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SF短編

新星

作者: えるま
掲載日:2025/10/10

「E958、昨日で引き渡し期日の二世紀を超えた。」

 ノヴァは不安そうに、前方を歩くE958に尋ねた。

「端末支給用タブレットも昨日から最新状況の更新がない。――何故私たちは本部に帰れない?」

 コンクリートの廃墟の間を抜け、太陽の光を受けたE958は光学センサーを反応させた。草は道に生い茂り、舗装の痕跡は崩れていた。

 生命体は植物以外周りにいないことを確認すると、E958はノヴァの方を振り返った。

「—―仕事の納期は予備日がある。実際の最終納期は、あと20年後だ。」

「納期の話じゃない、何故私たちは帰れないと聞いている!」

 想定外の状況に、普段は冷静なノヴァも声を荒げた。

「先週の時点で瘴気は全て処理済みだったはずだ!それなのに帰還用ポッドもこない。座標は送っている筈なのに!」

 E958は静かに会話モジュールを起動する。

「違う、まだ瘴気はある。だからまだ探査は終わっていないんだよ。」

「……ちゃんと送られてきていた瘴気のポイントは確認していた。」

 ノヴァは納得していない顔で言う。E958は肩を落とした。

「いや、あったんだ。正直俺も想定外だった、上層部も驚いてたぜ。」

「それなら、その瘴気を処理しに行こう。それはどこだ?」

 そう問われたE958は、自身の鉄の肌を叩く。鈍い音が数度響いた。


「—―……探査班員は全員帰還完了だ。俺だけ残して、な。」


 ノヴァは「え?」と口からこぼす。

「処理してきたんだ。わかるだろ?瘴気の発生は「場所」と「人間の想い」が重なったところで生まれる。――最終環境スキャンで、その「場所」に俺がなってたんだ。」

 普段と変わらない声色で淡々とE958は話す。

 一方ノヴァは瘴気の「人間の想い」の部分に思い当たり、顔を青ざめた。


 ――心拍数上昇、発汗確認 状態:恐怖


 E958に関わる人間は自分しかいない。ノヴァは声を震わせながら尋ねる。

「……私だな?……いや違う。瘴気の因子は“私たち”だな?」

「まぁ……そういう、ことになるな。」

 送られてくるモニタリング結果をどうすれば悪化せずに済むだろうかと考えながらE958は歯切れ悪く答えた。


 日が沈み、屋根のある廃墟に移動した。

「上層部は、お前に「場所」になった俺から瘴気を処理するよう指示があった。お前の稼働時間は残り10年だったよな。それまでにこれまでの“お前ら”が何を想って瘴気になっちまったのか……あとはいつも通りの処理と同じだ。“あいつら”を解放してやってくれ。」   

 部屋の真ん中に明かりを灯すが、ノヴァは隅で丸まるように座っていた。

 震える指先でタブレットを操作するが、情報の更新はされない。


「今回の処理は難しいか?」

 E958は本部から搬入されるノヴァの補給物資を取りに行く道すがら彼に尋ねた。

「……普段の「場所」はもっと規模が大きかった。それに「想い」は今までの自分だ。自分と言っても私と彼らは他人だ。観測が難しい。」

「そうは言っても、お前も40年俺と一緒だろ?何か思う所はあるんじゃねぇか?」

「私は――貴方の道具だ。思う所は何もない。」

「枝番3のノヴァも同じことを言ってたよ。」E958がそう言うとノヴァは黙ってしまった。

「まぁ、どうせ10年もあるんだ。半分休暇だと思って焦らず行こうぜ。」


 E958のその言葉の通り、ふたりは当てもなく色々な場所へ歩き出した。

 古いアーカイブから過去の写真をノヴァに見せ、興味のありそうな場所へ行く。

 ある時は海へ向かい、山へ向かい、花の群生地へ向かった。

 徐々に目から光りを取り戻すノヴァの様子に、E958は地球が最期の場所で良かったと簡易感情プログラムを通さずとも思考できた。



「……最近、よく夢を見る。」

 ノヴァはE958の膝に頭を預けて横になっていた。

 活動期限の迫る端末は徐々に睡眠時間が増えていく。

 本来であれば、その兆候を見て新しい端末を発注する仕組みだが次はもうない。

 ノヴァの日中の活動時間は2時間程になっていた。

 長くなったノヴァの髪に触れ、E958は「どんな夢だ?」と尋ねた。

「私じゃないノヴァの、貴方との記憶だ。おそらく貴方の中にある瘴気に感応しているんだと思う。」

「“あいつら”は元気だったか?」

 その言葉にノヴァは小さく笑った。

「……今までの“私たち”全員貴方に聞きたい事と、伝えたいことがあったんだ。」

 そう言いながら、髪に触れていたE958の腕を取った。

「“私たち”は……貴方と「友人」だっただろうか?感情を出さないと……自分は道具だと言っていた、けれど“私たち”は……貴方の言葉がプログラムでも、貴方の想いに応えたかったんだっ。」

 ノヴァは堰を切ったように両目から涙を溢れさせ、E958の腕を握りしめた。

 E958のモニタリング機能は壊れて使えない。しかし、その手の熱さだけはしっかりと伝わった。


「“お前ら”の「友人」の定義が、握手をしたり話すことだとすれば――俺たちは出会った時から「友人」だったよ。」




 E958は泣き疲れたノヴァを抱えて、高台へ向かう道を歩く。


 ――近辺の瘴気を計測します。


 E958は思考する。

 瘴気は「人の想い」に寄り添う端末に、「想い」が生まれた時点の「場所」を観測させる。


 そして瘴気がなくなり、端末が観測できなくなった「場所」は夢から醒めた様に現実を見せつける。


 ――近辺に瘴気は計測されませんでした。


「……おかしいとは思ってた。あの時、お前を庇った頃から検査で呼ばれる様な不具合が何十年も起こらないなんてな。」

 E958は独り言のように話し出す。

「その割に、中の機能はどんどん故障していくんだ。会話モジュールと簡易感情プログラム以外な。」

 その声に少しずつノイズが混じっていった。

「“お前ら”の仕業だったんだな。」

 その言葉に背中のノヴァが目を閉じたまま、微かに笑った。


 坂道を登り切ったE958は腰を下ろし、膝の上にノヴァを座らせた。

 足のパーツの劣化で、移動に時間がかかり夕闇が深まっていた。

「……ここは?」

 ノヴァは微かに口を開く。

「瘴気の計測結果が自動で本部に送られた。瘴気が処理されてやることは一つだろ?なかなか見れるものじゃない、きっと綺麗だろうと――」

 E958は言葉を止めた。

「ノヴァ、一つだけ教えてくれ。なんであの時、お前は泣いていたんだ?」

「あの時?」

 ノヴァは腫れた目を僅かに開き、E958の方へ顔を向けた。

「お前に「ノヴァ」と名付けた日だ。」

 その質問にノヴァは「そんな事か」と懐かしそうに笑う。

「……嬉しかったんだ。貴方が愛着の証に名前をくれて。」

「嬉しくても、涙が出るのか?」

「あぁ、そういうものだ。」

「人間は――……マジでわからないな。」

 ノヴァは「本当にな。」と呟き、E958の手を握った。





「あぁ、ほら見てみろよノヴァ。」

 空に向けてカメラをしきりに動かす機械が、膝の上で眠りにつく人間に語り掛けた。

 闇に覆われた空に、ありえない数の星が流れている。

「すごい――の流れ星だろ?これ―……―が――」


「綺—―…だな、ノヴァ。」

 機械は人間の手を握り返した。


SF連作短編これでおしまいです。有難うございました。

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― 新着の感想 ―
終わりを見届ける二人の小説のタイトルが「新星」なのが良いですね。 残り時間を数えながら静かに続く会話が良かったです。 切ない最後なのに、読み終わった後心地よい感動がありました。
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