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私にマウント取ると痛い目みますよ?

作者: ネペタ
掲載日:2026/09/21

「あんたさー、いい加減ブス過ぎてキモいんだけど! 私の目に映るのやめてくんない?」


 私に向けられた暴言が、放課後の3年B組の教室に響いた。


 声の主は、鈴木姫愛羅(すずきティアラ)。

 このクラスのカーストの頂点に君臨する女子で、その顔面は金と時間をかけているのが伝わるくらい、念入りな化粧が施されていて、ヘアメイクもがっちりだ。


 高校をキャバクラか何かと勘違いしてるのではないかと疑ってしまう。


 その姫愛羅(ティアラ)の隣には、ホストもどきの風貌の彼氏が、ヘラヘラと笑みを浮かべている。

 髪型は骨董品のようにセットされているが、顔はそうでもないので、所謂雰囲気イケメンの類いだけど、クラスの男子の中では一番モテるらしい。


 そんなカースト最上位カップルが、クラス最底辺女子の私に、わざわざ声をかけてきて暴言を吐くものだから、教室内の空気は一気に氷点下となった。


 放課後の教室には、まだかなりの生徒が残っていたのに、一斉に静まり返った。

 

 その静寂の中で、姫愛羅(ティアラ)の馬鹿にしたような笑い声だけが響き渡る。


「あんたって、ホントに名前の通り腐ってて、どうしよもないねぇ!」


 私の名前は、花葉普萌(はなばふもえ)。

 だから、別に腐ってはいない……けど。


 昔から内向的な性格ゆえに自己評価が低く、どんどん根暗になっていった結果、中学生の時に男子から「名前と違って、全然萌要素ねーじゃん」と言われ、『不萌(ふもえ)』と弄られるようになった。


 さらに高校に入ると、その根暗な内面が如実に表れた外見のせいか、『腐萌(ふもえ)』と陰口を囁かれるようになる。


 読み方が同じということで、もはや自分の中でも『腐萌』の字に変換されるようになってしまった。


 それくらい私は自分自身のことを諦めていて、そうやって自分に無関心でいることで、自己防衛をしているのかもしれない。


「別にさぁ、難しいことは要求してなくない? 私と同じ教室にいるからには、最低限綺麗にしなよって言ってんの!」


 確かに私はノーメイクのすっぴんで、分厚い眼鏡をしていて、髪は櫛(くし)さえ使っていないからボサボサだ。


 目の前の二人に、キャバ嬢だのホスト崩れだの言える立場ではない。


「あんた元々地味でブスだったけど、最近さらにヤバくない? なんでそんなに女捨ててんのか意味不明なんですけど~」


 姫愛羅(ティアラ)は、心底見下した態度で私を嘲笑している。


 噂によると、姫愛羅(ティアラ)は目を整形していて、化粧品も高校生には手が出ない高級ブランドばかり使っているそうだ。

 なんでも、親が姫愛羅(ティアラ)に大層甘いらしく、この女王様ムーブもその賜物なのだろう。


 さらに高校を卒業したら、本格的な顔面改造(整形)に着手すると息巻いているらしい。


 つまり、それだけ美容に熱心なわけだ。


 そんな彼女からしたら、美にまったく無頓着な私はさぞ異様に映るんだろう。

 

 教室で、みんなの前で、これだけ堂々とルッキズムの押し付けをしてくるのだから、彼女の中では、もはや私は『女』でも『人』でもないのかもしれない。


「別にさぁ、私みたいに綺麗になれなんて無茶振りはしてないんだけど~。せめて普通の女子高生レベルには気を使えって言ってんの」


 彼女の言葉に、私はうつむいたまま無言を貫く。


 もちろん言いたいことはあるし、感情もあるけど、私は感情表現が苦手なのだ。 

 内面では色々言葉が出てくるけど、それを表に出せない。

 生まれつき、そういう性格なんだから変えようがない。


「ねぇ、アドバイスしてあげてるのに、なに無視してんの?」


「……別に」


 無視してる訳ではないことを伝えるために、一応言葉を発する。


 それが癇に障ったようで、姫愛羅(ティアラ)の声量と声色が高くなる。


「はぁ? なに開き直ってんの? いやいや、現実逃避だからそれ!」


 その通り。

 自分(これ)は私とは関係ないものだ、と言い聞かせることで、現実逃避して自分を守ってる。


 根暗な地味女の処世術だ。 


 そんな私の態度に、あからさまにイラついているようだった。


「ねえ……その汚い髪、マジでなんなん?」


 手を伸ばしてきたので、さすがに振りほどく。


「触らないで」


「はあ? なんなん? スカしといて、強がりなんてダサ~イ! だったら少しは鏡見ろっての! まぁ、ブス過ぎて見れないかー! 現実を直視出来ないんだね~」


「……」


 勝ち誇った顔で笑う姫愛羅(ティアラ)の隣にいる彼氏が、不服そうに私に視線を向ける。


「おい、せっかく姫愛羅(ティアラ)が直々に声かけてやってんのに、なんだその態度は。感謝するところだろ」


 置物だと思ってた彼氏が話しかけてきたことで、私は一瞬身体を強張らせた。


「なに? イケメンに話しかけられて動揺してんの? そりゃ男子と接点ないもんねー! 言っとくけど、ちょっとでも彼氏に変な気出したら殺すよ。キモいから」


 そんな気はまったく無いが、そんな風に受け取られたことの屈辱感で、顔が熱くなる。


「うわっ、キッモォ! 顔赤くなってんじゃん! 女捨ててるくせに、メス出してんの!? いくら私の彼氏がカッコいいからって、色気づくなよ気色悪い!」


「いやー、きちぃわ。無理すぎてゲロ吐きそう」


 勘違いされたことで、さらに羞恥心が湧き起こり、耐えるようにうつむく。


「あのさぁ、イケメン彼氏がいる私が羨ましいなら、言われた通りに少しは見た目に気を使いなよ。それでも絶対モテないけどさ。ブスの上に、性格悪いんじゃ終わってるもん」


 哀れみを込めた口調で蔑む姫愛羅(ティアラ)の横で、何かを思いついた顔で彼氏が私を見下ろす。


「そんでも童貞には需要あるんじゃね? 童貞って、こういう地味な処女好きそうだし」


「えーっ? いくら童貞でも、選ぶ権利くらいあるでしょ~」


 ケラケラと笑う姫愛羅(ティアラ)に、彼氏は得意気に続ける。


「でも中年の童貞になら、さすがに好かれるだろ? 腐っても女子高生なんだし。マチアプで、童貞おっさんにモテること間違いなしじゃね?」


「ウケるー! マチアプで無料売女やれば、童貞のおじさん相手に処女喪失できるよ! 初体験同士で、めっちゃお似合いじゃん!」


「あーいう奴らって、穴があれば何でもいいみたいだしな」


 彼氏の言葉に、姫愛羅(ティアラ)が手を叩いて爆笑した。


「中年童貞って、拗らせてて無駄にプライド高そうだから、処女相手に謎のマウント取りそ〜! 汚いおっさんに見下される女子高生って、哀れにも程なくない? 」


「ブスって、マジつれぇわ」


 度を超えた発言の数々……私を見下して、自分を持ち上げて、気持ちよくなった二人の暴言はエスカレートしていく。


 私は言われるがまま――いや、言わせるがままにしていた。


 もう、恥ずかしさも悔しさもない。


 こんなに大々的にマウントをとってくれるなんて、さすがはクラスの女王様だ。


 容赦のない性格の悪さに、感謝すら覚える。


 そう、これは意図通り。


 私はずっと、目立たないように息を殺して生きてきた……『これまで』は――。



『よくやった! 俺の目論見通りだぜ!』


 私の頭の中に、男の声が響く。


 声の主は、私の右肩に鎮座する、黒くて丸いフクロウのような『ぬいぐるみ』にしか見えない物体……名前は『ヴォルクス』で、『魔物』だと自称している。


 ファンシーで可愛らしい見た目からは想像できない低くて艶やかな声の持ち主で、一週間ほど前に、突然現れて私に取り憑いてしまった。


 ヴォルクスの姿と声は、私にしか認識できないため、この喋るぬいぐるみの存在を、受け入れざるを得なかった。


 なぜ私の元に来たかというと、ヴォルクスは人間の『マウント』を求めていて、私は絶好の穴場なんだそうだ。


『お前はマウントを集めるのに格好のエサになる! だから、もっと隙を作れ! 化粧するな、髪を梳かすな、分厚い眼鏡かけろ、背中を丸めて姿勢を悪くしろ!』


 などの様々な指示に従って、この一週間……身だしなみを放棄して、あえて隙だらけの状態で過ごすことになってしまった。


 その結果、『地味で目立たない女子』が『地味で悪目立ちする女子』にランクダウンして、カースト最上位女子に因縁をつけられる事態になったという訳だ。


『見ろ! 卵が生まれるぞ!』 


 姫愛羅(ティアラ)の目の前に、気色悪い卵が出現する。


 あれが見えるのはヴォルクスと私だけで、姫愛羅(ティアラ)たちには見えていない。


『よし……卵を割(わ)れ、普萌(ふもえ)』


 ヴォルクスの低い声が頭に響くのと同時に、私はうつ向いていた顔を上げて、眼鏡の奥から姫愛羅(ティアラ)を見据えた。


 彼女の顔に向かって、はっきりと告げる。


「私にマウント取ると痛い目みますよ?」



 一瞬――時が止まったかのように、教室中が静寂に包まれた。


 姫愛羅も、彼氏も、クラスメイトも……私の言葉に、目を丸くしている。


 底辺女から女王様への、突然の反発。

 それを理解した姫愛羅(ティアラ)の顔が、一気に赤く染まり、ワナワナと震え出す。


「はぁッ!?」


 プライドを傷つけられた女王様が、鼓膜が破れそうなほどの金切り声を上げる。


「あんたみたいなブスが何言ってんの!?  痛い目見るのはあんたの方でしょ!  マジで調子乗んなよ!!」


 怒りで顔を歪ませ、姫愛羅の感情が爆発する。


 ――ピキッ。


 それを引き金にして、宙に浮かんでいた卵に、大きな亀裂が走った。


 ――パキッ、ピキキッ!


 二人の目の前にある卵の殻が、完全に砕け散る。


 中から出てきたのは、ケバケバしい蛍光ピンクの気色悪い鳥だった。


 『マウント鳥』――ヴォルクスが、そう呼んでいるマウントが具現化した姿。


 ギャアギャアと耳障りな声で鳴くその姿は、生みの親である姫愛羅(ティアラ)の下品さや傲慢さそのものだ。


 さらにもう一羽、ホスト風のトサカを尖らせた黒い鳥が、安っぽい香水の匂いを撒き散らしながら羽をバタつかせている。


『一度に二羽! これは幸運だ!』


 私の右肩で、ヴォルクスの丸い体がブルッと震えた。


 眠たそうな目が開いて、瞳が真紅に妖しく輝く。

 次の瞬間、ぬいぐるみの可愛らしい顔が耳元まで裂け、サメのような鋭い牙が並ぶ、巨大な口が開かれた。


『ガァッ!!』


 ヴォルクスが宙へと飛びかかり、二羽の『マウント鳥』を頭から一気に噛み砕く。


 『バリバリ』『グシャリ』と生々しい咀嚼音が、私の脳内にだけ響き渡った。


 二羽のマウント鳥が噛み砕かれ、あっという間にヴォルクスの胃袋の中へと綺麗さっぱり消え失せていった。


『あー、美味かったぁーっ! 腹いっぱいだ! やっぱ、ゲテモノほど喰い応えがあるぜ!』


 ヴォルクスが満足げに、私の右肩へと戻ってくる。


 それと同時に、目の前の二人に異変が起きた。


「……え?」


 真っ赤になって怒り狂っていたはずの姫愛羅(ティアラ)が、我に返ったように自分の両手を見つめた。

 そして、顔をペタペタと触り始める。


「な、にこれ……? うわ、きもぉ! なんで!? こんなのを、こんなに塗りたくってんの!?  」


 金切り声を上げながら、姫愛羅は狂ったように両手で顔中を擦り始めた。


 力任せに擦るせいで、念入りに塗られたマスカラもアイライナーもドロドロ状態、目の周りは黒く、不気味なパンダのようになった。


「おい、姫愛羅(ティアラ)……? お前、何やって……」


 慌てて止めに入ろうとした彼氏も、突然その場でピタリと動きを止めた。

 呆然とした様子で、自分のガチガチに固められた髪を手で触れながら、不思議そうに呟く。


「ん? なんで俺、こんなに髪ベタベタにしてんだ? 何の意味あんのか? マジでわかんねぇ……。あれ? つーか、俺ってなんでこんな化物の彼氏なんだっけ?」


「はぁ!? 化物って私のことぉ!?」


 パンダ目で顔面をぐちゃぐちゃにした姫愛羅(ティアラ)が、モジャモジャ頭の彼氏を凄い形相で睨みつける。


「あんたこそ、見た目も中身も、最下層ホストみたいなチャラ男じゃん! それでもホストみたいだから付き合ってあげてたのに、何その態度!」


「いや、お前どっからどう見ても化物(ばけもん)だろその顔……ていうか、マジでなんでこんな改造人間と付き合ってたんだ?」


「そんなの私のセリフよ!! そもそも、ホストの何がいいと思ってたのか、自分でも意味不明……私、どうかしてた……!」


 カースト最上位カップルだった二人は、お互いに罵倒を繰り返しながらも、混乱の極致にいるようだった。


 まぁ、無理もない……。

 二人のマウントは、ヴォルクスが食べてしまったから、もうこの世には存在しない。

 

 姫愛羅(ティアラ)とその彼氏は、『見た目』で私にマウントをとっていた。


 その『見た目』の優越感や執着心が、ヴォルクスの腹の中に丸ごと消え去った今、彼女たちの価値観が一変したということだ。


 ガチガチに塗り固められた『美しい外見』を自ら崩壊させて、すっぴんよりも醜い化物の形相へと変貌している。

 

 彼女たちは、もう二度と『見た目』でマウントをとることはない。

 その価値観は消えてしまった。

 だから自分や他人の外見に、興味さえ持たなくなったのだ。

 

 そんな二人の事情を知らないクラスメイトたちは、突然豹変したカースト最上位カップルに唖然としている。


「やばくない?」

「あれだけ花葉さんのこと罵倒しておいて、急にどうしちゃったの?」

「頭おかしくなったんじゃない?」


 どう見ても普通じゃない二人を見ながら、ひそひそとささやく声が聞こえる。


 しかし、心配している人はいない。

 むしろ女王とその彼氏の突然の奇行に、冷笑と嘲笑が入り交じる哀れみの空気が、教室を支配していた。


「メイクのし過ぎでおかしくなったんだよ、きっと」

「明らかに、やり過ぎだったもんな」

「それで『私たちが一番偉いのよ』って顔されてもねー」

「教室は、夜のお店じゃねーっつーの」

「やっと、自分たちでも気づいたんじゃね?」


 彼女らは私だけでなく、クラス中から疎まれてたようだ。


 我が物顔で、クラスのカースト最上位に君臨してた二人は、今まさに底辺へと転落していった。

 

 それを自覚しないまま、バカップルは周りからどう見られてるか気にもせず、醜い姿でお互いを罵り合っていた。


 とりあえず、無事マウントを食べる目的は果たせたので、この場から離れることにする。

 その際、私は二人に向かって呟いた。


「言い忘れてましたけど……私、処女じゃありませんよ」


 バカップルはピタリと動きを止めて、醜い顔を私に向ける。

 何を聞かされたのか理解できないようで、口をパクパクと金魚のように開閉させていた。


 そんな二人を背にして、私は教室を後にした。


 ◇


 帰宅して夕食を済ませてから、就寝前にヴォルクスを部屋に置いてお風呂に入る。


 シャンプーを泡立てて、櫛も通していなかったボサボサの髪を、丁寧に指通り良くほぐしていく。

 トリートメントもしっかりして、髪をいたわるように整えていく。


 その後は、全身を丁寧に丁寧に……入念に洗い流し、ゆっくりバスタブに入って、今日の疲れを癒した。


 湯上がり後は、洗面台でドライヤーで髪を乾かす。

 サラサラと指をすり抜ける黒髪を整え、いつもの分厚い眼鏡ではなく、使い慣れないコンタクトレンズを慎重に瞳に収める。


 そして、部屋から持ってきていたポーチを開けた。

 入っているのは、安物だけど私の肌に合わせて買った化粧品の数々だ。


 化粧水で肌を潤し、下地を薄く伸ばして、控えめなアイシャドウとリップを引いていく。


 鏡の中の自分が、彩られていく様子に高揚感が抑えられない。

 胸のドキドキを抑えつつ身支度を終えて、緊張しながら部屋に戻る。 

 

 ドアを開けるとベッドの上に、黒いフクロウに似たぬいぐるみ型のヴォルクスがいた。


「……お待たせ」

「おう、ちょうど時間だぜ」


 机の上の時計が、午前0時を指すところだった。


 ヴォルクスから、微かな光の粒が立ち上る。

 ぬいぐるみの輪郭が淡く滲み、あっという間に人の形に引き伸ばされていく。


 そして……光が収まったそこにいるのは、現実離れした美貌を持つ背の高い男性だった。


 これが彼の本当の姿――。

 マウント鳥を食べた日の深夜0時から朝方まで、ヴォルクスは本来の人間の姿に戻れるのだ。


「やっと、この姿になれたぜ。二羽も喰ったから、身体が芯から熱い……来いよ普萌」


 ヴォルクスの低く艶やかな声に誘われて、極度の緊張状態で、ベッドに座る彼の隣に腰を下ろした。


 緊張で硬直する私にお構いなく、ヴォルクスは私の顔をまじまじと覗き込む。


「わざわざ着飾らなくても、俺はいつもの普萌で構わないんだがな」


「……私が嫌なの」


 私にとって、眼鏡をコンタクトに変えて、しっかりメイクをするなんて、生まれて初めてのことだった。


 昔から自分の容姿に絶望していて、自己評価も底辺だったから、綺麗になりたいなんて思ったことすらなかった。


 どうせ私なんか、着飾ったところで『不萌』であり『腐萌』なのだと、最初から諦めていたからだ……。


 けれど――一週間前のあの日、ヴォルクスに出会い、初めて抱かれた夜から、私の世界は狂ってしまった。


 生涯、男性との縁などないと思っていた私にとって、彼の存在はあまりにも劇薬だった。

 イケメンなんて言葉では処理しきれない、超常的な美しさを目の当たりにして……それを体験してしまった私は、今までと同じではいられなかった。


 生まれて初めて、『この人の前では綺麗でいたい』と願ってしまったのだ。


「綺麗になりたい……なんて思ったの、生まれて初めてだから。学校でも、親の前でも見せたことない……。でも、あなたの前では、少しでも綺麗な姿でいたいの」


 私の言葉を聞いたヴォルクスは、少し驚いたような表情を見せると、端正な顔を妖艶な貌(かお)に変化させた。


「ほう……俺だけの特権ってことか」


 妖しい笑みを浮かべたヴォルクスに、覆い被さるように抱きしめられて、ベッドの上に押し倒された。

 胸の鼓動が激しく脈打つ中、熱くなった耳元に吐息が吹きかけられる。


「俺の為だけのその貌……絶対に、俺以外の奴に見せるなよ」


 有無を言わさぬ色気と、鮮明に明示される独占欲。

 私はぎこちない仕草で、彼の背中に腕を回して、抱きしめ返した。


「言われなくても、あなただけにしか見せませんよ……」


 舞い上がってはいたものの……解ってはいた。

 ヴォルクスは、普通の人間ではない。

 自称魔物を相手に、こんな関係を続けていたら、絶対にろくなことにならない。


 私はマウント鳥をおびき出すエサであり、彼はそれを喰う捕食者だ。


 マウント鳥を喰い続ければ、いずれ彼は完全に人間の姿になれるそうで、それが目的だと言っていた。


 そして今日のように、一時的に人間に戻ると『発情』するらしく、彼を認識できるのは私しかいないため、この情事が行われる。


 利害が一致しただけの、割り切った関係――。

 

 絶対に、彼に本気になっては駄目だ。


 頭の片隅でそう必死に言い聞かせているのに、彼の熱い唇が首筋を擦る度に、私の理性は恍惚の中で蕩けていった……。


 ◇


「早く、完全な人間の体を手に入れたいもんだぜ」


 行為の後……私を抱きしめたまま、ヴォルクスは天井を見上げて低く笑った。


「そうすりゃ、いつでもこの姿でいられる。俺の好きなように、白昼堂々とお前を抱けるからな」


「……私は、便利なエサなだけでしょ」


「ククッ、どうだかな」


 からかうように私の額にキスを落とし、ヴォルクスは腕の力を強めた。


 その体温があまりにも魅惑的で、心地よくて……私は彼の腕の中でゆっくりと深い眠りに落ちていった。


 ◇


「おい普萌! 起きろ、朝だぞ!」


 頭の上から降ってきた声に、私は目を覚ました。


 美青年の姿はどこにもなく、代わりに黒くて丸いフクロウのようなぬいぐるみが、私の胸の上に乗ってジタバタと跳ねていた。


「……おはよう、ヴォルクス」


「早く起きろ!  昨日の味を思い出したら腹が減ってたまらねぇ!  早く学校でマウント鳥を狩りまくるぞ!」


 肩の上で鼻息を荒くする彼の姿に、私は小さく苦笑した。


 起き上がり、鏡の前に立つ。

 

 綺麗にブローされた髪を両手でわざとくしゃくしゃにかき乱し、整えた肌を隠すように、分厚い瓶底眼鏡を鼻にかける。

 

 背中を丸め、視線を落とせば――そこにはいつもの、クラスの底辺女子『腐萌』が立っていた。


「はいはい。今日も釣れるといいね」


 右肩にマウント喰いの魔物を乗せて、私は学校へと歩き出した。


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