ノーBLOOD,ノーRe;ACTION!
※これは、当たり前ですがフィクションです。実際にこんなことあったら……いや、絶対にイヤですね
※途中、けっこうアブナイ表現が書かれています。極度に頭の悪い方、そして、「二次元反対っ!」とか書いてあるハチマキをしてる方は、早急に「×」ボタンを──え、ケータイ、ですか?し、知りませんっ!
※これは、『NOSUKE@home』、つまり私の作品ではありますが、私"だけの"作品ではありません(後述)。……だからって、二次創作なんかじゃないんだからねっ///
※作者は、ネコミミとツンデレを好きになってしまいました。え?だからどうしたって?……特に、理由はありません
──以上を踏まえた上で、是非、お楽しみ下さい。
「つーまぁりっ!アンタはもう、覚醒っちゃったの!」
年の差、パット見二、三歳程度だろう。そこでは一組の男女が言い争っているようだ。
「だから!んな事言われたって意味が解らん!……と言うか、お前の言ってることもやってることも、全部!俺の理解から外れてるんだっ!」
ただ言い争ってるならまぁ、恋人同士──には見えないか。せいぜい友達同士の喧嘩か、後は、兄妹喧嘩、なんて見えるかもしれない。
ただ場所も場所だ。いったい、何処の世界に
「先ずは、何で俺たちは宇宙なんかにいられるんだよっ?!」
地球を見渡せる、絶景のロケーションで、普通に口喧嘩する少年少女がいようか?
……現に存在しているんだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『そこ、どきなさぁぁああ~いっ!!』
「……はっ?」
とある少年はある時、突然と空耳を聞いてしまったため、そこでのっそりと起き上がったのだった。
一般的に、屋上と呼ばれるところ。残念ながら『屋上』以外の呼び方は分からない。
それはつまり、英語で書いたときに"rooftop"とか、ドイツ語だと"flachdach"だとか、そんな問題じゃない。例えば、"異次元への通路"とか、"異世界への門"だとか、そんな類いの呼び方のことだ。……中にはしている人もいるだろうが。
それはともかく、現在は昼前、ここはとある学園の屋上、少年は授業をサボり、この屋上で惰眠を貪り、そして少年は空耳を聞いてしまったのだ。
『そこどけって言ってんでしょぉおがぁあっ!!』
勿論今は授業中だ。彼以外にこの場所へと足を踏み入れる人物はいない。
そもそも、この学園には開放された屋上などない。出入り口だったらしきものはあるが、入り口はコンクリで固められ、内側も物置として放置されているからだ。
だから彼は、校舎の窓から外に出て、パイプや壁の凹みを利用して屋上まで登ってきているのだ。
勿論、今回が初めてではない。最初は自らモップと雑巾、バケツを用意し、このだだっ広な場所を掃除していた。その後、綺麗にしたここを秘密基地のように扱っているのだ。
よって、他人の声が聞こえるハズはないのだ。が……
「いい加減反応しろやごらぁぁあっ!!?」
「上──」
突然の来訪客は、まさかの空から降ってきた少女だった。
彼が上を向いた時、少年と少女の距離、実に三十センチメートル。いや、触れていない箇所を考慮するのなら、マイナス五十センチメートル、と言ったところか。
──ウルグアイ……いや、ギリシャ?
その距離から視界いっぱい、ハッキリと確認できた光景から、少年はそう、その一瞬で似た様な模様の国旗を、幾つか思い浮かべた。
「はぅん……っ!」
次の瞬間には、非常に艶がかった、叫びにすらならなそうな少女の声。
そしてもう一つ、非常に嫌な音だけを残し、叫ぶことすら赦されなかった少年のスガタ。
こんなのが、世界を救ったかもしれないヒーローと、そのヒーローを救ったかもしれないヒロインの出逢いだった。……はず。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
チャイムの音が鳴り響くと同時、"下界"はいっきに騒がしくなる。
時刻は午後十二時半。それはつまり、退屈な時間から一時の解放を赦される時間でもあり、同時に、静寂を大きく乱す魔鐘の音でもある。
特にこの場所に関して言えば絶賛後者の方で
「アンッタねぇ?!解ってんのっ?!あたしは散々、どけ!って忠告してたのよ?!」
「知るかっ!!
だいたい、フツー空から女の子なんて降って来ないだろうがっ!!」
絶賛、後者の──
「それでも忠告されたらフツーはどくでしょおっ?!……何?あたしが処女なの知っててアンタ、あたしの膜でも破ろうっての?上等じゃないっ!?」
「中枢神経犠牲にしてまで貰うかよっ!!サカってんじゃねぇガキがっ?!」
絶賛──
「あたしがガキですってぇ?!アンタより歳上よ、あたし?それを失礼にもアタマで──」
「どー見ても小っ!良くて中だろがっ!てか誰が好き好んでお前の股に顔なんて埋めるかっ!!」
後者、と言える、そんな時代もあったらしい。
先ほど降りて、もとい落ちてきた少女を受け止めた少年は暫くの気絶の後、正に奇跡的な復活を果たしたのだ。しかもそれが背骨や顔面等、一部が痛む程度で済んでいるんだから"奇跡的"と言っているのだが。
それはともかく、目覚めた少年は大激怒。それに便乗して少女も爆発し、今に至るのだ。
「顔を……埋め、る……?」
が、少年が発した"股に顔埋める"と言うワードは予想外にも少女の勢いを弱め、あからさまに態度を変えていく。
それどころか自分のスカートの中へと手を伸ばし、確認するかのように股間を撫で始める始末。
少年はその描写に官能を覚えるでも目を反らすでもなく、むしろ不思議にそれを眺めていただけだった。……恐らく、それが最後のトリガーだったのかもしれないが。
「濡れ、てる……」
そして静寂の後一言、まるで呟くように言ったのは少女本人だった。
勿論、いきなりし出した行為と、それに繋がるようで繋がらない呟きに対して、少年が発した言葉は"は"、一文字だったのは明確だろう。
「まさかアンタ、さっき、口で──?」
恐らくそれは、口で受け止めたのか?そう聞いていたのだろう。
隠す理由も無し、むしろその事で怒っていた少年にしてみれば今更で、気付いてなかったのか?という言葉がその全てを肯定していた。
視線を合わせたまま固まってしまう二人。しかし少女の顔は段々と赤みを増してゆき、遂には茹でダコのようになってしまう。少し後退ったと思えば物凄い勢いで後退り、フェンスにぶつかり止まると、ボンッと音を立てて沸騰してしまったようだ。
「おい、大丈──」
「近寄るな変態っ!!」
そう、ポケットから何かを取りだし、ものすごい勢いで少年へと投げつけたのだった。
勿論、予備動作が大きかったからだろう、大した苦労無くそれを躱す。と言うか、大した苦労をしなくとも、勝手に外れたのだろうが。
しかしだからと、少年が、今までの流れからしてそれで終わる訳がなく──
「勝手に騒いどいて、勝手にビビってんじゃねぇっ!」
大股で少女の元へと近付くと、ガツン、と音が鳴るほど強く、彼女の頭に拳固したのだった。
声にならない叫びを上げ、その場へとうずくまってしまった少女だが、それは、暴走してしまった彼女を落ち着かせるには丁度良かったらしい。
頭を押さえながら立ち上がった彼女は、その瞳に大粒の涙を浮かべてはいたが、先ほどまでの興奮は覚めていたようだった。
「お、女の子に暴力とか、さ、サイテーねっ!
……まぁ、いいわ。こんなんじゃいつになっても話が進まないし」
──先に突っ掛かって来たのは、お前だ。
少年はそう思ったのだが、少女の言ってる事も確かだ。ここで更に蒸し返すのも、大人げないと気付き、頬をひくつかせるだけで済ませたのだった。その点、はやとちる彼女はよっぽど、大人げないだろうか。
最も、確かに先に落ちてきたのは彼女の方ではあるが、先に叫んだのは彼なのだが。
「アンタ、常盤優二よね」
「そうだけど」
「あー、別に驚くことはないわ。アンタのことは──って、なんでそんな素っ気ないのよ?!
フツーここは、「な、なんで俺の名前をっ?!」とか驚くトコでしょう?!」
それこそ、何故名前を知っているのかはともかく、彼は普通に返答しただけだろうに。
そこで不満をぶつけられた事の方が、少年──常盤優二にとってはよほど疑問に思うことだった。
「ま、まぁ、いいわ。これは予想内よ……。
じゃあ、アンタ、大人しくディスクを渡しなさい」
と言い、今度は何かを要求してくる。
「"ディスク"?なんだ、そりゃ」
いきなりそんなことを要求してきても、勿論、優二がそれを知るハズはない。ましてや持っているハズがあるわけ無かった。
取り敢えず、制服の内側に入っていた小型のCDプレイヤーから、お気に入りの、ヘビィメタルの洋楽のCDを取りだしてみるのだった。
「アンタ、喧嘩売ってんの?
あたしが要求してのは、組織から持ち出した、機密事項のコピーディスクのことよ。……分かってんでしょう、常盤優二?」
「……中二病?」
「違うわよっ!!
……って、アンタ、トキワユウジ、よね?双子の、弟の方の」
「確かに俺は常盤優二だ。なんで名前を知ってるのかは分からないけどな。
それと、俺、独りっ子だぞ。人違いなんじゃないのか?」
「え、ウソでしょ?」
その瞬間、確かに時が止まっただろう。
少女は、また突然とスカートのポケットをまさぐりだす。のだが、
「……ケータイ、無い……!」
「は?ケータイ?」
すれば、自分の頭を触り、背中へと手を回し、服の中に手を突っ込み、靴下に指を這わせ、最後には靴を片方づつ脱ぎ中を覗く始末。
そんな所々に、ある訳が無かろうに……
その最中優二は、先程少女が投げ、後ろの壁へとぶつかり、壊れてしまったものを拾い上げ、少女の元へと再び近づいた。
「これか?」
そして、その壊れてしまった"ケータイ"を少女へと渡したのだった。
「ちょっ──なんでアンタが……って言うか、なんで壊れてんのよ、コレ?!」
自分で投げた事も覚えていない程、先の彼女は動揺していたようだ。
「どうしよう……。
視界に入ってればこんなもの要らないけど、あのバカに限ってそんな都合の良い──」
ブツブツと、また訳の解らないことを呟き出したのだった。
自分には関係無いと感じたからか、優二はせっかく出したCDプレイヤーに、先程出してしまったCDを入れ直した。反対のポケットに突っ込んでいた、カナル式の、しかもノイズキャンセル付の割と高性能なイヤホンを、そのイヤホンケースから取りだし、自分の耳へ当てながら元々寝転がっていた場所へと行こうとしていた。
それを、少女が、優二の肩を掴む事で制す。
「まさかホントは、アンタもβのポレミストなの……?いや、でもそんなこと……」
「β?ポレ──何だって?」
また可笑しな事を言うものだ、と思いながらも、どうせコイツは、そんな事をよく言う可笑しな奴なのだろうと、その時は彼はそう思っていた。
「だって、気付いたらあたしのケータイ持ってたし。まるで叩き付けられた様にバキバキになってるし……そうとしか思えないじゃない」
さあな、とだけ言って、イヤホンをはめ、スイッチを入れることにより、外の音を完全に遮断してしまう。だから、次に彼女が、何と言ったのか──誰が、何と言ったのか──、なんてものは、少なくとも彼には関係が無くなってしまっていた。
少しだけ高くなっているそこに、足をぶら下げるようにして寝転がり、激しい曲調にリズムを合わせるように軽く頭を揺らしながら目を瞑る。
『バカ!聞いてるの?!さっさと逃げるわよっ!!
アイツ、思った以上に無茶苦茶だったのよ。
で、出口ってどこなの?!』
「な、何だ?!」
突然、その曲を遮るようにして、目の前にいただろう少女の声が聞こえてくる。
勿論だが、カナル式の、しかもノイズキャンセル付のイヤホンで曲を聞いていれば、近くで人が叫んでいても、こんなにはっきりと聞こえる筈がない。
同時に思いっきり、体全体を斜め後ろに突き飛ばされる感覚に、流石の優二も冷静さを失ってしまった。
見れば、今さっきまで自分が寝転がっていたハズの場所は、まるで巨大な鉄球か何かをぶつけられたかのように、粉々に砕かれているではないか。
イヤホンを外し、CDプレイヤーを放りだし、意外にも遠くに立っていた少女を視界に捉える。
「お、おい?!これ、一体どうしたって──」
「伏せて!!」
優二に掌をむける。
すると、自分の真上を、今度はケータイでも少女でもない、何かが通りすぎるのを彼は理解したようだ。
「やっと目覚めたようだね、兄さん」
「は……」
見上げれば、自分と瓜二つな、ただしその服装は悪趣味全開に、真っ黒く、どこかゴツい装飾に身を包んだ少年が浮いていた。
「誰だ、てめえ」
それを見て、状況判断が追い付いていなかった優二は、まず初めにそう発していた。
間抜け面で言い、しかも未だに唖然といている彼を見下ろしていた少年は、不意に、高笑いをあげる。
それを見ていた他二名。一人は左掌をかざして構え、も一人は、その状況で更に、開いた口を塞げないでいた。
「これは失礼だったね。
はじめまして、優二兄さん。ボクは常盤優一。貴方の、正真正銘の、弟だ。直接会うのは初めてになるのかな、サヤさん。
それと、残念だけど、貴方達とは、ここでお別れになりそうだ」
とても礼儀正しく、一々右手を胸の前へ、左手を腰へ回し頭を下げる、優一と名乗った少年。
自己紹介を終えると、ニヤリ、と気味の悪い笑みを浮かべ、右手を高々と掲げたのだった。
「ふ、ふざけないでっ!!」
しかし、そんな優一の態度に怒りを覚えたのか、少女──サヤは大きな声を上げ、抗議の意を示したのだった。
「なんで、アンタ弟なのに『一』なのよ?!
お陰で、コイツとアンタ間違えて、危うくあたしの"初めて"が台無しになるトコだったのよ?!どーしてくれんのよ?!」
……全く、検討違いの回答だったが。
そのせいか、二人は、またそれぞれ違う意味で言葉を失っていたのだった。
「兄さん、貴方、いったい何をしたんだい?」
「何もしてねぇよっ!てか、してきたのはコイツだ!」
「アンタが避けないのがいけないんでしょう?!」
今の状況で揉める事なのだろうか、それは。
「まぁ、そんな些細な事、どうでもいいんだけどね……
組織の追っ手は排除する。そして、僕と同じ血を引くものも……排除する」
下げかけていた手を、もう一度高々と掲げなおす。
するとそこに、まるで重力でも働いているのか、粉々に散ったコンクリートの破片が集まってゆく。
「優二!アンタ、ちょっとこっちきなさい!」
「いきなり呼び捨てかよっ!」
「いいから!」
サヤの本気の剣幕には何も言えなかったのか、優二はしぶしぶと、小走りでサヤのもとへと近づいた。
彼が隣へと来るなり、彼女は優二の手を握り、その場へとしゃがみこむ。促され、優二も、引っ張られる様な形でしゃがみこんだ。
「お、おい、何でまだ掴んでんだよ?」
「アイツ今、サイコキネシスで重力場発生させてんのよ」
「はぁ?サイコキネシ──」
優二が復唱しようとしたそばから、後ろ、と言うより、彼らの周囲のフェンスが鈍い悲鳴を上げだしていた。
それらは軋み、内側へと曲がってゆき、対にはボルトが外れ、優一の真上へと向かって行った。それを皮切りに、曲がっていたフェンスや周囲のポールは地を離れ、順々に、ひしゃげながらも、ボルトの後を追っていった。
「お、おいおい!アイツ何してんだよ、フェンスが吸い込まれてるぞ?!」
「今あたしの手を離したら、アンタも一緒に吸い込まれて──」
そう言った途端、吸い集められ、無造作に固められていたフェンスや瓦礫は、大きな音を立てて、球状の塊へと押し込められる。
「あのボールの、一部になるわよ?」
一瞬で青ざめ、強く、血が止まるほどにまでサヤの手を握る優二。当然だ。もし、この手を離したら……と考えたら、力もこもるものだろう。
しかし、隣で淡々としゃべっている彼女も、恐怖していたのだ。
よく見れば、額には冷や汗が流れ、普段なら痛くて文句の一つ、蹴りの一発は出るであろう優二の手に、文句も言えず、むしろ、より一層力をこめようとしているのだから。
彼女は今、どうしようもなく悩んでいたのだ。──どう、対処したものか。
あと少しすれば、優一の攻撃準備は終わるだろう。あの球体を見れば、それが、投げつけ、またはそれに近い用途をするのは明白だった。それも、そう長くない。既に屋上の、至る所は、優一の発した引力によって、ひび割れていたのだから。
今彼女は、既に二つの、別のサイコキネシスを全力で維持していた。
一つは、自分と、それから自分の触れている物をアレに吸い込まれないよう、自分を中心として、優一と同じような、軽い引力を働かせているもの。
優一の能力は、異常だった。
彼女も同種の能力を使っているが、あんなに巨大な重力場を発揮させられるほどの引力を作ることはできない。仮に、もう一つの能力に割いているエネルギーを総て、それに回したとしても。
そしてもう一つが、波の屈折である。
今、この屋上自体が、サヤが現れてから、他からは見えないようにされている。これは彼女の得意な能力だった。
一定範囲の空気を震わせ、光や音、匂いと言った、ほぼ全ての外への干渉を絶っているのだ。要するに、中からは外が見えるが、外からは中が見えない、マジックミラーの様なもの、とでも言えば良いのだろうか。それは人間以外の物理干渉も防げるらしく、境界で互いに止まってしまうらしい。
そして、複数の超能力を同時に発動できるのは、β型の、しかもかなり訓練された、一部の者であることの証だった。
だが、彼女が同時に使えるのは二つまで。
つまり、今のままでは、あの攻撃を躱すことなど、到底出来やしない。
避ける為には、この引力を一時的に解くか、マジックミラーを解く必要があるだろう。
もし引力を解けば、彼女は組織で鍛え上げられている、とっさに、あの大きさなら自分に当たらなくすることはできるだろう。だが、優二はどうだ?一般人が、しかも恐怖し、硬直しかけている彼に、そんな判断ができようか?
仮に、彼に運良く当たらなかったとして、二次被害、または次打などを、躱せようか?
もしマジックミラーを解けば、彼の攻撃は下にいる、昼休みで外に出た、又は、この直下の教室にいる生徒に被害を与えてしまう。
それも、仮に被害が出なかったとして、自分達の事を見られてしまう。組織の、……いや、これは、そっちの世界の住人総てに共通することであるが、一般人に知られてはならない。知られれば──
彼女にとって、隣にいる彼も、見知らぬ他人も、全ては守る対象だった。だからこそ、この状況に絶望を感じざるを得なかったのだ。
「それじゃ、さようなら」
そして、予想より早めに、優一の攻撃は放たれることとなった。
その、総重量百キロは裕に超えていそうな塊を、掲げた手に乗せ、掴み、あろう事か優一はそれを投げたのだ。
選択を直前に迫られた彼女は、自らを犠牲に優二と、他の生徒達を守るため、引力を解くことを決意する。
「なんとか、アンタは転がって避けなさい……!
アレは、あたしが、全力で止める、から」
その時の、サヤの言葉と表情に、優二は息を飲んだ。
それが何か、とても大きな決断と、大きな意思で発せられているのは、そう言う事に疎い優二ですら、はっきりと分かったからだ。いや、分かってしまったのだ。
勿論それが、"自分を犠牲にしてでも"、と言う、身勝手な理屈が織り込まれていたことも。
だからか、
「──っざ、けんじゃねぇっ!!」
「ちょっ?!」
サヤが能力を解除する直前、彼女の手を握っていた筈の優二が、またあろうことか、自ら手を離し、その塊を殴ったのだ。
そのあまりに馬鹿げた──恐怖か何かでおかしくなったとも見えるが──行為で、しかし、その球体の側面は凹み、更にはベクトルを真逆へと向けてしまったのだった。
「「な……?!」」
その、常軌を逸した行動、そして結果に、二人が驚かないはずもなく、そして驚いた間に、打ち返された球は優一の場所を通り過ぎていった。
唖然とし、いまだに動くことのできていなかったサヤは、優二が振り向くと、ビクンと跳ね、我を取り戻した。
「何だ、意外と軽かったぞ、アレ」
「そ、そんなこと、あるわけないじゃない!!」
屋上の、ありとあらゆるモノを纏めたそれが、決して「意外と軽かった」と言える筈がなかろうに。
だが、彼には軽く感じてしまったのだ。
「そうだね、今の兄さんなら、そう感じても可笑しくない」
「しまった──!?」
咄嗟の声に、今度は二人とも反応しきれなかった。
二人が、足元へとしゃがんでいた優一を捉えると同時、二人が地面へと吸い寄せられてしまった。……優一は、二人の足元に重力場を発生させていたのだ。
その二人が乗った、ひび割れて二メートル四方ほどになっていたそのブロックを根元から持ち上げると、先程球体を掴んだ時の様に真上へと持ち上げる。
酷い怪力だ。
『ど、どうするつもりよ?』
押さえつけられ、動くことも口を動かすことの出来なかったサヤは、テレパシーを使って優一に問いかけた。
「そうだな……。
"宇宙旅行"、なんてどうかな。二人とも、もうブルーダーだ。なら、すぐには死なないだろう?」
ほんの少し上へと浮かし、先に優二がやったように、その塊を殴りつける。
「はあぁぁああっ!!!」
そして掌をかざし激しい雄たけびを上げると、その塊は放物線を描くことなく、まっすぐに、サヤの張ったバリアの上部だけを突き破り、ロッケットの様に上空へと打ち上がったのだった。
それを見届けた後、優一は荒れ果てた屋上を見渡した。
──昔の誼だ。
そう呟いて、未だ残っているバリアの、上の方に引っかかっていた塊を引き寄せ、バラし、直せる限り元の状態へと戻すと、そのバリアを打ち消し、忽然と姿を消したのだった。
「今の、って……」
二人が打ち上がるのを、少し遠くから見ていた一人の少年は、その打ち上げられていった物体を、目を凝らして──それは、彼の肉体強化によるものではあるが──確認していた。
「何か、あったの……?」
傍らにいた、眼鏡をした、背丈低めの少女は少年にそう問いかける。
「サヤが張り付いてた。あと知らない野郎」
「……助ける?」
なぜだかそこで思考した少年は、次にこう言ったのだった。
「じゃ、サヤだけで」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「要するに、ポレミストは血中の赤血球が、そもそも突然変異したものなの。
だからほんのちょっとでも酸素化合物が有れば呼吸できるし、ここみたいに無くても、血中の酸素を使う事で、──そうね、一日くらいなら、生きられるんじゃないかしら?」
再び、場所は宇宙へと移る。
二人を乗せた──張り付けたと言った方が正しそうだが──コンクリート塊は、オゾン層の熱によって溶け、それによって二人は解放されたのだ。
だが解放されたのは、コンクリートから、であって、その運命から、ではない。何とか自分と、優二の体を、コンクリートの引力と打ち上げられた時のG、そして大気圏で発生する熱から守りきったサヤは、自分たちが飛ばされてゆくのだけは止められなかったようだ。
お陰で二人は今、衛生軌道上を、月と一緒に回っている。運良く月の近くへと飛ばされた二人は、サヤの作り出した引力を月の重力と重ね、そこへと留まったのだ。
天体望遠鏡か何かで月を見れば、もしかしたら、二人が見えたかもしれないだろう。
「それとアンタ、あたしの視界から出たら何も聴こえなくなるし、下手したらどっか飛んでっちゃうから」
「は?!なんで?!」
それも無理も無かろう。
彼女がテレパシーを使えるのは、彼女が視界に捉えている人間だけだ。故に彼女の視界から消えれば、この会話もどきも出来なくなるし、集中を目の前の彼だけに絞ることで、無駄な引力を使わずに住んでいるのだ。
因みに引力は、月と優二に課している。
「……つまり、そうゆうことよ」
と、その原理を優二へと説明する。
しかし実際は、彼女が能力を使い続けるのは、半日ももたないだろう。要するに何も能力を使わなければ、と言う話なのだ。彼女だって、それくらいは分かっていた。
テレパシーに関してはともかく、引力を弱める訳にはいかなかった。
「引力なんて、ここのでも十分だろ?」
そう、確かに、普通の人間が月面でジャンプしたところで、月の重力圏内から出ることは、まず無いだろう。いくら月の重力が弱いからと、大気圏が無いからと言え、所詮は人間の、ほんのちょっとの力なのだから。
「アンタがαか、それとも、違うとは思うけど、δかもしれないから、迂闊に放っておけないのよ」
それが、彼女が優二に引力を課している、最大の理由だった。
「その、αとか、δとかって、なんの区分けなんだよ。それ、聞いてねぇぞ」
「そうね、言い忘れてたわ。
人って、……まぁ人だけじゃないみたいだけど、血液型が別れてるじゃない?α、β、γ、δはそれぞれ、A、B、し──AB、Oの変異後の型なの」
「今、C型作り出そうとしてただろ?」
そこを指摘されると、顔を真っ赤にした後、咳払いをして そっぽを向く。
当然、彼の方を向いていない為、もう何も聞こうとしていない証拠なのだが、格好つけて語ったのが台無しであった。
それでも、会話を成り立たせる為に、律儀にも優二に向き直るのだから、なおなお情けない。
「で!
……人間って普段、自分の能力を出しきれていないの。数値で表すと、筋肉は20から30%、脳に関しては、5%すら使えていないの。
それを、αなら筋肉を最低80%以上、βは脳を70%、αべ──γは、両方を60%──」
「αβ型、作ろうとしてたな」
同じ様なミスをしてしまい、真っ赤になり、言葉に詰まってしまうサヤであった。
「し、しょうがないでしょ?!
大体、文句言うなら"γ"とか作ったヒトに言いなさいよっ!お陰で、ド素人様にも指摘される、初歩な──幼稚園児並の失敗しちゃったじゃないのよ?!」
そこに責任を擦り付けるのはどうだろう、と優二は思ったのだった。
だからと言って、そんな事を言うのはやぶ蛇だと、この数時間で学んでいる筈の優二だ。その割に、指摘しただけでここまで反応されるとは、彼も思っていなかったのだから、まだ学べていない気もするが。
「ま、まぁいいわ。これじゃ、話が進まないわね。えっと、何処まで説明したかしら?」
「αβ型」
「うるさいわねっ!」
その反応を見て、どうやら優二は楽しみを覚えてしまったらしい。口元には笑みが見え隠れしていた。
「それじゃ、最後δかしら?
δは、両方を100%以上使えるわ」
「それって、一番強くないか?!」
「そうね、使い方によるんじゃないかしら?」
使い方も何も、今の説明だとδ型は、α、β、γ、各型の完全上位にしか聞こえないし、それこそ最強に聞こえても何ら可笑しくない。
それをこの少女は、「使い方による」と切り捨てたのだ。
だがそれには理由があったようだ。
「代わりに、δにはデメリットがあるの。二つほどね。
一つは、γと違って、肉体強化と、思考強化の両方を、同時に行うことができないの。自分の筋力を高めてる時は、むしろ思考力が低下するわ。要するにバカよ、アイツは」
(アイツ……?)
多分、仲間の誰かを特定して言っているのだろう。それが優二に分かるわけがなかった。
「もう一つ。δだけ、能力を使う度、体内の血液も減ってくの。勿論、使いすぎれば貧血で倒れたり、下手すれば命に関わる事もある。
これは他の型には当てはまらないから安心してちょうだい。
要するに、アイツは、バカなのよっ」
「バカ」という単語だけ、やけに強調して、しかも嫌そうに語るものだから、その人と彼女が仲の良くない、少なくとも、彼女はその人に良い印象を持っていないのは、優二もよく分かったようだ。
「安心も何も、俺はその、αだかδか、なんだろ?
どうしてそう断言できんだよ」
「まだ話は終わってないわ」
もっともな疑問に、だがサヤは話の続きを話そうとした。
「肉体強化はそのまんま、人間の、本来の筋肉量を引き出そうとする事。
単純に力が強くなるのもそうだし、足が速くなったり、高く跳べるようになったり。後、傷の治りが化け物染みたりもするみたいね。
さっきの話だけど、あたしがアンタを抑えてるのは、これが原因。間違えて全力でも出せば、月の重力圏から外れるんだから。
それとアンタ、さっきの常盤優一の攻撃、殴り飛ばしたわよね?──ま、あんなこと出来るの、αかδ、後、鍛え上げられたγなんだけど……一応聞いてみるけど、血液型は?」
「知らね」
「はぁ?!知らね、ってアンタ、血液型測ったことくらい、あるでしょう?!」
だがそれに対し優二は、押し黙り、また申し訳なさそうな、理不尽そうな顔をするだけだった。
それを見てかサヤは、一度大きなため息をつくだけで、それ以上優二を攻めようとはしなかった。
「まぁ、これもいいわ。
常盤優一は、浮いたまま怪力を使ってたから、きっとγよ、信じられないけど。
だからアンタ、きっとαね」
「いやちょっと待て、俺とアイツ、双子なんだろ?!アイツ、おもいっきし俺と似てたし……俺もγなんじゃないのかっ?!」
そう、双子なら、特に一卵性双生児なら、血液型は同じになる。
変異した血液型──α等も、結局は変異前の、元の血液型があっての、というものだろう。彼らが違う血液型という事はないだろう、だが、
「もう一度聞くけどアンタ、今日初めて、あんな力使ったのよね?」
「あ、あぁそうだけど」
「ならγはありえないわ。
γって、発生がβに近いのよ。要するに、突然変異した直後は、肉体強化のやり方が分からない、または出来ないの。これは今までのデータが、そう語っているわ。
結構似てはいたけど、二卵性なら血液型が多少違ってても可笑しくないでしょうしね。
だから、アンタはγじゃない。……最も、アンタが嘘をついてなければ、なんだけれどね」
「嘘じゃ、ねぇよ」
そう?と、それを本気にしたのかどうか分からない返事だけを言い、二人とも黙ってしまう。優二はやけに機嫌を損ねたらしく、そのせいか、気まずい空気になってしまった。
サヤは、とりあえず優二本人に関することを話終えたのか、彼から目をそらし、そこから見える、丸く、青い地球を見上げた。
宇宙から地球を「見下ろす」、とはよく言ったものだが、衛星である月から見ればまた、地球も見上げる対象なのだ。ただし、視線を少し逸らしただけで、視界いっぱいに広がってはいるのだが。
何を言っても、今は何も聞こえないと聞かされていたし、まして空気の無い宇宙だ。サヤが視線を優二に向けない限り、彼は会話をすることができなかった。
仕方なく、他に見るものも無く、優二も彼女を倣い、大きな地球を見上げたのだった。
「ホント、改めて見るとキレイよね、地球って」
突然に聞こえた声に、慌てて横を振り向くのだが、サヤ自身は彼を向いてはいなかった。
だがよくよく見れば、いや、見ても分からないかもしれないが、サヤの視界には優二は映されていたのだ。ほんの少しだけではあったが。
真横から──真横だかどうだかは、このだだっ広い場所じゃ分かりにくいが──ずれて、会話ができるようにするため、サヤの斜め前へと場所を移した。
「アイツ、この星を潰す気よ」
「はっ……?」
しかし彼女が言った次のセリフは、また随分と突拍子もないことだった。
「あぁ言い方が悪かったわね。この星の、自分の気に入らないモノ全部、支配しようとしてんの。
アイツが盗ったっていうディスクには、それが出来る様なデータが入ってるらしいの。勿論、あたし達末端が、その中身すら知らないのは当然なんだけどね。
だから、「この星を潰す」って言うのは、ぶっちゃけ上からの歌い文句。ホントにそんなチカラがあるのか、はたまた組織のお偉い方の、ハズカシ~い写真か。あたしには分かんない。
けどね優二。あたし、やっぱり"皆"を守りたい。
こんなキレイな星なんだよ?少しの汚さなんて覆い隠してくれる、こんな、キレイな星……」
淡々と喋るサヤは、どこか深い陰を含んではいたが、だからこそ、優二には彼女に何か言い返すことなんて、出来やしなかったのだった。
当然だろう。彼が知らずとも、そう語ってゆくサヤは、語りながらも、自分の過去の過ちを、消失を想い、悔やんでいたのだから。
また、長い沈黙が訪れる。
「生憎、俺はこんな力を手に入れちまった」
「え……」
それを破ったのは、以外にも優二の方だった。
少し驚きながらも、サヤは彼の瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。
「守りたいんだろう?この星も、お前の仲間も。
出来の──ゼッテェ俺より良さそうだけどさ、弟が迷惑かけてんだろう?兄貴として、ゲンコツの一発でもしてやらなくちゃ、世間様に白い目向けられちまうっての。
それに、あんの野郎、なんか気にくわねぇっ!!──だろ?」
真面目に話し出したと思えば、次第に顔は緩んでゆき、終いには、サヤに対して、歯を見せて笑いかけていたのだ。
それでも、それは今の、この真っ暗な宇宙で高められた不安と、怒りと、後悔の悲しみに潰されかけていた彼女にとって、とても大きな、心の支えになっていたのは、多分二人とも気付いてはいなかっただろう。
サヤの顔が、ほころんでいった。
「その前に、まずは向こうに戻る方法を考えましょう?
いくらサイコキネシスでも、流石に二人分の体重支えることは無理だし、地球の大気圏内入るだけだってキャァァアアッ?!」
「な、何だよ、コレ?!」
作戦を練ろうとしていた矢先、二人の体は突然として宙へと浮かび、そのまま吸い寄せられるように地球へと向かって行ってしまう。
空気も無く、途中でテレパシーも切れてしまったというのに、そこには二人の悲鳴が木霊したかのように感じられたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数十分前、地球、とある山の頂上付近。
優二達が宇宙旅行させられて数時間後、そこでは彼らを救うべく活動している二人がいた。
とは言っても、二人の装備は決して、宇宙から誰かを引っ張り込む様な、大掛かりな物とは思えないだろう。
一人は優二と同じ位の歳に見える少年。普通の、登山用の装備に、ゴツい天体望遠鏡を抱えていた。
そしてもう一人は、大人びた雰囲気を纏った、しかし背丈は彼よりも頭一つ以上低い、眼鏡の少女。装備はより酷く、散歩にでも来たような、とてもラフな格好だった。
……こんなんではあるが、彼らの呼ぶところの"アジト"とやらは、実はこの山の麓にある。つまり、大げさなのは少年の方であったのだ。
「何で、そんな格好してるの……?」
「この方が雰囲気出てんじゃん?」
そう言って格好つけるのだが、後ろ向きに歩こうとして石ころに躓いてるんだから、この少年もとことんズレているのだろう。主に、調子というものが。
「ここらへん」
少女が立ち止まりそう呟いてから、それに気付かず歩き続けようとしていた少年も立ち止まる。
そこは、ここら一帯でもかなり開けた、確かに、普通に天体観測するには、絶好の場所になりうるだろう。そこの中心に陣取り、慣れた手つきで少年は、望遠鏡を組み上げていく。
「今~日はおっツッキ様がぁよーく見えまっすよっと」
下手な歌なんて歌いつつ、望遠鏡の角度を調節してゆく。
「深有、見つけたぞ」
少年が何かを見つけたことを伝えると、深有と呼ばれた少女は、無言で少年を押しどけ、レンズに目を近付けた。
「……優、一……?」
「はあっ?!」
呟いた後、場所を再び少年へと譲り、見えるはずもなかろうに、直接月の表面を見つめる深有。
対して、少年はレンズへと食い入るようにして張り付き、また、その表情はどんどんと驚きと、怒りの表情へと変わっていった。
「あのクソ、なんでサヤと一緒なんだよぉ……?!」
「もしかしたら、さっきの……」
「ああ、絶対にそうだっ!!」
二人は優一方とは面識があるようだ。もっとも、今サヤと一緒にいるのは優一ではなく、その兄の優二の方なのだが。
それにしても、少女の方はともかくとして、少年の方は、優一に対してあからさまに敵意を向けている。
……それも、彼らと優一の関係を聞けば納得できようものなのだが。
「どうするの……?」
「どうするって、何をさ?」
「優一」
つまり、この作戦は元々、サヤ一人を助け出すモノなのだ。
少年が先程言った、「サヤだけ」を、彼らは本当にそのまま行おうとしていたのだ。なんとも薄情、いや、非情である。
「んなもん、引っ張ってきて、一発ぶん殴らなきゃ気が済まないさっ!!」
そう言って、高々と拳を突き上げる。
「じゃ、私が、ロックオンする。
司稲は、キャッチして。……そしたら、私もやるから」
また、深有が望遠鏡を覗き込む。
だが今度はただ覗き込むだけではなく、覗き込み、そこに映る彼らに意識を集中させていたのだった。
しばらくそのまま覗き込んでいた後、彼女は司稲の手を握り閉める。それを待っていたとばかりに、嬉々として右手を月の方へとかざす司稲。
「──来い、二人ともぉぉぉおおおっっ!!」
大きな叫びを上げ、体中に力を込めるのが、遠目からでもはっきりと判っただろう。額には血管が浮かび上がり、あろう事か、司稲と深有、その周辺一帯が、数センチほど沈んだのだ。
ただしそれ以外の変化は見受けられず、ここに、一体何が起こっているのかは、多分、当事者達にしか分からないのだろう。
また、アングルは優二達へと戻る────
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『聞いて、優二!』
(お、おい一体──)
そう言いかけて、優二は気付いた。
サヤからは声が聞こえるが、自分はこの宇宙空間では、声を上げることすらできないことに、だ。
本来なら息も出来ない状態なのだが、ポレミストの赤血球は、体内の酸素ですら取り込み、わずかな酸化物から酸素を作り出し、また、それらを効率よく使うことができる。
宇宙空間だろうと例外ではなく、体内中の酸素を使い回すことで、何もしなければ丸一日は生きることができる。
予断だが、変異すると体温調節が並外れる。更には、血液循環も強固なモノへと確定する。
一番はαやδではあるが、怪我の治癒力は上がるし、無重力状態でも体に大きな異常は起き難くなる。故に彼らは宇宙、月に居ることが出来たのだ。
それはそうと、サヤは優二の方を向いていない。一方的に話しかけているのだ。
『どうやらあたし達、地球の誰かに引っ張られてるみたい。直に、大気圏にも突入するわ。
そしたら熱と、気圧からあたし達を守るためにバリアみたいなの張るわ。だから、あたしの体の、どこでもいいから掴んでて!』
いくら前述の通り、強固なカラダをしているポレミストだろうと、だからと言って大気圏から突入する際の熱や、気圧に耐えられる訳ではない。
サヤは、勿論宇宙へと飛ばされてきた際も、サイコキネシスで二人の表面に振動──屋上に張っていたものの小型版──を張り巡らせることで、外からの干渉を絶っていた。それを、再びやろうとしていたのだ。
(無茶言うなって……!)
そう優二が叫びたくなるのも同然で、既に二人の距離は、二メートル程になまで開いていた。
手を伸ばし、必死に距離を詰めようとする。すると彼の体は、まるで推進剤でも使ったかの様に、少しずつ前へと進んでいったではないか。
そして、サヤの一部を見事掴むのだが、
(あ──)
と言う間に、その掴んだものは、"びりっ"と音をたてて──実際に音はたっていないが、そんな感じだったろう──彼女から剥がれてしまったのだ。
流石にその感覚には気付いたのか、サヤは自身の下半身へと視線を向ける。
『ちょっ!アンタ、どこ掴んでたのよっ?!』
スカートである。
優二にとって、一番掴み易い場所にあったからだ。同じく掴みやすそうだった髪の毛を掴まなかったのは、彼の優しさ、と言うことにしておこう。
サヤの顔は見る見ると赤くなってゆく。当然だが、今ここで、恥ずかしいからと、何かを出来る訳でもなく、後の復讐を考える他無かった。
破れてサヤ自身から離れてしまった布切れを手放し、再び掴まろうと目を瞑り、力一杯体を伸ばす。その先が、また相当予想外な場所だとも知らずに。
『にゃひっ──』
手を、指先を伸ばし、遂にその指先が、そこを引っ掻くようにして、何かに引っかかる。その時悲鳴めいた声が流れ込んできたが、構わずそのまま、今度はその布切れを掴み、自身ごと手繰り寄せようとする。の、だが──
『……っの変態っ!!』
(かはっ────)
器用にも、下着を掴まれたまま腰を捻り、優二のレバーへと回し蹴りをかますサヤ。
しかしまた優二も、器用にもその脚を掴み、しがみついたのだ。
だが、どちらが悪いのかはこの際判らないだろう。あえて言うなら、タイミングが悪かったのかもしれない。
再び、"びりっ"と、なってしまったのだ。
勿論、露になったそこには、脚にしがみついたままの優二の頭が触れていて、サヤの顔はこれ以上無いほどに真っ赤になってしまう。
『っ殺す!殺す殺す殺す殺す──』
殺す、と何度も呟きながら、空いている脚の踵で、何度も優二の背中を蹴り続ける。
だがその度に優二は強くしがみつき、また、蹴っている振動で彼の頭も揺れるものだから、サヤは地上に落ちるその瞬間まで、羞恥と、僅かな快楽に悩まされながら、必死でバリアだけを維持していたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「司稲、……大丈夫?」
「そろそろ、ヤバイ……」
二人が、宇宙にいる二人を引き寄せ始めて、そろそろ小一時間が経とうとしていた。
深有はともかくとして、司稲の顔色は、随分と青ざめていて、とても大丈夫な状態とは思えないことになっていた。
と言うのも、彼の血液型はO型──つまり、δ。それこそ、こんなに長い間能力を使っていれば貧血にもなるだろう。
念波は、はっきりしたモノでないだけに扱いが難しく、いくら望遠鏡でルートを短縮したからと言って月までの距離だ、届かせ、確りと掴むには、それなりに時間がかかってしまうのも当然だ。
既に彼らは優二達を捉え、能力で引き寄せ始めてはいるのだが、今度は、彼らがルートを外れないよう、固定するのも大変なのだ。
見るのは深有、引っ張るのは司稲の役割だったのだが、間の悪いことに、つい先程、彼が二人を掴んだ直後から、急激に曇り出したのだ。これでは望遠鏡で、二人を見ることは出来なくなってしまう。
司稲は念波によって掴んだ、そのあやふやな感覚を手放さないよう、細心の注意を払うのに必死だった。
「……見えた」
そろそろ雨が降りそうと言う時、ふと、深有は呟いた。
肉体強化により、その視力を極限まで高め、テレパシーによって、その情報を、見ている物を、司稲へと伝える。先程から使っているそれは、γの、特有の能力の使い方だった。
「ち、ちょっと待て!アイツ等、減速のキネシス使ってねぇぞ?!」
それは当然だった。
あんな状態のサヤが、意識を大量に使う、サイコキネシスの同時発動など出来る筈もなく、しがみ付く優二と自分の周りにバリアを維持するだけでも、精一杯だったのだから。
「後は俺が何とかすっから、深有は二人の減速を頼むっ!!」
「うん……!」
そうやりとりし、深有は上空へと手をかざす。
いくら宇宙より圧倒的に近いと言っても、上空数百メートルだ。それに、対象は二人。捕捉するのは困難だし、出来ても、そこから減速のサイコキネシスを送るのは、それこそ至難の業だろう。
しかし元々視認はしていた彼女は、すぐさま念波を送ることが出来た。そして、彼女は減速ではなく、優一がしていたような、"浮遊"のサイコキネシスを二人にかけたのだった。減速では、もう──浮遊ですら間に合うかどうかの瀬戸際だったのだ。
必死の抗争は、しかし、ものの数十秒で決着が付いてしまう。
着地の直前、二人はそれぞれの力を、対衝の力へとシフトさせる。お陰で、その勢い、音に反して、砂煙に包まれている二人には、何の衝撃も加わらなかったのだ。
その砂煙を落とすかのように、ポツリポツリと、大粒の雨が降り始める。
「──ブッッッ……殺すっ!!」
訂正しよう。"サヤには"何の衝撃も加わらなかったのだ。
視界が晴れた時司稲と深有が見たものは、気絶し、その場で倒れている優二と、スカートも、パンツすら穿いていないサヤが、仁王立ちしながら、その彼を思いっきし踏みつけている光景だった。
「お、おいおいサヤ!一体何があったって──」
「あら、誰かと思えばバカじゃない。アンタが引っ張ってくれたのよね?ありがとう、丁度いいわ、ついでだからコレ、始末しといてちょうだい」
「お、おぅ……」
彼の声を聞いて、なんの気概もなく振り向いたものだから、司稲は彼女から目を逸らし、顔を赤らめてしまう。一方のサヤは優二に対する怒りで、そんな恥かしさなど気にもしていない様子だが。
「サヤ……せめて、ぱんつ、穿こ」
そんな様子が見ていられなかったのか、深有はサヤに近付き、そう促したのだった。
「あら、ミユちゃんもいたんだ。ホント丁度いいわ。
あたし今、すっごくトイレ行きたいんだけど、連れてってくれる?ついでにパンツか何か貸して?」
この状況に戸惑うでもなく、むしろ捲くし立てる様に物申すサヤに、二人は唖然としてしまった。
それより、サヤには女の子としての何かが、この数時間で著しく減ってしまったのではないだろうか。優二に出逢った時はまだ、恥じらいの様なものがあったと言うのに。
深有は一間おいてから頷き、サヤを誘導するかのように歩き出す。
一瞬だけ振り向き、司稲に目配せと共に、「優一をよろしく」とだけテレパシーを送る。それを受け取った彼は、頷くと、よろよろと優二の元へと歩いて行った。
「おい、優一……」
近くまで行くと、つま先で、優二の顎を小突くようにして呼びかける。
「……誰だ、てめ──っつ!?」
うっすらと目を開け、司稲を確認した優二は、まず相手に誰だかを聞こうとして、未だ背中に走る痛みに悶えたのだった。
それを見た司稲は、心配するでも、介抱するでもなく、彼の肩を踏みつけ、より一層鋭い目つきで優二のことを睨み付ける。
「誰だ、だとう?この俺の顔を忘れたか常盤優一ぃいっ!!」
その叫びと共に、踏みつけている足に力を込める。
能力を発揮してのそれは、彼の肩を容易く地面へと埋めてしまう。これで肩が砕けなかったのは、優二がポレミスト故、だからだろう。
しかしそれでも、その踏み付けは相当痛いらしく、優二は声にならない叫びを上げ、司稲の脚を反対の手で掴む。
「どうした優一ぃ?お前のチカラは、そんなもんじゃねぇ、だろっ!!」
「がっ──!」
その手を払うように肩から足を上げると、そのまま優二の横腹を蹴り上げる。
肺の空気を押し出されてしまった時の声を出し、宙を浮き、十メートルほど吹き飛ばされてしまい、落下し、そこからさらに数メートル転がり、そしてやっと停止する。
優二が近くの岩に掴まり、それを支えにして立ち上がるのを見ると、司稲は、それこそ瞬間移動のような速さで優二の目の前へと現れ、そのままの勢いで彼の鳩尾を殴りつける。
だが今度は、彼の体は後ろへは吹き飛ばず、直ぐにその場へと崩れ落ちてしまう。
極端に強い衝撃を、立っている人間の腹部へと与えた時、その人間は吹き飛ぶ事無く、その場に倒れてしまうのだ。それは内臓破裂となり、更に威力を上げれば腹部ではなく、背部が割れてしまうのだ。
優二の体に、その様なことが起きなかったのは、咄嗟に、無意識に肉体強化を施したからなものの、しかしそのダメージは確実に、全て彼の体へと掛かってくる。
倒れ、その場に、再びの気絶へと陥った優二を見下ろし、司稲は彼に唾を吐きかける。それは雨のせいで、何処に落ちたのかはすぐ判らなくなってしまったが。
先程優二が掴まっていた、少し小高い岩に座り込み、そのままうつむいてしまう。二人を月から引っ張り込み、その後にこれだけ体を動かしたのだ。本来なら倒れても可笑しくないだけの事をしても、これだけで済んでいるのは、単に彼が訓練されたポレミストだから、というだけではないだろう。
暫くそうしてると、向こうから、"トイレ"から帰ってきたのだろうか、深有と、スパッツを穿いたサヤが、二人の元へと向かって来る。
妙にサヤの穿いているスパッツがキツそうなのは、それが深有のモノだから、だろうか。と言うことは今、深有は、とか、サヤは、などとはあえて言及しないでおこう。
「え……ちょっと優二?!アンタどうし──もしかしてあたし、さっきそんなに強く蹴ってたの?!」
彼等の近くまで来たサヤは、そこに、口から血を垂らして気絶している優二を見て、慌てて彼の下へと走ってゆく。
その心配ぶりは、先程まで怒りと、羞恥なのかどうか分からない感情に任せ彼を蹴り続けた、その同一人物とはとても思えないものだった。
深有もそう思ったのか、何とも言い難い眼差しを彼女に向ける。が、直ぐに、それは疑問の眼差しへと変わっていった。
「ユウジ……?優一、じゃなくて……?」
「えっ?」
勿論二人とも、彼が優二ではなく、優一と思い込んでいたのだから、当然の反応だろう。
忘れてた忘れてた、と言いながら彼を抱き起こし、口元の血を服の袖で拭い、二人にこう言ったのだ。
「コイツ、常盤優一の兄の、常盤優二ね。もう覚醒ってポレミストにはなってるから、とりあえず、組織へと連れていきましょ。きっと、仲間になってくれるから。
それと優二、"二"だけど兄らしいのよ」
さっきから始末しろだの、優一の兄だの、仲間になるだのと、サヤの言ってることも相当チグハグだったろう、二人はやはり、この状況を完全に把握できていないようで、戸惑いの色を隠せていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
優二が目覚めたのは、窓の無い、しかしそれなりに明るく、病室の一角を思わせる風貌の部屋の、ベッドの上だった。
大きさは、普通の病室の個室か、それより少し小さめの部屋で、ベッド以外にも物置棚や小型の冷蔵庫などもあった。
起き上がり、まず自分の格好を見る。清潔感はあるにしろ、やけに動きやすそうなその服装は、まるで囚人服か何かの様にしか見えなかっただろう。
「そっか俺、気付いたら変な野郎に……。
じゃ、ここはもう、地上なのか?」
「えぇそうよ。因みにここは、あたし達の組織の、特別病錬の一室よ」
その独り言のような疑問に、答える声があった。
振り向けば、入り口の所に、彼が気付かなかっただけで最初からいたであろう、サヤが寄りかかっている。
特に驚くこともなく、優二はそのままベッドへと腰下ろすと、サヤは優二の近くへと寄り、棚の近くにあった折りたたみの椅子を広げ、そこへと腰掛ける。そのまま二人とも何も言い出さず、暫く無言のままに見つめ合っていた。
「……ちょっと、アンタ何か言うことがあるんじゃないの?」
だがそれに耐え切れなきなくなったサヤは、唐突にそう言ったのだった。
「いや、特に何もないな。強いて言うなら、そろそろ帰らせてくれ」
「はぁ?!フツー、こう、もっと、聞くこととかあるでしょう?!
「俺は誰だ?」とか「この後どうなるんだ?」とかっ!」
何処までもテンプレを意識していたサヤであった。
しかし今までの彼との受け答えが似たような感じだったからか、彼女はそこでため息をつくだけで、それ以上は興奮しようとはしなかった。
「ま、アンタがそうゆう奴だ、ってのは、とっくに理解してたけど、ね」
イタズラっぽく微笑むその顔に、寝起き同然の優二は見惚れてしまっていた。それを分かっていてか知らずか、サヤは組んでいた脚を入れ替える。
「知らなかったけど、アンタって親戚の家住まいなのね。
そうそう、さっきお家の方には連絡しておいたわ。昨日はあたしの家に泊まった、後で優二本人にも連絡させる、って」
「ちょっと待て!それじゃ、俺が女の家に遊びに行った、みたいに思われるじゃねぇかよ?!」
「みたい、じゃなくて、そうなってんのよ、向こうからしてみてアンタは」
ニヤリとしたサヤに対して、優二は、勝手にしてくれ、と言わんばかりに頭を抱え、ため息をつくのだった。
サヤは突然と立ち上がり、病室の扉を開け、優二を振り返る。
「付いて来て。やってもらうことがあるから」
病室を出ると、その廊下は、病院と言うより何処かの研究所のような──どちらも大して変わらない気もするが──真っ直ぐに伸びた、薄暗い通路だった。
「優二の血液型とか、少し調べさせてもらったわ」
歩きながら、サヤはそう優二に語りかける。
「どうだったんだ?」
「そうね……結果だけを言えば、AB型だった、と言えばいいかしらね」
「結果だけを、って?」
すると、薄暗い場所でもよく分かる程には難しい顔をし、考え込んでしまうサヤ。
そんな様子を不思議と思ったのか、自分の事だけに不安になったのか、優二は手を汗ばませていた。
「昨日説明した通りだと、アンタはγに相当するハズよね。なのに、最初っから怪力を……肉体強化を行ってみせた。正直、これを報告した時、お偉い方も動揺してたわ。──異例だ、ってね。
だから精密検査とかしてみたんだけど、何をやってもアンタはAB……つまり、γとしか出ないの。だから、結論だけは、なのよ」
早口に説明されてはいたが、自分の立場は、優二にも大体分かっただろう。要するに、異例な事を彼はしてしまい、そのせいで様々な事をややこしくしてしまったのだ、と言うことを。
「この件は詳しく調査したいみたいだったけど、今は、常盤優一を止めるのが優先で、アンタがそれに役立つかも、って提案したら、あっさりと解放許可をもらったんだけどね」
彼女もどうやら、彼のために色々してくれたようだ。それには優二も、素直に感謝の意を表していた。
更に暫く歩くと、大きな扉が目の前に聳え立っている場所へとついた。
横にあるパネルに、新しく受け取ったであろう、同じ制服のタイプのスカートから取り出したカードキーを差し込む。すると大きな音を立て、その扉がスライドし、その入り口は開いていった。
中は、東京ドームほどの広さのある、だだっ広な空間になっていて、その構造は巨大な体育館と言えるものだった。そこに足を踏み入れるサヤに、優二も続いてゆく。
「よっ、お目覚めかい、優二っ!」
「おまっ──!」
そこで待ち受けていたのは、昨夜優二を優一と勘違いし、挙句ボコボコにした張本人である司稲と、
「……」
読んでいて本から少し目を上げ、さも興味ないと言いたげな深有だった。
「紹介するわ。バカと、ミユちゃん」
順番に差し、簡単な、むしろ乱暴な紹介をするサヤ。
「おいおいサヤ~、そりゃないぜ?
俺には、田中司稲って、ちゃんとした名前あるんだぜ?そろそろ名前で呼んでくれよぉ~」
それに対して不満を持ったのか、バカ──司稲は、気持ち悪い程の猫なで声でサヤへと近付いて行った。それを彼女は、片手で、彼の頭を抑えて制すのだが、ここで今まで無言だった深有が近付いて来、司稲の鳩尾を思いっきり殴ったのだ。
鈍い音を立て、崩れ落ちていく彼の首根っこを掴み、引きずっていくのだが、途中振り返り、
「名城、深有」
とだけ名乗り、また彼を引きずったまま元の場所へと戻っていったのだった。
そんな一連の流れを、勿論優二は苦笑せずには見ていられなかった。未だに、乾いた笑いを浮かべている。
「二人は幼馴染みたいだからああだけど、今回のミッションの、頼れる仲間よ。
昨日、月からあたし達を引っ張ってくれたのも、この二人」
復活した司稲は、それを聞いて得意顔へとなるが、やはり深有は無表情であった。どうにもこの二人、互いに性格は正反対のようだ。
サヤは入り口付近に立てかけてあった機材をいくつか組み立て出す。
「ところで今って何時なんだ?さっきから昨日、昨日って聞いてるけどさ」
「午前九時」
サヤに言った筈のそれに即答してきたのは、意外にも、読書をしていたはずの深有だった。
気付けば彼女はサヤの隣で、何やら機械をいじっていた。何回もその、ストップウォッチにも見える機械のボタンを押して、動きを確認しているようだ。
因みに司稲は、その場でストレッチなんて始めていたりする。
優二は、ああ、もう学校始まってる時間だな、とは思ったものの、普段から出席だけし、後は屋上で時間を潰してるものだから、別に一日ぐらい行かなくたっていいだろう、と諦めたのだった。
「準備、終わったわよ」
暫くすると、サヤは優二に向かってこう言ったのだった。
しかし、何の説明も受けていない彼が、何の準備が終わったのか分かる訳もなく、ただただ唖然と、その機材に囲まれた場所を見つめるだけだった。
一辺十メートルくらいだろうか、四隅にサヤが組み立てた機材を置き、それらからレーザー光線か何かが出ることで、そこには四角い空間が出来上がっていた。まるで、ボクシングなどのリングの、かなり大きい版に見えるだろう。
「優二、こん中に入って。あとバカも」
「おうっ!」
サヤに呼ばれ、嬉々としてそのリングの中へと入ってゆくバカ、もとい司稲。
「おい、一体何すんだよ、これから」
優二は逆に、しぶしぶと入っていったものの、この状況に戸惑い、説明を求めていた。
「デスマッチよっ!」
しかしサヤは、それに対し、そう高らかに宣言する。
「は?デスマッチってお──」
優二が言葉を言い終える前に、いつから用意されていたのか、長机に座っていた深有は、手元にあるゴングを鳴らしたのだった。
びっくりしてそちらを振り向いたのだが、瞬間、目の前には司稲の姿が映る。そして次には、何も言う暇など無く、優二の体はロープの代わりのレーザーへと飛ばされていたのだった。
レーザーのロープは実体があるのか、優二の体がそこへ触れると後へ伸び、そしてゆっくりと元の場所へと戻ってゆく。
何が起こったのか分からずで、打たれた腹部をさすって、その場に立ち竦んでしまう。
「おい、せめて何をするのかだけでも明確にしてくれよ!」
「言ったでしょう?デスマッチよ。
注釈を付けるなら、アンタの動きを記録して、且つアンタを即戦力に出来るよう、鍛え上げるのが目的、ってとこかしら」
舌打ちをつきながらも、要領は得たのだろう。目の前にいる司稲へと向き直り、ボクシングっぽい構えをとる。
「昨日は、よくもやってくれたな、バカ」
拳を開閉し、多少ニヤつきながらそう語りかける。
「それは悪かったって!似てるお前が悪いんだぞっ。……て言うか、優一の方がよっぽど賢そうだし、バカ言うな」
「うるせえっ!」
そんなやり取りをしながら、司稲も崩していた構えを作り直す。
「けど、ま、正式にやれるんなら、そのムカつく面、ボッコボコにしてやん、──よっ!」
そして、再び一足飛びに優二の懐へと潜り込む。だが今回は、司稲が目の前に来ることが分かっていた分、優二も動くことができた。
強く踏み込み、司稲の側面へと回り込み、カウンターを決めようとする。だが──
「あ、あれ……?」
強く踏み込みすぎた優二は、司稲の体を大きく通り越し、反対側のレーザーロープに引っ掛かってしまう。
距離としては、反対側まで十メートルほどもあるのだが、それを彼は、肉体強化の能力を軽く発動しただけで、一瞬にしてその距離を移動してしまったのだ。
「ち、ちょっとアンタ、今何したのよ?」
「何って、これが肉体強化、ってやつなんだろ?
にしても、コレ、すげーコントロール難しいんだな。あのバカがやってるみたいには、まだまだ行けそうもないな」
そう軽く言う優二だが、その場にいた全員、彼の今の動きに唖然としただろう。
「──超加速」
「超、加速?それって、この技の名前か?」
そう呟いた深有は、彼の言葉に、コクン、と小さく頷いた。
更に深有は眼鏡を外し、頭に付けている大き目のリボンを外すと、彼等のいるリングの中へと入って行ったのだった。
リボンで留めていたからか、その髪は思った以上に長く、ふわりとしていた。
「司稲、交代」
と、彼の手を持ち上げ、勝手にそこへとタッチしてしまう。
「お、おい深有!?まだ俺、全然やって──」
「あたしも、ミユちゃんに交代した方が良いと思うわ」
だが、もう一人の観客は、深有の行動を止めるどころか、むしろ推薦してしまったのだ。
「彼、いきなり加速なんて使ってくるのよ?次何してくるか、分かったもんじゃないわ。
だから、同じγで、色々と応用の利く彼女でいいと思うの。
だいたいアンタ、昨日貧血でぶっ倒れたばかりなんだから、変にムリされるといい迷惑なのよ」
「さ、サヤ……俺の、心配を──!」
忠告を心配と受け取ったのか、司稲は目をウルウルとさせ、そのまま、むしろ喜んだ風にリングから飛び出し、一直線にサヤの所へと向かって行った。
だが、その体は途中で、まるで時が止まったかの様に静止してしまう。サヤが、サイコキネシスで動きを止めたからだ。
「なあ、もしかしてあのバカ、アイツのこと好きなのか?」
その質問にも深有は、無表情に、一回頷くだけで処理してしまう。
言葉に詰まった優二は困り、頭を掻くだけだった。
「ま、まぁ、同じγとしてよろしくやろうぜ」
「あなたは、……違う」
「えっ──」
深有も、また一瞬にして距離を詰める。
同じことを見ていたからか、優二はそれを、今度は威力をセーブして躱そうとするのだが、彼の体は言うことを聞いてくれなかった。そのまま、深有の拳が、目の前で止まっていた。
「今、体が動かなかったぞ」
「金縛り。……アレと、同じ」
そう言って未だに変な格好で止まっている司稲を指差す。
「あなたも、出来るはず」
金縛りを解く。直立し、前に行く力が篭っていた優二は、そのまま深有の方へと倒れこんでしまう。
ガチンと言う音が鳴り、ぶつかった優二は、頭を抑えて悶えてしまう。
「お前、石頭なんだな」
「お前って言わないで」
「えっと、じゃあ深有ちゃん……?」
「それで、いい。
あと、石頭じゃない。肉体強化。γは、同時にできるから」
γの特権として、肉体強化と思考強化、その両方が同時に使えるのだ。
なるほど、と思いながら、ぶつけた頭を未ださすりながら立ち上がる優二。それを制して、深有は、立ち上がりかけの優二に再び金縛りをかける。
何をするんだと思っていると、深有は彼の頭へと手を伸ばし、ぶつけたであろう所を擦ってくれたのだった。
その意外な行動に、優二は彼女に対する緊張を解くほかなかっただろう。
「続き……」
また一瞬で距離を置いて、訓練の再開を促す。
その日の訓練は、日が沈むまで行われた。
能力を使いすぎて優二はヘトヘトになっていたのだが、延々と相手をしていたハズの深有は、「疲れた」と一言しただけで、疲労の色も見えず、汗一つすらかいていなかったのだった。
──これが、違う、ってことなのか。
その時の優二は、そう思っていた。
余談だが、この訓練が終わるまで、司稲は泣き言を言いつつも、延々とサヤに止められていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
優二には専用の個室等は無い為、仕方なく元の病室で一晩過ごすことになった。
流石に病室にある物は限られているので、食事や風呂は施設の物を使っていたのだが、この組織、相当資金的には余裕があるらしい。
出てくる食事は、どれもパット見で豪奢なのだ。勿論、その中身だって見た目に恥じず、贅沢なものになっているのだが。
食堂の、各席の調味料のビンの中に、『キャビア』の表示があったことには、流石に優二も目を丸くしたものだった。
風呂は大浴場と個室があり、優二は大浴場に行ったのだが、ライオンの口からお湯が出ている光景は、多分一生忘れられないだろう。
因みにここの湯は全て、近くから沸いている温泉の、かけ流しである。
そんな、一時とは言えども夢のような生活をしていた優二は、今は例の囚人服もどきの服装で、昨日のリングの中、また深有に稽古を付けられていたのだった。
「そろそろ、お昼」
「もうそんな時間か。
とりあえず、食堂にでも行くか?」
それに対して、また小さく頷くき、スタスタと勝手に体育館を出て行ってしまう。だがそんな態度にも優二は慣れたみたいで、特に気にする事無く彼女の後を追う。
食堂に向かう最中、突然として深有の懐から、けたたましいアラームが鳴り響いた。端末のような物を取りだしそれを確認すると、深有は、歩く向きを変え、早足で行こうとする。
「優二も」
途中振り向き、それだけを言うと、また早足で行ってしまう。それに遅れないよう、優二も彼女の後を着いてゆく。
二人が向かった先は、『Control Room』と書かれていた部屋だった。
入ると、そこには大きなコンピュータが数台、不思議な機械が沢山置いてある、また先進的な空間になっていた。
「二人とも、来たわね」
そこの、真ん中の回転椅子に座っていたサヤが二人に向き直る。その仕草を見るとまるで、何かの司令官の様にも見える。
そしてその横で、必死に人差し指でキーを打っている司稲は、妙にこの空間には場違いであっただろう。
「常盤優一を見つけたわ」
そう言い、モニターに映し出された映像を二人にも見せる。
「ここ、上……?」
映し出された場所は、一昨日の晩、優二とサヤが振ってきた場所の、すぐ近くの建物の前だった。
ただしその映像は録画なのか、時間は現在より、数分前を示していた。
「そうよ。だから、今から彼を捕まえに行くわ。
座標の準備はできてる?」
「おう、バッチリだっ」
左端のモニターに映し出された数値を覗き込んだサヤの顔が、次第に険しいものへと変わってゆく。
「確かアンタ、一昨日も座標、対象の真上にしたわよね?」
「あぁ、それが?」
何かの切れる音がする。勿論、その発信源はサヤ、彼女だ。
「アンッタねぇ?!解ってんのっ?!あたし、真上に飛ばされたからこそコイツに……こ、コイツ、に……」
物凄い勢いで捲くし立て始めるのだが、その時を思い出してか、その後のことを思い出してか、太股をモジモジとさせ、次第にサヤの顔の赤みは、怒りのものから恥かしさによるものへと変化していった。最後には尻すぼみに、ごにょごにょと喋るだけになってしまう。
「と、とにかく!真上から少しずらしなさいっ!転送されるあたし達が、危険な目に遭うかもしれないのよ?!」
そう言って、真上に設定されていた座標を少しずらした位置に再設定するサヤ。
優二にしてみれば、転送された先にいる人物が、一番危ない目に遭うんじゃないのか、と思ったに違いないだろう。
それよりも寧ろ、『転送』と言う言葉に疑問を抱いたのだろうが。
「転送……って、もしかして、その座標とやらにワープでもすんのか?」
「えぇ、するわよ。ただし飛べるのは、サイコキネシスの使えるβ、γ、δだけ。それにこの距離でしょう?飛ぶのはあたしと、ミユちゃんだけでいいわ」
「ダメ。……司稲、失敗するから」
「しないっての!」
どうやら深有は、操作の一切が分からない優二はともかく、司稲だけを残すことに、いささか不安があるらしい。
「じゃ、仕方ないから──」
その代わりを言おうとするサヤに、期待を膨らませた眼差しを向ける司稲。
「優二、行きましょう」
「俺っ?!」「コイツぅ?!」
二人の声が重なり、二人の人差し指の行方も重なった。
当然だ。
この中でこの転送装置の事を使ったことがあるのは、他には司稲と深有。深有はダメだと言ったのだから、必然的に司稲に回って来るハズだ。ましてや、優二はこの転送装置を、今日、初めて見たのだ。
「待ってくれ!俺はコレの使い方なんて分からないぞ?!」
そーだそーだ、と司稲は無駄に囃し立てるのだが、それも深有により黙らせれてしまう。
「ぶっちゃけ、ただ乗っかって、その場所をイメージするだけよ。
なんだったら、一緒に、飛ぶ?」
どうやら既に、彼女の中では優二が転送される、で決まってしまっているようだった。
「やるならそうしてくれ」
だからか、優二も諦め半分でそう言ったのだが、提案した本人であるサヤは、また微妙そうな表情を彼に向けていた。
転送装置の出力部は、直径一メートルほどの円盤台になっていて、その頭上にも同じ円盤が取り付けられていた。
人二人が入るとかなりキツく、どうしても密着する形になってしまう。
「ほ、ほら!もっとくっつきなさいよ……!」
「無茶言うなって」
「チキショー、羨ましいっ!!」
相当近付いても、どうしてもはみ出しが目立ってしまう。
元々複数人の同時転送など想定していない設計なのだ、これも仕方の無い、むしろ十分に無茶なことをしている。
「もう!──男なら、思いっきし抱きしめるとか、し、してみなさいよっ!」
真っ赤になってそう捲くし立てているのだが、これが照れ隠しなのは、見なくても分かりきっているだろう。だから優二も照れを隠し、言われた通りに、サヤのことを後ろから、強く抱きしめたのだった。
「────っ?!」
「い、痛かったか?」
恥かしくて出た声を、強く抱きしめたせいだと勘違いしたのか、腕の力を緩める。
だがサヤは首を大きく横に振り、胴に回された腕を掴み、自分へと強く押し当ててしまう。
「転送、するよ」
二人の内、どちらも頷く前に、深有は装置のコントロールパネルの、エンターボタンを押したのだった。あるいは、もう二人のことを見ていられなくなったのだろう。その無表情からは、どうとも読み取れなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ん……?」
優一は真上を見上げた。
その先には、数十メートルほど先になるだろ所の空間には、まるでそこの風景画を、水で浸した筆でなぞったかの様な歪みが形成されていた。
蜃気楼の様な感じ、と言った方が、より分かり易いだろう。
空間は次第に渦を巻き、中心に黒い点が浮かび、そしてその点が、穴へと変化する。
その場に突っ立っているのは得策でないと知っているからか、優一はそこから大きく跳躍し、この建物の屋上の、隅の方へと移動する。
「落ちるわよ!」
彼が床へと足を付けた瞬間、その穴から一人の声と、悲鳴じみた声が出てくる。
そして次には脚が、胴体が、そして全てが浮かび上がるようにしてその穴かれ出現し、落下していった。
落下と言ってもその速度は、重力加速度を無視したかのようなスピードで、むしろ少しずつ遅くなっている風にも見える。減速のサイコキネシスによる影響だ。
「い、意外と衝撃、無いんだな」
そして、少女が後ろから少年に抱きしめられる形で、元々優一が立っていた場所に、今度は二人の人が舞い降りたのだった。──勿論、優二とサヤだ。
「当然よ。減速していかないと、流石に危ないもの。
例えば、真下に人がいても、減速してれば助かることもあるわ。……どっかの誰かさんの様に、ね」
首だけを後ろに向けて、ウィンクしながらそう語るのだが、優二としては複雑な気分だったろう。
──まぁ、だから今こうしていられるんだけど。
とは、サヤも、優二も、思っていても言わなかったのだが。
「いつまで、抱き合ってるつもりなんだい、二人とも?」
「「はっ……!!」」
抱き合っていることを指摘されてか、もしくはその声自体に驚いたのか、あるいはその両方だろう。咄嗟に反対へと飛びのき、一気にその距離を広めてしまう二人。
そしてそれと同時に、飛び退き、隅の方へと隠れる形になってしまっていた優一が姿を現す。
「真上にテレポート現象があったと思えば……貴方達だったとは。
場所は違うけど、ここも一種の屋上。まるで、一昨日の再現じゃないか……!」
不気味に笑い出す優一。
それに嫌気が差したのだろ、優二とサヤは、傍目からでも分かるほどの殺気を孕んだ眼差しを彼へと向ける。
「常盤優一!訂正しなさいっ!今回は真上には転送しなかったわっ!!」
……相も変わらず、彼女の指摘は、どこか的外れだった。
「サヤ、君は習わなかったのかい?"転送装置の座標は、対象の、観測時の真上に設定する"、と。
動点から外すと、その対象が動いていた時衝突する恐れが──」
「動かなかったらどーすんのよっ?!余計危ないじゃない?!だからあたしは設定を、"あたしの中で、勝手に"変えたの!」
その言葉には、彼女の経験による重みが加わっているためか、変な説得力があった。
隣で聞いていた優二はうんうんと頷き、正面で聞いていた優一はやれやれと頭をかしげていた。
「そんなの、浮遊すればなんとかなるんだけど、ね」
「んなコトできんの、アンタと、ミユちゃん位でしょうがっ!」
さらりと言って退けた優一だが、実際はサヤの言う通り、普通は出来ない類の能力なのだ。
減速が、自分の重力だけに干渉する類のサイコキネシスだとすれば、浮遊はそれと、且つ自分の上下に掛かっている、自分だけに干渉される全ての重力現象と、真下の引力、真上からの気圧などの全てを、一度に遮断しなくてはならない。それだけで、十二分に難度が高いのは分かるだろう。
「──とにかく、さっさとディスクを返してもらうわよ!」
「ああ、いいだろう」
「ま、渡したくない、ってんなら話は早いわ。今回は、確りと覚醒した優二も相手を──って渡すんかいっ!!」
サヤがノリツッコミをしてる最中、優一は懐からフロッピーディスクの様な物を取り出し、彼等の方へと投げ渡す。
慌ててサヤは、そのディスクをキャッチしようと走り出したのだが、
「もう、不要だしね」
優一が手を翳すと、宙を飛んでいたそれは、グシャリと曲がり、原型を留めない形でサヤの手の中へと収まったのだった。
「え?ち、ちょっと、どうゆうつもりよ?!こん中には……?」
「ああ、確かに、アレは世界を変えるだけのチカラが在るだろうね。だがそれはもう、ボクには不要だ。データは全て、この中にある」
そう言って、自分の頭を指差す優一。信じられない事に、それは暗に、全てのデータを覚えた、と言っているのだ。
それを確信したサヤは、手の中にある、ディスクだった物体を弄ぶように、彼の言葉を噛み締めていた。
「もう、自ら組織に縛られる必要もない。この研究所も、不要になった。それと──」
その場にいた筈の優一は、一瞬にして優二の目の前に行く。超加速だ。
そして彼に脚払いをして態勢を崩させ、拳を、大きく振り上げる。
「覚醒した兄さんは、存在してはならない」
腹部へとその拳を振り下ろす。
床に叩き付けられる筈の優二の体は、しかし、そこで止まる事無く、分厚い、コンクリートの床を貫き、下の階の床へと叩き付けられる。
それで終わる事無く、叩き付けられ、吐息を漏らした優二の腹部に、上から飛び込み、更にもう一発のパンチを食らわす。当然ながら、彼の体は床にめり込み、そして床を突き破る。
「優二っ!!」
一瞬のことにやっと気付いたサヤは、その穴から飛び込み、彼等の元へと行こうとした。
「これって、バリア……?」
だが、その穴には優一が、サヤのやったのと同種の、だが肉体を含む全ての物体を通さなかった、透明なバリアのような物が張られていたのだ。
それを打ち消そうと試みるのだが、思った以上に硬いらしく、それに取り掛かっている間にも、下のフロアからは地響きのような音が、続けて二発、聞こえてくる。
地下の、最下層のフロアまで押し込まれたのだ。
「優二……!」
自分の足で行った方が早いと思ったからか、サヤは階段の方へと奔走したのだった。
上下にも広いこの建物の階段は、それ相応に長い。
だから、彼女は階段を全て飛び下り、普段なら減速を使うそれを、減速もせず、脚が痺れるのも我慢して、とにかく最下層へと急いだのだった。
非常階段の、重い扉を、破る様に勢い良く開け放つ。
「優二っ!」
サヤが地下に着いた時、優二は口から血を垂らし、虚ろな眼差しで優一を見つめたまま、壁へと貼り付けられていた。
貼り付けられている、と言っても、杭などで止められてる訳ではない。勿論、優一のサイコキネシスによるものだ。
そして当の優一は、何やら実験棚の中を漁っているようだ。
それを見たサヤは、優一を押さえ付けようと、サイコキネシスを使うため手を翳したのだが、
「効かない……?!」
それを受けたハズの優一は、事も無く、そのまま棚を漁り続けているではないか。
それどころか、金縛りをかけた筈のサヤが、自身が動けなくなっていることに、やっとのことで気付いたのだ。
「リフレクションさ」
中から注射器の様な物を取り出した優一が、動けなくなっているサヤにそう言った。
「どうせ貴女はβ。リフレクションは、キネシスを、掛けた本人に反射する能力。故に、ボクには無力さ」
「きゃっ!」
彼女に向かって手を翳すと、彼女も、優二同様壁へと貼り付けられてしまう。
「……ずっと聞きたかったんだけど、アンタ、どうしてγなのにキネシスを、二つ以上同時に展開できんのよ?」
γは、肉体強化と精神強化、その両方が使える代わり、サイコキネシス等の精神強化技を、同時に使うことは、普通できないのだ。
「γ……?笑わせないでくれるかい?」
それを、しかし優一は鼻で笑って否定する。
「ボクはγなんて低俗な型じゃない。──Ωだ……っ!!」
「お、Ω、ですって?あれって確か、組織の作った作り話じゃ……?」
彼女が驚くのも無理無い。
Ωとは、組織の歴史の最初期──実に千年前に、ポレミストを作る際、その元となった人物の、その特異な血液型を差したモノだったからだ。
それは、全ての能力を100%以上……人間の、その枠取りの限界を超えたとされ、成分を分解し、そしてウィルスとして、遺伝子レベルで人類を作り変えたと。そう、神話の様に、組織には歴史付いていたものなのだ。
「じゃあボクが──ボク達が、その人物の直系だとしたら?」
「そ、そんな、……嘘よ!」
「コレらが、証拠になっているのに、かい?」
優一は、そう言って宙へと浮かび上がる。
それ以外にも穴と、実は出入り口にも張ってあるバリア、優二と、サヤを拘束している金縛り。最低でも、現在四つ以上の能力を行使しているのだ。
そのあまりにも異常な光景に、サヤは舌打ちをしただけで顔を背けてしまう。
優一はそれを見て満足したのか、軽く微笑むと、そのまま優二の目の前へと移動する。
「兄さん、貴方も、Ωだ」
「だから、……どうしたってんだよ」
優一は、手元にある注射器の、その蓋に位置する部分の封を外し、後ろのボタンを軽く押し、先端から真っ赤な液体を少し、飛び出させる。
「この血清は、常人をポレミストに、そしてポレミストを常人に変えるために研究されていたものらしい。
……ただし、実験は失敗続きらしくて、ね。
常人には作用が強すぎて、ポレミストにする時は肉体が追いつかず、破裂。戻す時は、戻った後に血清が作用してしまい、また破裂してしまったらしいんだ」
「な……!?」
その血清入りの注射器を、優二の首筋へと打ち込む。その瞬間、一瞬だけ眼を見開いた優二は、直ぐにぐったりとしてしまう。
「Ωは、二人もいらない。いては、駄目だ」
その光景を確認した優一は、そう呟き一回だけ頷くと、背を向けて、先程の衝撃で散らばってしまった、この部屋の中心にある、コンピュータの処へと歩んでゆく。止めを、差す必要が無いと感じたのだろう。
「優二……?ねぇ、優二……!優二!置きなさいよっ!アンタ、アイツをぶん殴るんじゃなかったのっ!ね、優二?!」
サヤは、気を失ってしまった優二に何度も呼びかける。
その間に、優一はどうやら転送装置のディスプレイを弄っていたようで、その画面にはここの真上の、かなり高い位置が映し出されていた。
その隣に置いてある、先程優二達が使ったのと同じ形の円盤の上に乗り、コントロールパネルへと手を伸ばす優一。
「証拠隠滅だ。ここは、上空から潰させてもらう。死体すら、残らないようにね」
エンターキーを押すと、そこにはアナウンスが流れる。
──緊急テレポートシステム起動、転送開始まで、10……
「逃げる気……?」
サヤの質問には、鼻で笑って答えるだけだった。
カウントが縮まる。9、8、7……
それを聞いていたサヤは、優一は、──優二は、一体何を考えていただろうか。それとも、絶望に、或いは確信に、そして、或いは怒りに、思考など働いていなかっただろうか。
遂に、カウントが"1"を宣言する。
「今度こそ、さようならだ、二人とも」
「──ざけんなよ」
転送開始、のアナウンスと、岩を割る破壊音が鳴り響いたのは、ほぼ同時だった。
転送装置は、優一の持っていた、注射器だけを、上空へと運ぶ。
砂煙から現れたのは、壁にめり込む優一と、その状況を作り出し、未だに彼の顔から右足を退けない、優二の姿だった。
「ゆ、優二……なの?だってアナタ、今──」
彼が貼り付けられ、気絶していただろう場所には、今までは無かったクレーターだけが出来ていた。
──超加速。
カウントが終わる瞬間、彼は自身の発したサイコキネシスで──深有から教わった方法で──サヤでさえ抜けられなかった優一の拘束を破り、同時に壁を蹴り、その勢いのまま、優一の顎を横蹴りに、壁へとめり込ませたのだった。
状況を把握した優一が、優二を退かそうと蹴りをかます。しかしそれは、紙一重で彼には躱されてしまう。大きく、元の場所へと後退していた。
壁から自力で抜け出した優一は、服についた瓦礫を払う様に、肩や腰を軽く叩きながら、優一の対面へと歩みだす。
「まさか、まだ動けるなんてね。正直、兄さんのこと、甘く見てたよ」
「こんな野郎が弟なんだ。……その説教は、兄の、俺の、役目だろうがぁあ!!」
咆哮の様な怒声の後、消えるようにして、一瞬で優一の目の前へと移動する。
(しまっ──バインド!)
攻撃する際の金縛り。これも、深有から教わった事だった。
直前に、咄嗟に縛り付ければ、相手はそれを解く間もなく、攻撃を食らってしまう。それに加え、拘束していることで体が後ろへ飛ぶ事なく、ダメージを直に与えることが出来る。
優二の拳が、優一の顔面へとめり込む。その際、その全力の拳には、更にサイコキネシスで、加速と、衝撃増加と、内部破壊の効果を付加させて。
勝負は、いや勝負と言えるか分からないそれは、たかだか一相、たかだか、蹴りも含めて、優二の二撃だけで決してしまったのだった。
勿論肉体強化を発揮していたその体に、その攻撃の本領ほどの変化はなく、優一は崩れ落ちるようにして、その場へと気絶する。
崩れ落ちた彼から背を向け、数歩、ゆっくりとサヤの方へと向かって行く。
「かはっ──」
だが、勝負を付けた筈の優二も、直ぐに吐血し、崩れ落ちてしまう。
「優二っ!!」
優一が気絶したからか、動けるようになったサヤは、倒れた優二の下へ駆け寄り、彼を抱き上げる。
「アンタまさか、血清の影響が──?!」
「お~いサヤ!優二!どこだーっ?」
それとほぼ同時に、穴の上から司稲の声が聞こえてくる。
「下よ!司稲、早く来て!優二が……っ!?」
彼女の声を捉えたからか、その穴から飛び降りるようにして司稲が、続けて深有が降りて来て、すぐさまと駆けつける。
「優一の野郎は──」
「そんなことより、早く優二を病錬へ!優二が、死んじゃう──!!」
「お、おう?」
そんな必死の様子に抗えなかったのか、直ぐに気絶している優一を発見しはしたのだが、優二を担いで、そのままジャンプし、上のフロアへと行ってしまう。
走り出す直前、一度深有の方を見下ろし、
「そこにいる優一を頼む!」
それだけ言って、早く、と急かすサヤと共に走り出したのだった。
二人を見届けた後、深有は、未だ倒れたままの優一の下へと歩を進める。
「……深有、か」
すると、意識は戻ったのか、優一は首だけを彼女の方へと向ける。どうやら強度の脳震盪を起してしまったのか、体は動かないらしい。
深有は、スカートのポケットから、棒状の、長さ三十センチ程の筒を取り出した。
「それは、まさか……?!」
「うん、……血剣──モリア──」
先端にある棘に人差し指を当て、そこに自分の血を垂らす。
先の方にあるボタンらしき突起に指を当てると、その筒の先端の、棘の部分が伸び、全長が一メートル程になる。
更にそこに念力をすると、先端の棘から斜め下に伸びていた金具の部分から、柄の部分であろう処まで赤い膜が張られてゆく。
その完成形は、まるで西洋の直剣を思い出させてくれるだろう。
「まさか、小型とは言え、"モリア"が出来ていたとは……ボクの苦労は、台無しだったみたいだね」
「……」
深有はそれを、高々と、大上段に振り上げる。
「遺言だけは、聞く」
そう、聞こえるかどうかという程の小ささで、彼に最期の言葉を発することを許したのだった。
優一の顔は、これ以上無い程までの、狂喜に満ちた笑顔を浮かび上がらせる。
「"Ωを、ナメるなよっ──!!"」
そして、その剣は、優一の首へと振り下ろされた。
「さようなら……優一……」
去り際の彼女の頬には、一筋の涙が流れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「優二ぃっ」
病錬から出てきた優二を、そこへと続く渡り通路の入り口で待っていたサヤが、一番に声をかける。
「目出度く、俺は退院だってさ」
茶化して言う彼に、しかしサヤはその瞳から、大粒の涙を流して出迎えたのだった。
病錬からは直接外へとは続いていない。一度本部を回って行く形となる。
だから必然、そこの医師から渡されたカルテは本部に提出される訳で、良く言えば余計な手間が省ける、悪く言えば、面倒にも時間がかかる、のだ。
ロビーで、入り口付近にある自販機から、二人分のソフトドリンクを買い、その片方をサヤに渡し、ベンチで処理が終わってくれるのを待つ。
その間、サヤは泣き止んでいたのだが、二人の間にはこれと言った会話は無く、ただ沈黙と、スタッフの声だけが、その場を支配していたのだった。
「常盤優二さん、処理が終わりました」
受付嬢らしき人から呼び出しがかかる。
──普通に見ただけなら、何処かの大企業か、大きな病院の待合室にしか見えないな。
そう優二は思いながら、受付にて、簡単な結果と、今後の彼のすべき対応、それと帰宅手段の選択を聞かれる。
それら全てが終わった後、未だ元のベンチに座っているサヤの所へ戻っていった。
「タクシー、手配してくれるんだってさ」
コクンと頷いただけで、歩き出した優二の一歩後を、付かず離れずで着いて行く。
「内臓破裂と、骨折が数箇所。対応が早かったのもあって、命に別状なし、後遺症も無いんだってさ」
外に出て、タクシーを待っている時に、優二はサヤにそう、自分の状態を報告した。
「……知ってる」
少しの間を置いた後、それだけ、サヤは呟いた。
「たださ、どうやらあの血清の影響があったらしくて、さ。怪我に関しては、殆ど治ってたみたいだけど、この一週間、ずっと検査検査……挙句、『もう貴方はもう、ポレミストではありません。出て行って下さい』、だぜ?」
「……それも、知ってる」
まるで、普段の深有のような口調でしか話そうとしないサヤに対して、優二はそろそろ不満が出てきたようだ。深いため息をついて、そっぽを向いてしまう。
本当にため息をつきたかったのは多分、サヤの方だったのだろうに。
「……あのさ、お前、何でここにいるんだよ」
そっぽを向いたまま、そう彼女に尋ねる。その時、遠くにタクシーらしき陰が見えてくる。
「見送りに、決まってんじゃない……」
暫くの沈黙の後、また呟くようにそう言ったのを、優二は何とか聞き取ることができた。
「じゃ、なんでバカや、深有ちゃんはいないんだ?」
「そ、そんなの、──あ、アンタなんて、あたし一人で十分だからよっ!」
また可笑しなことを、と思ったのだろう。はぁ?と言う疑問の声は、タクシーがブレーキを掛ける音によってかき消されてしまう。
(──よしっ)
タクシーの扉が開いたとき、そう呟いたのは、サヤの方だった。
「それじゃ、えっと……サヤ、でいいのかな。もう会うことも無いだろうけど、ま、そこそこ楽しかっ──」
セリフ途中に振り返った優二の唇は、首へと手を回し、ぶら下がるようにして彼に抱きついた、サヤの唇が押し当てられ、塞がれてしまう。
数秒の静止の後、離れた二人の、サヤの顔は真っ赤に、優二は目を見開いて、固まってしまっていた。
「あたし、き、決めたからっ!」
「な、何をだよっ?!」
サヤが、照れを隠すように大声で話すものだから、優二の声も、それ同様、裏返ってしまう。
「あたし、アンタに惚れたみたいなのっ!だ、だから、絶対に、絶対に逢いに行く。行って、やるんだからっ!覚悟して待ってなさい、常盤優二!!」
叫ぶように、宣戦布告でもするかのように、サヤは高々とそう、宣言した。
あからさまな照れ隠しに、逆に優二の緊張は解けてしまい、思わず噴き出してしまう。
「ちょっ──!アンタ、何で笑ってんのよっ?!」
そう言われたものだから、次第に笑みは大きくなり、最期には腹を抱えて、優二は笑ってしまった。
「あぁ、期待しないで待ってるよ、サヤ」
「無花果、彩花」
「一時、クサヤ、……か?」
「変な処で区切んな、バカっ!」
本名の名乗りにボケをかまし、そんな優二に、爆発しそうなほどに真っ赤になったサヤが──彩花が切り返す。
一瞬の沈黙の後、目を合わせたままの二人は、今度は二人とも、今度は柔らかに、笑ってしまっていた。
「じゃあな、彩花」
「ええ、また会いましょう、優二」
それ以上何をするでもなく、その簡単な挨拶と共に、優二はタクシーへと乗り込んだ。
──まさかその再開が、こんなにも早く、そして、こんなにも予想外の形で実現するとは、優二はこの時、思いも寄せずに……
~Fin……?~
……書いちゃいました、『ノーブラリア』。
そもそも、この作品は、私が考案した話ではないんです。元々は、私の友人が、いきなり語りだした『血液型占いちっくなナニか』から始まった、ホントに下らないモノなんです。後書きでは、主にその事を話しましょうかね(笑)
2011/8/3。私は、その友人に誘われ、とある奥多摩で山登りハイク的な事をしたんです。なんでも、煩悩が──なんたら?
それで、約10kmの山道を、二時間で看破してしまうほどのペースで、休憩無しで歩いてたんです。……まぁ、私達、ちょっとした事情から、昔から歩くのだけは得意なんですが。
半分位歩いた辺りでしょうか?朝は雲っていたのに、気付けば雲一つない、快晴。「山の天気は、ホント変わりやすいですよね」と私が発した言葉が、トリガーだったのでしょう。その友人は、いきなり「O型は落雷注意」、「AB型は絶好調」、「A型は外に出ない方がいい」、「B型は……御愁傷様」と、次々と言っていったのです(笑)
そのノリから、いつの間にか「A型はα型になって、B型はβ型に──」と言う流れに、何故かなってしまっていて、「じゃあもう、書くしかないっしょ!」と、私が宣言したのでした。……要するに、二人とも、変に疲れてテンションが可笑しなコトになってたんですよ。
だって!『昔道』って、名前以上に、予想の遥か上を行ったキツさだった以下略
それで、設定やら、キャラ名やら、イメージやらを練り、少しずつ、私が書いていった訳ですよ。「王道にしたい!」って意見は、流石に王道を書かない主義の私の感性を、ぶち壊してでもやろうとしましたさ。
故に、私一人の作品ではなく、私達三人の作品なんです。
え?後一人?同サイト内にいる、『けーくん』さんです。彼等とは幼馴染みと言う、面白~い設定がありまして(苦笑)
これが、私の、そして私の書いた、この小説の誕生秘話、って処ですかねっ。
そうそう、読んだ方は思ったことでしょう、「伏線、どんだけ書いたんだよっ!」って。……いや、そこまででもないか。
この作品は、"完結"してますっ!
──て言ったら、ブーイングの一つでも来そうですね(笑)
ハッキリ言いましょう、
続 き を 書 く 予 定 は 、 無 い !
……事もない
と。
元々『短編で』と言った設定の下、書く予定でした。
けど気付いたんです、気付いてしまったんです。「あれ?これ短編で書くには内容、濃すぎるんじゃねぇのか?」と。
キャラの関係、そして、能力者『ポレミスト』……更に、優一の言っていた『Ω』。
全部明かすには、それこそ連載か、続編を書くか、しかないでしょうに。
いや、私自身、気になりすぎて困るんで、近い内にはじめるかもしれませんが(苦笑)
そんな訳で、今まで御精読、ありがとうございました。
是非とも感想、評価をしていただけると、私も大変、嬉しいと考えております。故。