第3話 「ヒモ、泣く」
パーティーを追放されてからというもの、俺・ユウマは完全に孤立していた。
ギルドの依頼板を眺めてもどれも「信用できる仲間との同行が必須」だの、「過去の素行を考慮し、当方からの参加は遠慮します」だの……俺にできる仕事は何ひとつ残っていない。
「いやいや、まさか異世界で無職になるとは……」
もはや笑うしかない。手持ちの金は底をつき飯も食えず宿にも泊まれず、俺は街を追われるようにさまよい歩いていた。
靴は泥で重く、ローブの裾はぼろぼろにほつれている。
「ちくしょう……もう限界だ……」
雨に打たれ体を縮こまらせながら、俺はどこを目指すでもなく歩き続ける。
そして、気づけば見知らぬ村の前に立っていた。
──最果ての村。地図にも名前が載っていないような、小さくて静かな集落だった。
倒れこむようにして道端に座り込んだその時。
「……おやおや、大丈夫かい?」
顔を上げると、そこには白髪まじりの老婆がいた。
ふっくらした体型に、優しそうな目元。手には包みが握られている。
「……これでも食べな?」
老婆は俺の前に、ふたつ折りの布で包まれた小さなおにぎりを差し出した。
「え……。あ、いや……。俺はそんな……」
「……遠慮はいらないよ。うちでとれたお米だよ」
そっと渡されたその温もりに、俺は言葉を失った。
この村もさっき見た感じじゃ、相当困窮してる。
周囲の畑は荒れてるし、家屋の修理跡も多い。きっとここも、魔獣の襲撃に悩まされてるんだ。
そんな状況で何の見返りも求めず、俺に食べ物をくれるなんて――。
「……こんな優しさ、久しぶりだな……」
気づけば、ぽろりと涙がこぼれていた。
──その瞬間。
【スキル《ヒモ覚醒モード》発動】
→ 女性から援助を受けたことで、全ステータス上昇中。
「おいおい、こんなタイミングでか!?」
目の端がぴかっと光る。なんか、じわじわ力が湧いてきてる気がする! ……気がするだけだが!
「……ありがとう」
俺はおにぎりをそっと抱えるようにして、ひと口かじった。
あたたかくて、ほんのりしょっぱくて。
それは、俺の人生でいちばん優しい味がした。
──翌日。
老婆は、村の端にある古びた離れを俺に貸してくれた。
屋根には穴が空いてるし畳も湿ってるが、雨風をしのげるだけで十分ありがたかった。
「好きに使っておくれ。誰も住んでないしね」
「……ほんとに、いいんですか?」
「いいともさ。あんた、まだ元気になってないだろう?」
老婆は笑いながら、玄関先に味噌汁と干し芋を置いていった。
その日から、俺は少しずつ、体と心を回復させていった。
村の人たちも、驚くほど優しかった。
通りすがりに「これ余ったから」とパンの耳をくれたり、畑の野菜をこっそり分けてくれたり。
みんな、物資に余裕があるわけじゃない。むしろ、日々の暮らしはギリギリだ。
それでも見ず知らずの俺を気遣ってくれるその姿に、胸がじわっと熱くなる。
「……ここ、なんか懐かしいな」
そしてある日。
畑を見回る老婆の背に、俺はぽつりと尋ねた。
「ばあちゃん。ここって……よく魔獣が来んの?」
「ああ、そうだねぇ……。月に何度も来るよ。若い者が減って、追い返すのも大変さね」
「……!」
「でも、わしはいつも先に知っとるからね。逃げる準備だけはできるのさ……」
「先に……? 一体どうやってんの?」
「ふふふ……、見てな。今度お披露目してあげるよ」
そう言って、老婆は微笑んだ。
──この村には俺の知らない「知恵」と「強さ」、が確かに息づいている。
何もできなかった俺でも、何か──恩返しができるだろうか。
そんなことを、ふと考えていた。