第8話 予想外のカード、勇者爆誕!?
──朝、ヒルダばあちゃんの家。
ヒナタが作った朝食を囲み、ネリオと俺はテーブルを挟んで座っていた。
テーブルの上には見た目は美味しそうだが、カチカチに焼かれたベーコンが乗っている。
「……硬いな。これ、鍛冶場で使えるんじゃないか?」
俺はベーコンにフォークを突き刺そうとするが、弾かれて跳ね返る。
「焼きすぎたのかな……」
ヒナタは頬を赤らめて、視線を落とした。
「いえいえ、これはこれで。歯応えのあるものは、味わいが長く続きますから」
ネリオがやんわりと微笑みながら、ナイフでベーコンを試し切りするも、やはり硬い。
「……で、アンタ。なんでこの村に来たんだ?」
俺は視線を上げて尋ねる。
ネリオは軽く目を伏せ、少しだけ微笑んだ。
「噂を聞きましてね。パンケーキを『武器』にしている村があると。これは一目、拝見しなければと思いまして」
ヒルダばあちゃんが、そう言ったネリオの顔をじっと見つめる。
そのまま無言で、コト、と手元の茶碗を置いた。
「──アンタ、私と会ったことがあるかい?」
ネリオは動じることなく微笑んだまま、カップに口をつける。
「いいえ。お目にかかるのは初めてですよ? それに私は、ただの旅の観察者ですから」
朝の光が差し込む部屋の中、笑顔の下に潜む何かが、確かに息を潜めていた。
──そして、食後。
「……このベーコン、捨ててしまうのはもったいないですねぇ」
ネリオが皿の上のベーコンを手に取り、興味深げに眺める。
「見た目はともかくこれほどの硬度があれば、工夫次第では『兵器』になりますよ?」
「はあ? ベーコンが武器になるわけ──」
「なりますとも」
ネリオは微笑んだまま、手の中にそっと魔力を込める。
すると、ベーコンの表面がわずかに赤く脈打ち、微細な魔素の粒が浮かび上がった。
「こうして魔力を封入しておけば、衝撃と同時に炸裂します。煙幕や爆音の榴弾型……名付けて『爆裂ベーコン』」
ヒルダばあちゃんが思わず眉をひそめる。
「……アンタ。それ、ほんとに朝ごはんだったのかい?」
「もとはそうですが。私はね、素材に敬意を払う主義なんです」
そしてネリオは更に続けた。
「たとえばこの『爆裂ベーコン』をパンケーキの中に仕込んでみましょう。
焼成と圧縮加工で形を整えれば……面白いものができますよ?」
「試してみる価値はあるかもな……」
俺は苦笑しながら、皿を片付け始める。
「では、後ほどお見せしましょうか。私の試作品とやらを」
──その日の夜、村の空き地に俺達は集められた。
ネリオは特製の『爆裂ベーコン入りパンケーキ弾』をいくつか並べて立ち上がる。
「皆さん、準備はよろしいですか? 本日は特製パンケーキ弾による、実演訓練をお見せしましょう。
……それでは、距離を取って見守っていてください」
「ウォォ……(ゴロゴロ)」
「なんで魔獣が素直に並んでるんだよ!!」
「では、第一投──《パティシエ式重加速魔法・三倍焼成》」
ヒュンッ!!
村人が見守る中ネリオは構えを取り、軽やかにボール状のパンケーキを転がす。
それは、狙い澄ましたように魔獣の足元へと到達し──。
ドゴオオォォン!!
轟音とともに煙が立ち上がる。
「ぎゃおおおお!!(命中です)」
「……ふふ、なかなかの焼き加減ですね?」
「やったぁ! 今日のは特にカチカチに焼けてたの!」
「……焼き加減で魔獣倒せるのおかしいだろ。ネリオって、やっぱり常識の敵だよな……」
俺は呆れたように呟いた。
──そして翌朝。
「魔王が復活したみたい。王都が勇者候補を募集してるって。報酬は金貨1000枚だそうよ」
ヒナタが神妙な顔でチラシを差し出す。
焦げたベーコンと格闘していた俺は、眉をひそめてそちらを見ると、ぽつりと呟いた。
「……魔王とベーコン、どっちが手強いんだよ? ……俺、行ってみようかな」
その瞬間ヒナタ達の家にチラシを持ってきた村人が、ピクッと反応した。
「えっ、今『行く』って言いました!? 勇者として!?」
「いや、別に『行く』とは──」
「ユウマが勇者になるって!!!」
村人はそのまま転げるように外へ駆け出していく。
「ちょっ…、待て。話はまだ──」
だがすでに手遅れだった。数分も経たぬうちに、家の外が妙に騒がしい。
「おお! ついにこの村から勇者が!」
「ユウマ、がんばれー!」
「お前に務まるとは思えんがな!(by カイル)」
「カイル! お前なんでまた、ここにいるんだよ! はぁ……。なんでこうなるんだ」
俺はため息をついて、チラシをじっと見つめる。
ネリオは少し離れたところからその様子を見て、ぽつりと呟いた。
「……あの方も頭を抱えるでしょうねぇ。予想外すぎるカードが、盤面に現れたんですから」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、独り言ですよ」
誰も気づかなかったが、その目はわずかに笑っていた。