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第6話 再婚申し込みとパンケーキ爆撃

 彼女の隣には——俺の知らない男の姿があった。


「ヒナタ……?」


 俺の呟きに気づき、彼女が振り返る。その瞳に、驚きや焦りの色はなかった。


「彼女を混乱させないでもらえるかな?」

「……お前は誰だ」


 俺の目の前に立ちはだかった男は、ヒナタの元夫、カイル・ヴォルフガングと名乗った。

 整った顔立ちに完璧な立ち居振る舞い、王太子補佐という肩書きまで持つ完璧人間らしい。


 ヤツは優雅に微笑んだまま、堂々とこう言い放った。


「私は彼女を取り戻すために、正式に再婚の申し込みをすることにしたんだ。

……ヒナタ。再び僕の妻として、隣にいてほしい」


(……はぁ? ちょ、おまえ……。ふざけんなよコラ)


「いやいや待て待て!? その申し込み、彼女も納得してるのか!?」


 この高そうなレストランにいる貴族たちは、ザワつきながらも完全に『俺=場違いな庶民』という認識だ。


(この展開、まさかの寝取られエンド!?)


 俺の頭の中で警報が鳴る。そして笑えない事実が発覚する。


「……リリアーナ公爵家? それが……ヒナタの実家なのか?」


 カイルとヒナタの出会いは、あの石化事件の直後。

 村を出た彼女は記憶を失い、王都にさまよいこんだところをカイルに保護されたらしい。


 記憶を失ってカイルの優しさに惹かれ、そして——。


(って、そもそも俺たち付き合ってもいないのに……って、そういう問題じゃねえんだよ!!!)


 頭を抱えるが、俺は立ち上がる。

 隣で静かに目を閉じるヒナタの指先が、わずかに震えているのに俺は気づいていた。


「……いいよ。俺はクズだった。あの頃の俺には、お前を幸せにする資格なんてなかった。でも——」


 俺は胸元のペンダントをぎゅっと握りしめる。


 ──それは、かつてヒナタが俺にそっと渡してくれた小さな銀の飾りだ。


「今の俺は違う。取り戻してみせる、お前を。俺自身の人生を!」


 こうして、クズ男の再生編が幕を開けたのであった。


 ◆


 数日後、王都では『貴族による花嫁争奪剣術大会』なる奇祭が開催されることになっていた。

 カイルがヒナタとの再婚を宣言したせいで、俺まで無理やりエントリーされる羽目に。


「いやちょっと待って!? なんで俺がガチで貴族剣士と斬り合わないとヒナタ守れないの!?

これって法律的におかしくね!?」


「仕方ないだろう、ルールなのだから。ヒナタを愛しているなら、戦ってみせろってことだ。

愛に命を懸けろってことだよ。つまりは、バトル=ロマンスってことなのだ!」


「誰だよそのポエム考えた奴!?」


 そして迎えた決戦当日。

 俺は会場で、金ピカの鎧に身を包んだカイルと対峙していた。


「剣の腕も家柄も、知性も……。君には何1つ勝ち目はない。だが、まあ……せいぜいその『誇り』とやらを見せてみるといい」


 カイルが微笑む。

 こいつ……完璧系イケメンなのに、全力で俺を潰す気だ!!


「俺にだってな……1つだけ、お前に勝ってるもんがあるんだよ!」

「……ほう?」


「『ヒナタの本気の笑顔』を、知ってるってことだよバーカ!! いくぞ! 超絶奥義・運試し斬りィィィ!!」

「そんな名前の技あるかァァァァ!!!」


 だが──奇跡が起きた。

 ちょうどそのときヒナタが観客席から投げたパンケーキが空を飛び、カイルの頭にズドンッ!!!


「いたぁっ!? な、なにを……!?」

「わ、私……。一体なぜパンケーキを……? はっ! ユ、ユウマ!?」


「ヒナタ――! 思い出したのか!!」


 俺の言葉に呼応するように、ヒナタの表情が変わっていく。


「ユウマ!! カイルなんかに、負けないで!!」

「……ふ、ふざけるな、ヒナタ──!!」


 剣を振るう俺の背に、観客席からヒナタの声が飛ぶ。

 俺はその声に背中を押されるように走り出す。


「カイル様! その再婚申し込み書、いま目の前で破棄します!

じゃなきゃ、あなたの家にこのパンケーキ──硬化済みの特製30枚セットを毎朝6時に投げ込むから!

しかも毎回手書きのメッセージ付きで、『私はもう、あなたのものじゃない』『髪型ダサい』『笑い方うるさい』って順番に送りますからね!」


「ぐっ……! わかった。やめる、やめます……!」


 ◆


 勝負は終了。カイルは赤っ恥をかいて去っていき、俺とヒナタは王都の中心で熱い視線を交わす。


「なあ……ヒナタ」

「なあに? ユウマ」


「……俺、お前じゃなきゃダメだ。ずっとそばにいてほしい。

これからはもっとちゃんと向き合う。ヒナタの隣に立てる男になるから。たぶん……いや、できれば? なるべく……?」


「ギリギリ及第点ね? でもその『ヒナタの隣に立つ』って言葉……嫌いじゃないよ?」


 ヒナタはふっと笑ったあと、俺の腕をギュッと掴んで言った。


「でも……ユウマの『本気』だけは、ちゃんと伝わってる。……だからあの朝の、『衝撃的なブツ』の件は、今回は水に流してあげる。 けど次やらかしたら、本気で『そこ』めがけてパンケーキ叩きつけるからね? 硬化済みの、特製のやつを♡」


「ヒィッ! 了解しましたァ!!」


 ──こうしていろいろあったけど、俺たちはまた村で一からやり直すことにした。


 ギャグまみれのツッコミ待ちみたいな生活。恋とバトルとパンケーキが飛び交う毎日。


 それでも、隣にこの最高にヤバくて最高に素敵な彼女がいれば──。

 人生案外、悪くないかもしれない。

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