎじゃないかと思う程だった。

 いや顔色というよりは雰囲気だろうな、王子の生活よりも読書三昧、綺麗な空気の田舎が楽しみで仕方がないのだろう。

 まあ、父さんと母さんも出来る限りカール殿下を守ると言っていたし心配はないだろう。

「ラルフがカール殿下の為にというのは素晴らしい事だと思うが、無茶だけはするな。

 王城でお前より強い奴は居ないだろうから暴れたりすると大変だから。

 屑な貴族がいても出来る限り剣を抜いては駄目だぞ、挽肉には回復魔法も効かない。

 カール殿下の事は俺が鍛えるから心配するな、中々に見どころがある方だ」

「くれぐれも魔法を無暗に使っては駄目よ。

 宮廷魔導士長でさえあなたを止める事は不可能なのだから。

 いい、王城を壊しては駄目よ。

 カール殿下の事は任せて置きなさい、フランクと私がラルフだと思って全力で魔法を教えながら看病するから」

 と、励ましなのか心配なのか良く判らない見送りの言葉を頂いた。

 カール殿下どうかご無事で。


 しかし、何故だろうか普通ならば暴れるなとか言われても納得がいかない筈なのだが納得出来てしまった。

 きっとあの戦闘の後だからだろう、納得せざるを得ない。

 今まで他の領地の騎士団と関わることが無かったから話半分にしか聞いてなかったが認識を改めた。

 伯爵家の騎士団はそれなりに強かったんだな。

 父さん以外だと話にならないから気が付かなかったよ。




 そこで問題になった手加減の話をしておこう。

 愛用の剣だと手加減云々だけではなく切れ味も鋭いので危ない。

 これは念のために持っておくだけにしてもう一本剣を携えることにした。

 新調する剣はどうせなら訓練にもなる事を期待して特注した。

 鋼の二〇倍の重さと強度を誇る重質鋼で作られた訓練用の得物だ。

 剣を扱う時はこれを振るう事にしておけば切ろうとしなけれが切れないから無駄に殺生にはならないし安全だろう。

 それと魔法も身体強化以外は滅多に使わないようにしなくては。

 いくら王子殿下に才能があっても半年で学べる限界があるからね。

 ああ、空を飛んでいきたい。



 馬車での移動は優雅だがする事が無いから魔法を右手と左手で出す訓練でもしていようか。



「母上、只今もどりました」

「お帰りなさい、体調はどうかしら」

「問題ありません、あちらの空気も体にあっていたようで顔色もよくなりました。

 時折でしたが剣にも興味が出てきてフランク伯爵に教わりながら庭で振って、魔法もかの宮廷魔導士の天才児といわれたブレンダ殿に習っておりました」


 ええ、毎日ではなく時折だけどカール殿下がです。

 父さんと母さん曰く中々に見どころがあるらしい。

 流石王子殿下の才能という事だろうな。


「そう、健康になったのだから、そろそろ王都に戻らねばなりませんが準備は良くて?」

「はい母上、問題はないでしょう」

「そうね、その喋り方抑揚のなさといい……私自身が全く見抜けないのだもの、宜しくお願いするわね、これからは貴方はカール、ラルフと呼ぶのは事が成されるまで次が最後ね。

 ラルフには無理をお願いするけれど宜しくお願いします」

「母上、お気になさる必要はありません。

 (義弟)と母上の頼みです、聞かない兄や子はいませんよ」

「フフフ、そうね、有難う二人目の息子ができて私も嬉しいわ」


 俺にとっても二人目の母親がこんな優し気な人で良かったと思ってますよ。




「おお、カールもう帰ってしまうのか、儂としたら次の社交までゆっくりして欲しかったのじゃがな」

「いえ、お爺様、体調が戻ったのであれば第一王子として責務もあります」

「そうか、うむ流石我が孫よ。

 これもルードルフ伯爵家のお陰じゃのう」

「ええ、ルードルフ伯爵家で過ごしたお陰で元気になりました。

 私は王都に行かなばなりません、どうかお爺様からも」

「うむ、判っておる。

 任せなさい、元々が隣の領で付き合いが無い訳では無いからの、儂からも十分に礼をしておこうぞ」


 すいません侯爵様、貴方の目を最後まで騙せるかどうかが最終の試験だったのです。

 それと領へのとりなしはカール殿下の入れ知恵ですのでご容赦ください。


「それではまた王都でお待ちしております」

「うむ、元気での。

 では殿下また王都で、お体にはお気をつけて」

「はい、お爺様。

 では侯爵これにて失礼する」

「父上、それではまた」

「うむ、何時でも何かあれば言ってくれ、何時でも力になろう」

「お願い致します」


 では行こう王都へ、カールとして。

 何故こういう事になってしまったか判らないけども新しい弟と二人目の母上の為に頑張ろうと思う。




 王都までの旅は順調――とはいかなかった。




 襲撃が一度、予定した道が通れなかったのが二度、魔物の群れとの遭遇が三度、宿の食事に毒が仕込まれていたのが一度、暗殺者が送り込まれて来たのが一度と諦めずに此方を狙ってきたようだ。


 皮肉なもので公爵派の領地の方が安心して通過できた。

 襲撃やその他の出来事の殆どが国王派貴族の領内で起こった出来事だった。

 まあ、普通ならばその領地で王子に万が一の事が起こればそこの貴族は一族郎党含めて罪に問われるだろうから当然だとも言える。


 移動中は王妃様と王子殿下の馬車に乗っている護衛という筋書きで戦闘用の服に着替え顔をゴーグルとマスクで隠していたので襲ってきた者達の対応に加わって撃退していく。

 馬車まで辿りつける者が居ないのだから問題はない。


 まあちょっと焦ったのは毒の混入だったかな。

 俺がすぐ気が付いたから良かったものの毒味役が脅されて意識障害を起こす料理を提供した。

 魔女の狂宴と呼ばれる麻薬の一種を料理に振り掛けて提供してきたのだが、本当に俺が身代わりになっていなかったら大変だっただろう。


 まあ本来ならば毒を盛られてしまうと大事になるのだろうが、俺は父さんに連れられて野営訓練を行う一環として様々な草花、鉱物などの薬学知識を持たされているし、母さんからも魔法による対応方法、デトックスで種類別の毒物対応を学んでいる。


 さらに俺が無事なのは幼少の頃にやった黒歴史が関わっている。

 く、詳しく述べておこうか。

 野営訓練では色々な野草なども食べるのだけど、一番重要なのは毒の有無の知識だ。

 まあ、小さい時だからやらかしてしまうのは仕方がないと思うのだが、茸類というのは判別が難しく、本来なら子供が採取する物じゃない。

 父さんが目を離した隙に俺が口に入れていたのは笑転茸という毒茸だった。

 名前こそ笑い転げるだけの様な茸だが、実際に食べたら笑いが止まらなくなって死ぬまで笑い転げ続けて昇天してしまうという事に引っ掛けた強い毒性を持つ茸だった。

 父さんは、普通に口に頬張っている俺を見つけて卒倒しかけたそうだ。

 まあ、うん、いい匂いがしたか何かだったんだと思う、よく覚えていないけれど。


 伯爵家に向かって俺を抱えて全速力で山を駆け降りる父さんと、不思議そうに抱えられる俺。

 お城に帰還した時にはその様子をみた母さんが何があったのかと聞いた途端に俺を奪い取ってデトックスを連発してから血液検査や胃洗浄を行おうとしたりという大騒ぎに発展した。

 いや、まあ全くもって普通にキョトンとしてたそうだけど。


 幸いにも奇声を上げて笑い転げたりはしていなかった訳だが、五歳の子供ならやる間違いと言う事で記憶の彼方に封印したい出来事の一つだ。

 茸料理が出てくる限り伯爵家で話題に上らない事が無い定番のネタだけに無理だろうけど。

 まあ、それで色々と薬物や鉱毒について調べて詳しくなる切っ掛けになった出来事な訳だけど。

 父さんや母さん一緒に様々な方法で調べた結果、俺は毒の効き難い体なのだそうだ。


 俺の体は特殊で、謂わば常時デトックスの魔法が発動しているのと同じ状態らしい。

 故に普通のお酒を飲んでも全く酔わないし、睡眠薬を初めとして薬も無効化する体質でもある。

 風邪やその他の病気にも掛からないのだから、この毒茸事件がなければ一生判らなかっただろうとは母さんの言だ。



 あ、そうそう、暗殺者もいたね。

 流石に盗賊、野盗の類は騎士団と一緒に討伐していたけれど、暗殺者に狙われたのはこれが初めてだった。

 そう言う事で少しは緊張していたのだけれど、あの暗殺者相手ならカール殿下の護衛でも問題は無かったんじゃないかと思う程に間抜けだった。

 俺の場合下手な騎士が護衛に就くよりも一人の方が安全なので、扉前のみの警護で済ませて貰っていた、いや実際に仕事は奪えないからさ、だからまあ部屋で一人眠っている俺は暗殺者からすれば隙があるように見えたのだろう。

 せめて工夫して部屋に入り込むならまだしも、窓から忍び込もうとしたために仕掛けた糸で罠が作動して術式が展開し、恐らくは麻痺からの墜落、そして首の骨が折れて死亡という最後。

 実にあっけない。

 一応は寝る時が一番無防備に近いのだから罠や接近に気が付くように色々と仕掛けるのは基本だろうに。

 少なくとも俺を倒すのなら父さんレベルの人間を連れてきてくれないと話にすらならないとこの頃は思っている。


 いやあ父さんって本当に強かったんだなと、しみじみ感じている所なんだ。

 ソニアさん、まあ本名ソニア・フォン・レフェルで判る通り貴族出身の騎士でこの護衛部隊で唯一俺の事を知っている人でもある、そうした理由で俺が早朝に訓練のように剣を素振りしているので相手をしてくれた訳ですよ。

 因みに、花の盛りの二〇歳独身だという情報を教えてくれたのはカール殿下だ。

 変な情報網までお持ちのようだ、絶対悪戯用だろう、恐ろしい。

 レフェル侯爵家の次女で王妃様の護衛隊長に選ばれるだけの腕前だそうなのだけれど。


「も、もう一度お願いします」

「はい、もう一度やってもいいのですがその前にちょっと確認しましょうか。

 ソニアさんの攻撃も悪くないですが今のそれでは相手に読まれますし、力というか剣の勢いに頼り過ぎですね、もっとソニアさんの剣を磨く事をお勧めします」


 今の所剣を打ち合わせる事もなくソニアさんの全敗である。

 うーん護衛隊長が腕だけじゃなく身分的なものも必要なのは判るけども、それなりの腕は必要な訳で。

 一応カール殿下の情報、まあ深くは考えないけど、殿下の情報では普通に騎士団でも優秀で近衛入りも見込まれているそうなのだけど、伯爵家で言えば騎士団の部隊長と同等レベルなんだよね、前にも思ったけど。


「私の剣ですか」

「ええ、力強い剣を振るうのは悪い事ではないですが、今の剣は全てが何かの流派のもので、力で押そうとしていますが女性には身体能力を強化したとしても男性に比べると不利ですから」

「確かに、私が師事したのは王国の騎士団の師範を務めている方からで一撃に特化したものです」

「まあ、銀狼、父フランクの言葉ですが、剣術というのはどこの流派が最強というのは無いそうですよ」

「それは、つまり銀狼の教える剣術でさえも最強ではないと言う事ですか」

「ええ、結局は剣にしろ槍にしろその人にあった扱い方があって其れを学び取らないと意味はないと言う事でしょうね、素振り一つにしても何を考えて剣を振るかで変わってきますよ」

「そう言えば殿下の素振りは違いますね」

「回数をこなす事を全て否定する訳ではないですが、初めはもっとゆっくりでしたね」

「ゆっくりですか」

「そう、自分の理想とする剣筋にをなぞる様に意識を集中させて何度も繰り返して徐々に速度を上げていきます。剣を体の一部として自由自在に理想の剣筋を行き来させる事が出来るようになってくれば其処からは緩急をつけた動きや歩法と組み合わせていきます」

「そのような意味を持たれて素振りをなさっておいででしたか」

「銀狼フランクは両手に剣を持っていれば攻撃力が二倍になって倍の敵と対峙できるだろうと真顔で言い切る人ですから普通の人に合うかどうかはまた別ですけれども、教えに取り込める部分があるとは思います」

「両手に持てば……フフ、それは確かに普通の騎士などには辿りつけない考えですね」

「ええ、私も習いましたし、確かに両利きで便利ではありますが、手加減するのには向きませんよ。

 お陰でこんな剣を振るっている位ですから」

「確かに変わった剣ですね。

 練習用なのでしょうか、刃が無いようですが」

「持ってみますか」

「はい、うわッ。

 な、何ですかこの異様に重い剣は」

「今回特別に作らせたのですよ、普段使っている剣は切れすぎるので訓練用の重質鋼の剣です」

「こんな得物で素振りを」

「まだ少し体の方が振り回されかけていますけど、剣の重さがあればその分打ち合わせた時にも有利ですからね、自由自在にこの剣が振れるようにと練習中です」


 とまあ、そんな会話をしたわけですが、最後には呆れられた気がします。

 重質鋼を鍛造して作った剣は父さんと意気投合して一緒に新調したのだけどなあ。

 ああ、そう言えば父さんは近衛兵になれるレベルだったから比べるのは拙いのかね。

 一度近衛兵、所謂エリート騎士と戦ってみたいなあ。

 うーむカール殿下として近衛兵と手合わせする事は可……いや姿を隠しても不可能だろうなあ。

 ちょっと残念だ。

 あ、でも見学するぐらいは可能かな。




 そんな馬車移動の日々を終えて。




 やっと着いた王都。

 初めてみた王都の外壁は壮大だった。

 先触れをだしていて、当然の如く検問を素通りして、待っている検査の住民たちに申し訳ないなあと思いながらも、窓を開ければ大歓声で迎えて貰えた。

 まあ一つのアピールと言うものだそうだ。

 妃殿下と一緒に健康な所を国民に見せることで安心させる効果があるのだとか。

 俺は窓を開けた瞬間から顔が引きつりそうなんですけどね。


 まあ更に王都の外門を潜ってから馬車を乗り換えて、屋根なしタイプの馬車で手を振れと。

 変な汗が出てきましたよ。

 カール殿下、いや弟よ、よくこんな大勢の観衆にむけて平然としてましたね。


「カール殿下ばんざーい」

「王妃様ばんざーい」

「お帰りなさいませー王子様」

「快癒おめでとうございます、殿下」

「王国万歳」


 いや妃殿下も横でにこにこと笑顔で手を振ってらっしゃいますが、キラキラ衣装に着替えて手を振るだけの簡単なお仕事のように見えてこれって度胸のいる事だよ。

 まあ結界も在る訳だが、視界が此処まで広い状況だと落ち着かん。

 少々本物のカール殿下ではないという罪悪感もあるし。


「カール、もっと自然に笑うのですよ」

「はい母上、自然自然自然」

「ウフフ、意外でしたね、カールにも苦手な物があったなんて」

「これは流石に一度で慣れるものではないかと」

「こういう時は大勢の人を見るのではなく人々を個人で捉えて御覧なさい、まあカールなら戦場と同じで直に落ち着いて対処出来るようになるでしょうけれど。

 人の表情を見れば歓迎してくれているのが判るでしょう、これが憎しみに満ちた目で無い事が私たちの誇る事なのですよ、それに対して応える為に手を振ると考えれば、対象は一人ずつなのだから、大して緊張する事も無くなるのではなくて」

「成程、戦場と同じと考えれば笑顔を向けられる方が気楽ですね、フフフ」

「そう、そういう風に笑顔で答えてあげてください」


 こうして突然ではなく王妃様の悪戯で仕込まれていたパレード状態での王都入りを済ませた俺は馬車に乗せられたまま王城へと運び込まれていった。

 カール殿下といい王妃様といい、これは国王陛下も注意しなければ大変な事になりそうだ。

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