一章 共同|戦闘《さぎょう》- 001
霧島楓は昨日見たノイソラのストーリーを頭の中で反芻していた。
展開上どうしても必要なものなのかも知れなかったが、楓にとって、どうにも胃に持たれるような内容だったのだ。
俗に言う、消化不良気味な内容というやつである。
自分が良く見るネット掲示板の書き込みでも、そのことに対する不満が溢れており、それがさらに楓の気分を悪化させていた。
ここらでひとつ、気分を切り替えたいところだが、楓にとってアウトドアというものは殆ど鬼門に近い。
休みの日には、様々なグッズを探して街を歩きまわっているので、引きこもりではないと自負しているが、だからといって体を動かすことが得意というわけではない。というか、かなり苦手である。さらに付け加えるなら、スポーツなどに興味をもったことが生まれてから一度たりともなかった。ただ一度だけ、スポーツに興味があるふりをしたことはあった。不覚にも、3次元少女を好きになってしまい、まったく興味のないサッカーとかバスケの知識をせっせと仕入れこんだ。スポーツマンが女子にモテるという怪しげな情報に惑わされた、なんとも忌まわしい過去の記憶であった。
エセスポーツマンとなった楓は、結局相手にもされないまま終わってしまったわけだが、お陰様でそれ以来、スポーツとはほとんど無縁に過ごしてくることができた。というわけで、楓にとってスポーツとは気晴らしの対極にあるものと言えた。
それに、出来れば思い出したくないことなのだが、姉に呼び出しを受けているという事実もあった。近くにあるショッピングモールである。まだ約束の時間までは間があり、その時間を有効に使ってやがて来るであろう悲壮な事態に備える必要があった。少しでもテンションを上げておかなくては、とてもではないがやってられない。
楓が気晴らしを求めてやってきたのは、ハイビートのミュージックや無数の電子音、至る所から溢れ出す光。此処に集うほとんどが若者たち。楓が気晴らしのためにやってきたのはショッピングモールに行く途中にあるゲームセンターであった。
もちろん此処に来たのは、人混みの放つ喧騒が好きだからたいうわけではない。というより、むしろ苦手である。それでもこの場所にやってきたのには理由がある。
「誰か、いるかな?」
ゲームセンターの中程に三台の白い筐体が並んでいる場所がある。その反対側には迎え合わせに同じ台数の筐体が並んでいた。二台が最新のストリートバトラー8で、あとの一台がストリートバトラー3となっている。向かい側の筐体は対戦機となっているから、都合四台と二台がそれぞれ同じソフトで動いていることになる。
対戦型格闘アクションゲーム。ここが、楓の目指していた場所だった。
ストリートバトラー8、略してスバ8の前には二人の男が座っている。プレー画面を見るとどちらも対戦していた。なので、向かい側にも対戦相手が座っていることになる。
プレーヤーの周りには三人の男たちが立っていて、プレー内容を見学している。そろそろ大会が近いので、他人のプレーを見て研究してるのだろう。
一方、スバ3の前には誰も座っていなくて、もちろん見学者もいない。ずいぶんと古いゲームなので大会が開かれることもなく、プレーする人間はほとんどいない。なぜ未だに置いていあるのかは謎だが、楓にとってはありがたかった。
スバ8も良質な格ゲーだとは思うが、あまりにも必殺技重視になりすぎているように思える。グラフィックが格段に進化して派手になり、土壇場での一発逆転が随分とやりやすくなったのはいいが、ぎりぎりのところで互いの体力を削りあった末に決着がつくというような戦いはできなくなってしまっていた。
必然的に削り合うよりも、必殺技を使うのに必要なゲージを貯めて、どのタイミングで使うかということのほうが重視される。
同じストリートバトラーの名を冠してはいるが、楓にとって3と8はまったく別のゲームだった。
誰も座ってはいないスバ3の筐体の画面を見ると、向かい側の筐体がプレー中だった。
それを見て楓がつぶやく。
「へぇ」
CPU相手でも、はっきりとわかる余裕のある試合運び。ガードしてからの、弱パンチ弱パンチ強キック必殺技キャンセル中キックとつなげる難易度の高いコンボが難なく繋がっている。
楓は筐体の前に座るとコインを一枚落とし込んだ。
プレイボタンを押すとキャラの選択になり、女性キャラであるリンカを選択すると乱入が開始される。
リンカは舞と言う技を使い、多彩な攻撃方法と圧倒的なスピードを持つ女性キャラだ。一方対戦相手が使っているのは、ボルゾ。圧倒的なパワーと耐久力を武器に、接近戦を得意とするレスラーキャラである。
試合が始まったとたん、最初に仕掛けたのは楓だった。上段中段上段から中段必殺技をキャンセルしての下段大攻撃。上段中段とガードされるが、下段攻撃はヒットする。ここで楓はいったん距離をとった。
これは、ほんの挨拶代わりのコンボで、実際にボルゾの体力ゲージはほとんど減っていない。一方、楓の操るリンカとの間合いは確実に詰められている。接近戦になれば危険なので後ろに下がりたい所ではあるが、画面内という限界があるので、頭上を抜けるか攻撃で押し切るしかない。