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ファンタジー短編

神様の白いリンゴ

 だいぶ前に書いた小説に加筆を加えたものです。

 エセ大阪弁がありますが、異世界ということでご容赦ください。

 ある日青年は旅の途中、人のいない荒れた大地で白いリンゴがなる木を見つけた。大地はひび割れていて、周囲には草木の一本も生えていないのに、その木は生えていた。


 色といい場所といい、あまりに不思議で異様な光景であったが、食料をまったく持っていなかったため、青年はそれに手を伸ばしてもぎって食べてしまった。


「こ、これは……おいしい!」


 光り輝いていてとてもおいしそうなリンゴ。食べてみればやはり甘くみずみずしかった。


 その味にいたく感動した青年はこのリンゴを誰でも食べられるように、そのリンゴを様々なところで育てようと考えた。


 青年はリンゴをかばんに詰め込んで再び旅に出たのだが……。

 旅食のことも考えなくてはならない。今いるテンぺスタ荒野を急いで通り過ぎようとしていた。


《助けて……誰か助けて……》

「誰? どこにいるのですか?」


 どこからか小さな少女のような声が聞こえるが、その声がどこから聞こえてくるのかが分からない。それにこの声は直接頭の中に響いているようだ。


《誰か……助けて。何か、食べ物を……》


 青年が周囲を見回すと、息も絶え絶えな緑色の小鳥が倒れていた。他の生き物は全く見当たらない。


「もしかして……この鳥の声?」


 青年は首をかしげながらも、お腹をすかせている小鳥をかわいそうに思った。

 かばんから取り出した白いリンゴ。それをかじって細かくしたものを小鳥のくちばしの中に入れてやった。……ちなみに残りのリンゴは青年が食べた。


 するとなんとも不思議なことに、息も絶え絶えだった小鳥は一瞬で元気を取り戻した。小鳥は美しい声で鳴いた。


《あれっ、あなたが助けてくれたのですか? あなたは動物の声を聞くことができるのでしょうか?》

「どうもそうらしいね。今までは聞けなかったのだけど……どうしてだろう?」

《さぁ、それはヴェルデにも分かりません。……それにしても、助けてくれてありがとうございました。このご恩は忘れません。困ったことが起きたら仲間たちと一緒にお助けしますよ》


 ヴェルデは嬉しそうにその場でとてとてと歩いた。青年はそれを見て相好を崩すのだった。


「感謝しなくていいよ。声が聞こえなければ助けられなかったに違いないから。ところでキミの名前はヴェルデでいいのかな? 僕はエルバ」

《そうです、ヴェルデです。……本当にヴェルデは運が良かったのかもしれませんね。どちらにしてもありがとうございました》


 そう言って、蒼い小鳥は力強くどこかに飛んでいった。


「もしかして……このリンゴが原因?」


 かばんから再びリンゴを取り出し、どうにも不思議なそのリンゴを、エルバは宙に投げてキャッチした。



◆◇◆◇◆



《誰か……わたくしを……水の中に入れて下さい。このままでは……》


 エルバは荒野を通り過ぎて、ベッラ山のふもとにたどり着いた。この山はそれほど高い山でもないし、空気がよく緑もあるため観光地として有名だ。


 そしてたどり着いて早々に助けを求める若い女性の声が聞こえた。水の中に入れて欲しいということは、水辺の生き物だろう。

 エルバは放っておけずに再び何か生き物がいないか探すが、人通りも多くなかなか見つからない。


「そこの兄ちゃん、ベッラ山名物ナッセロ(魚の一種)焼きを食っていきな! 天然ものでうまいぞ」


 ……まさか、焼かれたナッセロの声……? だがおじさんの商売を邪魔するわけにもいかない、と考えたのであろう。


「う~ん、じゃあ一匹もらおうかな。おじさん、いくら?」

「二十七ソルディ(一ソルディ=十円)だよ。まいど!」


 しかし表向きは何食わぬ顔で焼き魚を買った。内心ではそうだったらごめんね、とは思っているようだ。


「いただきます」


 鮮魚をすぐ焼いたものだし、塩もちょうど良いようだ。荒野では携帯食料とリンゴしか食べられなかったから、暖かくておいしいものは久しぶりだったのだ。


 エルバは魚を頬張りながら再び声を探し始めるが見つからない。

 やっぱりナッセロの声だったのかな、と思っていると再び声が聞こえた。


《早く……水の中へ……誰か》


 エルバの目の前には蒼い魚が力なく横たわっていた。エルバが両手でかかえて、近くの緩やかな流れの川の中に入れた途端、すぐに息を吹き返した。


《生き物の声を聞く優しい人の子よ、感謝します。あなたに助けが必要な時は、すぐに駆けつけましょう》


 美しい鱗をきらめかせ、蒼い魚はそれはそれは優雅に泳ぎ始めた。エルバもそれを見て口元を


「礼には及びませんよ。僕はエルバです。旅をしているのですが……この白いリンゴのことを何かご存じないでしょうか?」


 白い林檎をかばんから取り出し、蒼い魚に見せた。


《今までに見たことはありませんね。ですが強力な力を感じます。悪い力ではなさそうですが気になりますね。そのリンゴを一ついただいても?》

「どうぞ。まだまだありますからひとつくらいは平気ですよ」


 エルバは白いリンゴの一つをゆっくり川の中に入れると、魚はそれを口で器用に運び始めた。


《申し遅れましたが、わたくしはアズーリと申します。このリンゴのことがおわかり次第、わたくしの配下からエルバ様にお伝えしましょう》

「ありがとうございます」


 アズーリはすごい速さで川を逆流していった。



◆◇◆◇◆



《誰か、わいを助けてくれ! ……ぐ、ぐわっ!》


 山のふもとから森の方にやってきたが、ここでもまた若い男の声が聞こえてきた。しかもちょうど今何かに襲われているようだ。

 エルバは走りながら周囲を見回すが、木々や草花が視界を邪魔してしまって先ほどよりも探しづらくなっている。


 《ぎゃあぁぁ。ひっかくんやない!》


 茂みをかきわけたところで下をのぞくと、猫に追いかけまわされている緋色のリスがいた。片足をけがしているらしく、普通のリスよりも動きが鈍い。

 ひどいけがでかなり痛そうだ。できるなら自分が代わってやりたいとエルバは思った。


 エルバはすぐに猫を追い払ったが、獣医ではないのでリスの治療はできない。治るまで自分が世話をすることしかできないし、旅をしている身ではそう長いこと同じ場所にいられない。


《うぉぉ! あんた人間やろ。わい、動物の声が聞けるなんて奴を初めて見たんやさかい。びっくりするわぁ》

「元々の能力じゃないけどね。ちなみに僕はエルバ、けがは大丈夫?」

《あんたエルバっていうんか。わいはロッサって言うんや。けがのことは心配せんでもええし、あんたが気に病むことでもないんよ。助けてくれてありがとうな。あんたが困った時はわいが力になるからな!》


 けがは平気だと言うが心配なので、綺麗な川の水で傷口を良く洗った後にガーゼをテープで張った。


「応急処置は終わり。……ところで困ってはいないのだけど、ひとつ質問してもいいかな」

《構わへんよ》

「もしかしたらこの白リンゴを食べたせいで動物の声が聞こえるようになったかもしれないのだけど、ロッサは何か知らないかな?」


 ロッサはそれを聞いて少し考えるそぶりをしていたが、ふと思いだしたようだ。


《このあたりの神話で白いリンゴの話があったような。心優しい人間がそれを食べて、不死の病が治ったっていうやつや。他にもいくつかあったような気がするんやけど、よう思い出せんわぁ》


 エルバは手に持った白いリンゴをまじまじと見た。


「神話に出てくるの? それにその話の通りなら、ロッサのけがも治るのじゃないかな」

《そうやな、試しに食べてみるさかい。ほんならそのリンゴ、一つもらってもかまわんか?》

「どうぞどうぞ」


 リスにとってはけっこう大きなそのリンゴを手渡すと、ロッサは豪快にかじりついた。するとゆっくりとだが、足のけがが治っているではないか。


《えらいもんやな。コレ、ほんまに神話のリンゴかもしれへん!》

「う~ん、そうかもしれないね。でも僕は大きなけがもしてなかったし、病気でもなかっのんだけどなぁ。僕は心優しいってほどでもないし。それにどうしてそんなリンゴの木がなっていたんだろう?」


 エルバは思わず考え込んでしまった。


《……何か意味があるんやないか。その時になればおのずと分かるんちゃうか》

「そうだね。今考えても仕方がないか」

《とりあえず、この白いリンゴについてはわいの方でも調べとくわ。ほならまたな》


 ロッサは残りの白いリンゴを転がしながらすばやく走り去っていった。



◆◇◆◇◆



 エルバはようやく、白いリンゴを植えてもよさそうな開けた草原にやってきた。


「ここに植えてみようかな」


 青年はまたひとつリンゴを食べて、種を植えてみた。するとおかしな速さで、リンゴの木は見違えるほどに大きくなり、白いリンゴの実をつけた。


「本当に不思議なリンゴだなぁ」


 するとたくさん成った白いリンゴの実がエルバの頭の上に落ちてくる。


「痛っ」


 そう言いつつも、エルバは笑みを浮かべていた。


「このリンゴを色々な人に食べてもらいたいなぁ」


 エルバは落ちてきたリンゴをいくつも拾いあげて、再びその地を後にした。するとまぁ不思議なことに白いリンゴの木はたちまち枯れてしまった。

 そしてエルバは気づかなかったが、彼をそっと見守る三つの人のような影があった。


《ヴェルデは命の恩人であるエルバさんを、風の聖霊の力で助けるです!》


 短い緑の髪が目立つ、笑顔が可愛らしく活発そうな小さな女の子。彼女はギュッと手を握り締めた。


《エルバ様には水の精霊の加護を与えなくてはなりませんね》


 軽やかな羽衣を纏っている女もいた。艶やかな金髪は風に揺れ、切れ長な碧眼を持った美女は、口元に手をあててくすりと笑った。


《エルバはんはいい人やさかい、何か危険なことがあったら火の精霊の力で助けんとな》


 炎のような短髪を風になびかせながら、いたずらっぽそうに笑う少年。彼はその手に炎を纏わせていた。

 三つの人影はエルバに向かって微笑みながら、宙にかき消えてしまった。



◆◇◆◇◆



 ――聖人エルバ。彼の者は多くの人々の命を白きリンゴで救い、あまたの動物をその白きリンゴの力で救ったとされる。


 そして聖人エルバのそばには、つねに聖霊たちが飛び交う姿が見られたと聞く。

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[良い点] とても丁寧に描かれていて良かったです。心が温まりました。 [一言] 良いお話を読ませていただきました。 小さな善行が、優しさで満ちあふれた眼差しで描写されてましたね。 そして、大阪弁をギ…
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