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一章 共同|戦闘《さぎょう》- 003

 きったない髭面に、欲望まる出しにした気持ちの悪いニヤニヤ笑いを浮かべて、近づいてくる。

 こいつはやばいなと思いながらも、三方を囲まれてしまった楓には打つ手がなかった。

 その時だった、筐体の向こう側で突然山が動いた。脳みそ足りてない三人組の中で一番でかい革ジャン世紀末男より、さらに一回りはでかい男が近づいてくる。とてつもない迫力を感じさせる。

 足りない三人組は何ごとかとひきつった表情で成り行きを見ている。

 どうやら、このでかい男が楓の対戦相手だったようだ。まるで、今まで対戦していたプロレスキャラがそのまま実体化したかのように見える。

 もしかすると、助けてもらえるかも知れない。そんな期待感を、楓はそこはかとなく持ってしまう。


「今日は邪魔が入って残念だったよ。だが、じゅうぶん楽しめた。お礼にこれをやろう」


 鼻ピアス男の頭越しに、大男が差し出してきたものを、楓は思わず受け取ってしまう。

 なんとそれは、ゲームのコントローラーだった。手によく馴染む感じの、とても使いやすそうな、家庭用ゲーム機のコントローラーである。ゲーセンでこんなもの渡されたところで、一体どうしろというのかというのかとい疑問がひとつ。そんなことより切実なのは、この状況でコントローラーを渡されたところで、危機的状況は変わらないということだ。


「じゃ」


 そいつは、大男のくせに、無駄に爽やかな笑顔を残して去っていった。

 足りてない三人組は、しばしその後ろ姿をあっけにとられたように見ていたので、楓はなるべくこそこそと、その場を逃げ出すことにする。

 二、三歩進んだところで、背後から声をかけられた。


「おい、待てよ。何、逃げ……」


 もちろん、楓が最後まで聞いているはずがなかった。声を掛けられた瞬間、一目散にダッシュを始める。ここからが勝負だった。

 とにかく、出口に向かって走りだす。右手に意味不明のコントローラーを握りしめているが、そんなに邪魔にはならない。いざとなったら、投げつけることもできる。それよりも、カバンを学校に置いてきたのが良かったようだ。ただでさえ、走るのは早いほうではないという表現が過大評価になるくらい、最高速度が伸び悩んでいるのに、荷物があると絶望的な状況になる。

 最初の関門となる自動ドアを、タイミング良く抜けることが出来たので、すんなりと通りに飛び出すことができた。すぐに、左に曲がりそのまま走りだす。十メートルほど先の交差点をさらに左に曲がる時に、足りない三人組が追いかけてくるのが見えた。ここで加速したいところであるが、楓にそんな体力もなければスペックもなかった。ただひたすら全力で走り続けるのみである。

 幸いというか、またすぐに交差点があり、楓はそこをすぐに右折する。足りない三人組の視界から少しの間消えることができた。

 問題は、ここから次の交差点までは結構距離があるということ。それまで、どれだけ間を詰められてしまうかが勝負になる。かなりバテてきて、足がもつれかけてきた交差点までの中頃の場所で、楓はちらっと後ろを振り返って見た。一瞬交差点の真ん中で楓の姿を見失って足を止めていた、足りない三人組と目がバッチリと合ってしまった。こいつはヤバイと反射的に悟り、もつれかけた足を懸命に再起動させる。もちろんそれは、気持ちの問題だったが。

 交差点を左に曲がると、いきなり景色が変化する。そこはかつて、街だった場所だ。今はただ瓦礫の荒野と化している。五年前のあの日から、誰もこの区画を復興しようなどとは考える者は現れない。結果、まったく手付かずの状態のまま放置されている。

 楓がこんな場所に逃げ込んできたのは、ここがとんでもなくヤバイ場所だからだ。そのことを知らない人間なんていない。少なくともこの街に住んでいる住人ならば、例外なく知っている。そして、そのことを知っているからこそ、楓はここに逃げてきた。追手が諦めるかも知れないと思ってのことだ。まともに考えれば、たまたまゲーセンで顔を合わせただけの男を、そこまで必死に追いかけてくる理由なんて考えられない。楓がよっぽど金持ちにでも見えれば別だが、どこからどう見ても貧弱で、貧乏そのもののヲタクにしか見えないだろうという自信が楓にはあった。そしてそれはまったく間違った認識ではなかった。ただ一つ、完璧に抜け落ちている認識があり、追いかけられている理由はそこにあったわけだが。

 ただその問題だけは、絶対に楓は認めることはありえない。なにしろ、自分自身のアイデンティティそのものを否定することになるのだから。とんでもなく可愛い美少女と勘違いされて追いかけられているなどという事実を認められるわけがなかった。

 とはいえ、ここまで追いかけてきているというのは、ただの犯罪者というわけでもないのかも知れない。

 なんにしても、楓にとってはあきらかに誤算であった。なにしろ、さらに逃げ続けなくてはならなくなったからである。

 短距離走では圧倒的に楓が不利である。これが長距離走ともなれば、なおさら不利になる。なんと言っても、楓の運動能力はありえないほど完璧に使えないレベルにあった。そうであるから、まともな喧嘩はやったことがなかった。ただし、一方的にボコられることが、喧嘩と表現可能ならば話は違ってくるが。ためにしに確認したことはあるのだが、誰に聞いても喧嘩であると認めてくれた人はいなかった。そういうことなので、残念ながら喧嘩の経験はないということになっている。

 廃墟の中を必死になって逃げまわっていると、吐きそうになるくらいの疲れの中で、ふといいことを思いついた。

 もしかして、この状況はチャンスなのではないだろうかと。


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