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第4章 曖昧な境界

 土曜の夜、八時少し前。

 部屋の照明を落とし、パキットモンスターのアプリを起動する。

 画面の中では、霧のかかった草原に小さなモンスターたちが跳ねていた。

 右上に“川瀬美咲がオンラインになりました”の通知が浮かぶ。


 チャット欄にメッセージが届く。

 ——『こんばんは! 準備できました?』

 ——『はい、入ります』


 通話ではなく、ただのテキスト。

 けれど、その無機質な文字のやり取りに、妙な温度を感じた。

 誰かとこうして時間を合わせて遊ぶのは、いつぶりだろう。


 協力バトルが始まる。

 彼女のチームには、小さな羽の生えたモンスター〈ミストリー〉がいた。

 霧をまとうタイプで、相手の動きを読んで回避しながら戦う。

 ——『この子、ちょっと臆病なんですけど、頑張り屋なんですよ』


 思わず笑って返信した。

 ——『川瀬さんに似てますね』

 ——『えっ、どういう意味ですか笑』

 ——『いい意味です。慎重だけどちゃんと前に出る感じ』

 ——『……なんか照れますね、それ』


 画面越しのやり取りなのに、まるで会話しているように感じた。

 バトルが終わると、彼女から「また遊びましょうね」とメッセージが届いた。

 短い一文なのに、なぜかその文字が少しだけ胸に残った。


 翌日の昼、外の空気を吸いたくなって、久しぶりに外出した。

 家の近くのデパート。

 エスカレーターを上がると、期間限定の催事コーナーがあり、

 「パキモンフェア開催中!」の看板が目に飛び込んできた。


 立ち止まり、少し迷った。

 別にグッズを集めるほどのファンでもない。

 けれど、どんなものか気になって、足が自然に向いていた。


 店内には、ぬいぐるみやキーホルダー、カード、Tシャツなどが並んでいた。

 家族連れや子どもが多く、どこか賑やかで温かい空気に包まれていた。

 その中で、少し離れた棚の前に見覚えのある後ろ姿を見つけた。


 ——川瀬だった。


 驚きと同時に、なぜか少しだけ嬉しかった。

 声をかけるべきか迷ったが、彼女がこちらに気づいて軽く会釈をした。

 その自然さに背中を押されるように、僕も声をかけた。


「奇遇ですね」

「本当ですね。高瀬さんも来るタイプなんだ」

「いえ、たまたま通りかかって。正直、ちょっと覗いてみただけです」

「私もです。限定グッズが出るって聞いたので……」


 彼女は手に小さなストラップを持っていた。

 丸い目をした〈ミストリー〉のぬいぐるみだ。

「これ、かわいくないですか?」

「確かに。実物だと印象違いますね」

「ふふっ。なんか、こういうの買うのって子どもみたいですけど、つい欲しくなっちゃうんです」


 彼女の笑い方は素直で、飾り気がなかった。

 その自然さが少し心地よかった。


 買い物を終えて出ると、外は少し暗くなっていた。

「このあと、どこかで食事でもどうですか?」と彼女が言った。

「せっかくだし」と軽い調子で答える。

 近くのファミレスに入った。

 休日の夜、人の声と食器の音が混ざって、どこか懐かしい空間だった。


 注文を終えると、川瀬はすぐに話題をパキモンに戻した。

「このゲーム、実は結構奥が深いんですよ。

 属性だけじゃなくて、性格値っていうのがあって、同じモンスターでも行動が違うんです」

「へぇ……知らなかった。そんな仕組みまであるんですね」

「そうなんです! でも、そのランダム性がまた面白くて。

 頑張って育てても、思い通りに動かない時もあるんです。

 でも、それがまたかわいくて。」


 熱っぽく話すその様子を、僕は静かに聞いていた。

 正直、そこまで興味があるわけではない。

 けれど、彼女が話しているのを見ていると、

 なぜかその空気の中にいたくなるような心地よさがあった。


 気づけば、自然と笑っていた。

 前の僕なら、こんな場面で何を話せばいいか分からず、早く帰りたくなっていたはずだ。

 けれど今は、そう思わなかった。

 たぶん、ほんの少しだけ——本当に少しだけ、誰かと繋がっている気がした。


 店を出ると、外の空気は冷たく澄んでいた。

「今日はありがとうございました。楽しかったです」

「こちらこそ。まさかデパートで会うとは思いませんでした」

「ですね。……また、こういう偶然あるかもしれませんね」


 その言葉が耳に残った。

 夢の中の霧のように、淡く、掴めない響きだった。


 夜、布団に入ると、スマートフォンが光った。

 占いアプリの通知。

 ——『心の霧が晴れるとき、人は新しい道を見つけます』


「……またか」

 苦笑しながら画面を閉じる。

 けれど、なぜかその言葉を、すぐには消せなかった。

 どこかで、それをほんの少しだけ信じたくなっていた。

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