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ワン・ライフ  作者: 戸川涼一朗


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第1章 はじまりの色

犬の“ハル”の視点で描かれる、ひとつの家族の物語。

言葉ではなく「心の色」で世界を感じるハルが、

出会い、愛され、生きていく中で見つけた“命の意味”を綴ります。

――これは、一匹の犬が見た「ワン・ライフ」

ぼくは、生まれてからしばらくの間、

木の箱の中で兄弟たちと寄り添って眠っていた。

母さんの体はあたたかくて、

胸の奥から「とくん、とくん」と響く音が聞こえてくる。

その音を聞いていると、ぼくの心も同じリズムで動いた。


ぼくたちはまだ目も開かず、

世界のほとんどは“匂い”でできていた。

母さんの匂いは、土とミルクを混ぜたような香り。

兄弟の匂いは、草の上で転がったときの匂いに似ていた。

風が通るたび、外の匂いも少しだけ入ってくる。

冷たい風、遠くの花の香り、

そして、見知らぬ人間の匂い――

それは、ぼくたちがまだ知らない“世界”の匂いだった。


ある日、箱の外がざわついた。

足音がいくつも近づき、

聞きなれない笑い声が響いた。

母さんは尻尾を振って、誰かを迎えるように立ち上がった。


「かわいい〜!」「ほら、見てごらん」

高い声と低い声。

そして、ひときわ澄んだ声が聞こえた。


「この子がいい!」


その声の主は、小さな女の子だった。

髪が陽の光を受けて金色に輝き、

笑うたびに世界が明るくなるようだった。


ぼくはまだ何も分からない。

けれど、彼女の“心の色”だけは感じた。

金色――あたたかくて、まぶしくて、涙が出そうになる色。

その色に包まれた瞬間、

ぼくの胸の中がぽっと光った。


女の子がぼくを抱き上げた。

小さな手は少し震えていたけど、

そのぬくもりは、母さんとは違う優しさだった。

ぼくの鼻先にふわっと甘い匂いがした。

ミルクと花の混ざったような、安心する香り。


その子の名前はミナ。

ぼくを見つめながら、何度も何度も笑った。

その笑顔がまるで春の光みたいで、

ぼくは初めて「生きてる」って感じた。


――車に揺られながら、ぼくは外を見た。

知らない景色ばかりだったけど、

ミナの手がずっとぼくの背をなでてくれていたから、怖くなかった。


家に着くと、いろんな匂いが一度に飛び込んできた。

パンの焼ける匂い、洗剤の泡の匂い、

そして少し汗をまじえたお父さんの匂い。

ぼくの世界は急に広く、にぎやかになった。


「ただいまー! お母さん! 見て! この子!」

ミナの声が弾む。

リビングから出てきた母さんは、笑顔でぼくを覗きこんだ。


「まぁ、かわいい! 本当にこの子にしたの?」

「うん! この子がいいの!」


二人の心の色は、柔らかい橙色だった。

安心と喜びが混ざった色。

ぼくはその色が好きだった。


その夜、ミナはぼくの寝る場所を決めてくれた。

自分の部屋の隅に小さな毛布を広げ、

ぼくをそっとそこに寝かせる。

でもすぐに寂しくなったのか、

ミナはぼくの横に寝転んできた。


「ねぇ、名前どうしようかな……」

ミナは天井を見ながら、指で空に文字を書くように呟いた。

「春みたいにあったかい子だから……ハル、がいいかも」


ハル。

その音が部屋の空気に溶けた瞬間、

ぼくの心の中で金色の光がはじけた。

その光はゆっくりと全身を包み、

ぼくの体の中に“新しい命”が宿ったような気がした。


ミナは小さな声で「おやすみ、ハル」と言った。

その声は金色で、眠りを誘う春の風みたいだった。

ぼくはその声を胸の奥で繰り返しながら、

初めて“家族”という夢を見た。


夜が静まり返るころ、外では風が木々を揺らしていた。

ぼくはその音を聞きながら、母さんと兄弟たちのことを少しだけ思い出した。

でも、もう寂しくはなかった。

だって、ぼくの隣にはミナがいる。

新しい家族の匂いに包まれて、ぼくはそっと尻尾を動かした。


――これが、ぼくの「ワン・ライフ」の始まりだった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

この物語は、犬“ハル”の目を通して見える「家族の愛と命の温もり」をテーマにしています。

次の章では、ミナとの日常の中でハルが感じる“心の色”の変化を描いていきます。

もし少しでも心が温かくなって頂けたら嬉しいです。


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