日常の色
この章では、ミナと過ごす日常の中で、
ハルが初めて感じる“安心”と“不安”の心の色を描いています。
言葉を持たない彼だからこそ見える、
家族の愛の温度を感じてください。
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでくる。
その光はやわらかく、金色にきらめいていた。
ぼくはミナの部屋の足元で丸くなりながら、
まだ眠そうな彼女の声を聞いていた。
「……ハル、おはよう。」
小さな声に耳がぴくりと動く。
ぼくは尻尾をゆっくり振って答えた。
ミナの声は今日も金色。
でも、その奥にほんの少し“青い”色が混じっていた。
「また学校か……」
ミナがつぶやいた言葉の意味はわからない。
でも、心の色が少しだけ沈んで見える。
ぼくは顔をすり寄せてみた。
彼女の手が頭をなでる。
その瞬間、青が薄れて、部屋にあたたかい金色が戻った。
――ぼくは、この色が好きだ。
ミナが朝食を食べている間、母さんは忙しそうに動き回っていた。
トーストの香ばしい匂い、湯気の立つスープの香り。
家の中は“橙色”で満たされていた。
安心の色。ぼくにとって、家族の匂いそのもの。
父さんは新聞を読みながら、
ときどきミナに「ちゃんと食べろよ」とぶっきらぼうに言う。
その声には“灰色の青”が混じっている。
不器用だけど優しい色。
ぼくには、それがわかる。
ミナがランドセルを背負って玄関へ向かう。
ぼくはつい、足元までついていってしまう。
「ハル、今日はお留守番ね。」
ミナがしゃがんで目線を合わせる。
笑ってるのに、心の色は少しだけ“寂しげな青”。
ぼくは鳴き声を出す代わりに、
そっと前足を伸ばして彼女の手に触れた。
その瞬間、ミナの心がふわりと“金色”に戻る。
「大丈夫。すぐ帰るから。」
ドアが閉まる音。
ぼくの世界が、静寂に包まれる。
⸻
昼の家は静かだった。
時計の針が進む音と、外の風の音だけが響く。
母さんは買い物に出かけていて、
ぼくは一人、陽の光の中にいた。
金色の光はあたたかいのに、
心の中には“灰色のもや”が広がっていく。
不安の色。
“本当に帰ってくるのかな”って思うと、
胸の奥がチクリと痛む。
けれど、遠くから子どもの笑い声が聞こえた。
それだけで、灰色のもやが少しだけ薄れていく。
人の声には、希望の色がある。
その中にきっと、ミナの声も混ざっている。
ぼくは窓辺に体を寄せ、外を眺めた。
風に揺れる木々が“緑の音”を奏でている。
その音を聞いているうちに、まぶたが重くなった。
夢の中で、ミナの笑顔が金色に輝いていた。
⸻
「ただいまー!」
玄関のドアが開く音で、ぼくは飛び起きた。
足音が近づいてくる。
その瞬間、胸の奥に“金色の光”が一気に広がった。
ぼくは尻尾を振って駆け出す。
「ハルっ!」
ミナが笑う。
ぼくの体を抱きしめるその手のぬくもりが、
今日一日の不安をすべて溶かしてくれる。
母さんも父さんも帰ってきて、
家の中がまた“橙色”に満たされていく。
父さんがニュースを見ながら小さくため息をついた。
でも、母さんが笑って「おかえりなさい」と言うと、
その色は少し柔らかく変わった。
ぼくはそのすべてを見ていた。
人間って不思議だ。
嬉しい時も、悲しい時も、全部の色が混ざってる。
それでも家族が一緒にいる時、
必ず“金色”が戻ってくる。
⸻
夜。
ミナが宿題をしている机の下で、ぼくは眠っていた。
外の風が窓を揺らす音。
部屋の明かりはあたたかい。
でも、どこかで胸が少しざわついていた。
“もし、ずっとこの時間が続かないとしたら……”
ぼくの心の奥に、ほんの少しだけ“薄い灰色”が落ちた。
でもそのすぐあと、ミナの手がぼくの背をなでる。
「ハル、今日もありがとう。」
その声が、灰色をすぐに溶かしてくれた。
また、部屋が金色に染まる。
ぼくは目を閉じて思う。
――ぼくは、この家族の“光”になれるだろうか。
そう考えながら、
金色の夢の中へと、静かに沈んでいった。
第2章読んで頂きありがとうございました。
ハルの不安や安心が色によって伝わる内容になってたと思います。次回はミナの成長によって変わるハルの色についてお楽しみくださいませ




