第7話 守って!ヒナタ印 Mk-II
朝の食卓に、静かな音が響く。
ばあちゃんは、真っ黒に焦げたパンケーキを前に、腕を組んで唸っていた。
「……なんでこうなるんだろうねぇ。教えた通りに焼いてるはずなのに……」
「なぁ、ヒルダばあちゃん」
「うん? なんだい、ユウマ」
ギルドで通信を扱ってるベテランのばあちゃんは、今日も朝からパンケーキと格闘中だ。
俺はヒナタが作ってくれた、ガチガチに焦げた目玉焼きと格闘中。
「この家の食料が少ないのって、ヒナタのパンケーキのせいじゃねぇの?」
「……あの子はあの子なりに、頑張ってるんだよ」
俺は返す言葉もなく、焦げたパンケーキを見つめた。
──その時だった。
家の外から、ヒナタの悲鳴が響く。
俺は扉を蹴るように開け、外へ飛び出した。
「ヒナタ!!」
彼女の目の前では、魔猪が前脚で地面を掘り、低く唸りながら突進の構えをとっている。
ヒナタは恐怖心からか足がすくんで、その場から逃げられないようだった。
「……ユウマ。た、助けて……」
「ヒナタ、しゃがめ!!」
俺はなぜか手にしていたパンケーキを、渾身の力を込め魔猪に向かって投げつけた。
「ブゴォォッ!?」
走り出した魔猪の眉間にクリーンヒット!
魔獣は軌道を変え、木に激突してそのまま気絶した。
「……え? パンケーキで倒れた……!?」
村人のひとりが口にすると、一気にざわめきが広がる。
「まさか、武器になるのか?」
「これ、魔獣に効くなら……売れるんじゃない?」
「ユウマ! お前の手柄じゃないからな! (by カイル)」
「カイル、お前なんでここにいるんだよ!?」
「ユウマ、ありがとう!」
ヒナタの手をとって立ち上がらせると、歓声が沸いた。
だが俺は気付いていた。あの時、俺の頬を掠める何かを。
「ヨネばあちゃーん! 仕留めてくれよ!」
ピシュッ──ズドッ!
村人の声に振り返ると、櫓の上から弓を構えたヨネさんが、一撃で魔猪の息の根を止める。
彼女はニヤリと笑い、軽く俺にウィンクした。
──そう、あのパンケーキを俺に持たせたのも、ヨネさんだった。
「護身用に持っておきなさい」
そう言われ、何気なくポケットに突っ込んだそれが、まさかこんな形で役に立つとは。
数日後──。
俺は村の倉庫裏で、焼き上がったパンケーキを眺めながら考え込んでいた。
「ヒナタ、これ……もう少し固く焼けるか?」
「えっ? もっと? これでも結構カチカチだけど……なんで?」
「……ちょっと考えてることがあるんだ」
パンケーキで魔猪が倒れたのは、ヨネさんの弓のおかげだ。
でも、あの瞬間確かに『可能性』が見えた気がする。
もし、これが確実に魔獣を狙って使えるようになれば──。村を守れるかもしれない。
その日から、俺とヒナタの『パンケーキ武器化計画』が始まった。
ヒナタは何度も生地の配合を変え、焼き時間を試行錯誤しながら、硬度と重量のバランスを探る。
「これはちょっと軽すぎだな……魔獣の毛皮には弾かれるかも」
「じゃあ、今度は外をもっとカリカリに焼いてみようか」
やがて村の空き地には、ズラリと干されたパンケーキが並ぶ光景が日常になった。
最初は笑っていた村人たちも、徐々に手に取って試し始める。
「これが近接用パンケーキか? 角が痛そうだな……」
「いや俺は投げ型がいい。フリスビーみたいに飛ぶんだろ?」
「俺のは表面ヤスリで削ってある。刃物みたいになってるぜ」
狩りの訓練や防衛演習でも使用され始め、予想以上の効果を発揮する。
パンケーキの種類も自然と分類されていった。
──手投げ型、打撃型、狙撃型。
「ヒナタ印 防衛パンケーキ Mk-II」なんて名前までついて、いつの間にか立派な『武器』になっていた。
ある日──。
「おい、あれって冒険者じゃないか?」
村の入口に、見慣れない装備の男たちが現れる。
「ここが例の『パンケーキの村』……、だったよな?」
「おう、そうだ。魔猪倒したって噂の。いくつか買っていってみようぜ?」
こうして俺たちのパンケーキは村を守る武器として、そして商品として新たな道を歩み始める。
――しばらくして、パンケーキ即売会が開かれることに。
広場には臨時のテントが並び、各タイプのパンケーキ武器が整然と並べられる。
「試し撃ちできますよー! 1番人気は投げ型でーす!」
「新作の打撃型は反動に注意してくださーい!」
噂が噂を呼び、集まった冒険者たちは興味津々でパンケーキを手に取っては、次々と買っていく。
「これは……本当に武器か?」
「おおっ! 岩が割れたぞ!」
そしてその日の夕方──。
「待て! そこのお前、何してやがる!」
倉庫裏で何かを探っていた男が、村人に追われていた。
「レシピを盗もうとしてたんだ! こいつ、隣の村のヤツだ!」
「な、なんだって……!?」
騒ぎにユウマが駆けつけた、その時。
──男の懐から、チラリと鈍い光がのぞいた。
刃物──!
「──困りますねぇ。こっそり忍び込むなんて」
闇の中から、黒ずくめの男性が静かに現れる。
彼は背後から音もなく近づき、一瞬で男の腕を極めて地面に押さえつけた。
「この方、確かに怪しい動きをしておりましたので」
目の前で起きた出来事に、俺は思わず声を上げた。
「……アンタは、あの時の……!?」
「おや、これはこれは……。奇遇ですねぇ。……他のおふたりは元気にしていらっしゃいますか?」
穏やかな声音のまま、男は相手の耳元にささやく。
「あぁ、それと貴方。あと1センチ動かすと、腕が折れますよ? ……痛いのはお嫌いでしょう?」
そう囁く彼の表情は穏やかだったが、目は笑っていなかった。
以前助けてもらったときは、気づけなかった。
でも今は分かる。 彼はきっと、笑顔のまま相手の腕をへし折ってしまえるような人間だ。
ゾクリとするような冷たさの中で、俺たちはまた──命を救われた。