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一章 共同|戦闘《さぎょう》- 007

 なんにしても、今の楓にとって、近接戦闘はありがたかった。ただその場合、こちらもダメージを受ける可能性が格段に増えるので、戦い方には注意が必要だった。ゲームとは違って体力ゲージが存在しないのだ、いつのまにか終了という可能性が高い。さらに言えば、敵に関するデータも皆無なら、自分が操るクシナダのデータも皆無であった。どちらの情報も闘いながら拾っていくしかない。

 ここまでのところ、色々と絶望的な条件が揃ってはいた。だが、負けるという可能性に関して、今の楓の思考に介在する余地がなかった。究極のハイテンション状態が続いているということもある。あるが、何より負けるということは楓にとってあまりにも当たり前の状況なので、わざわざ考慮する必要がなかったのだ。だから、ただ勝つための方法だけを考えればいいことになる。たとえ、勝てる可能性が皆無だとしても、楓にとってはなんの違いもない。生まれてこのかた、ひたすら負け続けてた人間にとっては、わざわざ負けた時のことを考えたところでなんの意味もないのだから。

 未知の敵は、ミサイルなどより遥かに高機動性を発揮して、クシナダを追尾してくる。ここまでは、狙い通りだと言っていい。問題なのはこの後。この先どうするかは、まだ何も考えていなかった。そのことをまるで見透かしているかのように、声が届いてくる。ドップラー効果によって、甲高くなって聞こえるが、クシナダの声であった。


「どうするつもりだ?」


 そのものズバリの質問であった。もちろん、楓の答えは一つしかない。


「戦って勝つ」


 明確な答えであったが、クシナダの質問の意図とはまったく異なった答えであった。もっとも常識的に考えて、この状況でありえる答えじゃない。知りたいのは、どうやって勝のかという方法論であって、気合の強さではない。もちろん、楓には他に答えなんてなかったが。


「お前は、少しは真面目に……」


 今度はドップラー効果が逆に働いて、ドスの効いた低音でクシナダが言いかける。だが、皆まで言い切ることはできなかった。

 背後に迫って来ていた敵が、ミサイルではない何かを放ったために、クシナダは回避行動を取ったのだ。実際に回避操作をやったのは、楓であった。

 どうやら、ミサイル以外にも飛び道具があったらしい。楓の判断の一つはすでに間違っていた。いたが、特に気にしていなかった。

 クシナダは回避すると同時に、全スラスターを制動のために使用する。空中移動のために使用していたスラスターも制動のために使ったために、地上にハードランディングする。普通ならここで派手に転がってしまうところであるが、全開にしていたスラスターがそれを防ぎ、両手両足が地上の瓦礫を派手に撒き散らす。それが、通常を遥かに超える制動力が発揮された。

 敵も制動をかけるが、高々度を飛行する以上同じ事はできない。結果、停止しきれずクシナダの頭上を通り過ぎることになる。

 交差する時間は一瞬だった。ただ、この一瞬を楓は正確に捉えてていた。もちろん、考えてやったことではない。反射的に攻撃コマンドを繰り出していたのだ。

 ほぼ停止していた体に全身のバネをきかせて上へと跳ね、同時にスラスターも全開にして上昇する。スラスター全開で制動をかけていた敵は回避行動をとることができない。クシナダは交錯する一瞬に、真下からの右足膝を入れ、その反動を利用して、さらに足首のスラスターのベクトルを合わせる。強力な打ち下ろし攻撃になり、敵はそのまま地面に落下していった。

 敵は、慣性の法則に従い、派手に瓦礫を吹き飛ばしながら百メートルほど転がっていく。人間ならば誰だか判別不能な細切れの肉片になるようなダメージだ。戦闘機なら、スクラップというより、金属片といったところだろう。常識的な判断ならば、これで勝負はついたとみるべきだろう。

 ところが、敵を地面に叩きつけた直後に、クシナダは追撃戦に転じていた。もちろんクシナダの意志ではない。クシナダのCPUは一旦距離を置き、酷使されたスラスターの冷却をすべきだと警告を発している。後10秒間で使用限界を迎えて、スラスターは強制停止される。元々、今飛翔に使用しているのは、姿勢制御用のスラスターを改修して推力を増しただけのものだ。飛行はできても、高起動を長時間に渡って続けられるようなものではない。空戦を中心に戦いを組み立てるならば、バックパックを装備してメインスラスターを使用しなければいけないのだが、今はない。元々本格的な戦闘は想定していなかったのだから当然である。それに加えてこの場にいること自体、独自の判断によってなされたものだ。空戦装備の使用許可が降りるわけがない。さらに付け加えるならば、これまでのムーン・アームとの戦闘において、得られた勝利は一度もなかった。クシナダのCPU予測だと、勝てると判断するのだが現実は常に真逆だった。当然、ここまでムーンアームを追い込んだことは初めての状況である。ここで慎重に確実に勝利をものにしたいと判断するのは、いたって当然のことであった。

 ところが、そんなことなど楓に関係はない。

 残りの使用時間などおかまいなしに、スラスターを全開にする。瓦礫を粉砕しながら地表をころがっていく敵に追いつき、さらにその前に出る。もうあと2秒で、スラスターの稼働限界くるというところで、ようやく制動をかける。結局2秒では完全に減速しきれないまま、地上に投げ出されることになった。ただし、両手と両足を使って十分衝撃を吸収しきれるくらいの高度と速度にはなっていたので、落下によるダメージはほとんどない。

 クシナダが地面との相対速度を完全にゼロにして立ち上がったその時、最後の派手なバウンドを終えた敵が目の前に転がってきて止まった。あれほど強烈な衝撃を受け続けてきたはずなのに、敵はまだ人の形を保っていた。特に頭部と左側のボディは無傷に近い。ただ手足は見る影もないくらい、歪な形にひしゃげている。どうやら、あれほど強烈に地面に叩きつけられても、転がっていた中で両手両足を犠牲にすることでボディと頭部を守ったらしい。

 結論として、敵はまだ生きている。


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