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第18話 魂に宿るもの

 俺達を庇うように立ち塞がる魔王とネリオ。

 間一髪のところで、攻撃を防いでくれていた。


「エイド、国王軍ってホントなのか? 何で俺達まで、攻撃してくるんだ?」

「……俺にも理解できん」


 俺は目の前のふたりを押しのけるようにして、僅かな隙間からのぞき込む。

 特徴的な(たか)のバッジを左肩に付けた国王軍に、辺りを囲まれていた。


「おいおい、ちょっと待ってくれ。もうコイツらとは話がついたんだ。戦う必要はねぇんだよ」


 俺の呼びかけに将軍と思われる男が頷くと、側にいる兵士に何か指図をする。

 片手をあげた兵士に誘導されるように、魔道士がその手に魔力を充填させ始めた。


 ヤツは、巨大な炎の玉を勢いよく俺の方へ放った。


「ユウマ、危ない!」


 メイがフライパンで炎の玉を打ち返す。

 炎は遙か彼方に飛んでいくと、一瞬沈黙したあと大爆発を起こした。


「あ、危なっ……! 何してんだよ、殺す気か!」

「……フン。貴様らのような連中には、消えてもらわないと困るんでな。なぁ、ジライ将軍」


 顎髭を撫でながら、でっぷりと太った男が歩み出る。


「こ、国王じゃないか……!? 何故ここに?」

「おっと、動かない方がいい。お前達はすでに包囲されているのだ」


 エイドの声に反応するように、ジライと呼ばれた男が笑みを浮かべる。

 抗議しようと声を出しかけた俺を、なぜかネリオが制止した。


「……なんだよ!?」

「少しお静かに。急いては事をし損じる、と言いますからね?」


 俺の目の前のふたりは視線を交わすと、軽く頷いた。

 魔王が静かに、しかしよく通る声で語りかける。


「人の王よ。お前の目的は、この角を煎じた万能薬だろう?」


「おお、よく知っていたな。貴殿の父親の方を狙っていたのだが、取り損ねてな? まさか生え替わるとは……。

ハッハッハ、私にもやっと運が向いてきたということだ」

 

 俺は思わず1歩前に出て、国王を睨みつけた。


「ふざけんなよ。あんた、何のためにそれを――!」

「ユウマ、待て!」


 エイドが小声で止めに入る。俺の背後で、兵士たちが一斉に武器を構えた。

 完全に包囲されているこの状態で、下手に動けば一瞬で矢の雨が降るだろう。


「くっ……!」


 俺が悔しさを噛み殺すと、隣のメイも肩を震わせながら呟いた。


「まさか……最初から仕組まれていたなんて」


 ネリオは少し俯き加減に、ただ黙って成り行きを見守っている。

 だがその口元は少しだけ笑っていたのに、俺は気付いた。


「ネリオ……?」

 

 声をかけかけたその瞬間、国王が手を振り上げる。


「ジライ、例の品を手に入れろ」

「はっ。……誰か、薬を押収せよ!」


 将軍の号令で、兵士のひとりが魔王の足元へと駆け寄る。

 角の入った容器を乱暴に奪い取ると、無言のまま国王のもとへと戻った。


「ちょ、待てよ! それは今、負傷者を――!」

「貴様ごときが、我に指図するか!」


 俺の言葉を遮るように、国王が一喝する。

 その威圧に、思わず俺は拳を握りしめた。


 だが、誰よりも冷静だったのは――魔王だった。


「……なるほど。不死の力が欲しいのだな」

「黙れ、魔族風情が。これは我が正当な権利だ」


 国王は容器をジライへ渡す。


「まずは貴様が飲め。毒見だ」

「はっ」


 ジライ将軍はひとつ頷き、容器から薬を一口すする。

 すぐに異常は起きず、ひと息ついたように口元を拭った。


「……悪くない味ですな」

「よかろう。次は我の番だ」


 満足げな笑みを浮かべた国王が、容器を奪い取るようにして口をつけ、ゴクリと飲み込む。

 だがその瞬間――。


「……その薬は、飲む者の魂と心に準ずる」


 低く、響くような声が場を裂いた。


 魔王だった。

 いつのまにか1歩前に出て、国王たちを真っ直ぐに見据えていた。


「願いが清ければ、救いとなる。だが――」


 その瞳が静かに光る。


「己すら欺く者にとって、それが救いとは限らぬぞ?」

「……!」


 次の瞬間、国王の身体がぐらりと揺れた――。


「……ぐ、あ……っ」


 胸元を押さえ、苦悶の表情を浮かべながら膝をつく国王。

 その身体から、黒く淀んだ煙のようなものが立ち上り、ふわりと宙を漂う。


「ねぇ……あれは……」


 メイが息を呑む。

 黒煙はゆっくりと空へ昇り、まるで何かが剥がれ落ちるように、国王の顔から険が消えていった。


 ――そして。


「……父上……」


 ぽつりと漏れたその言葉に、俺は思わず耳を疑った。


「どうして私は……こんなにも、認めてほしかったのだろう……」


 国王は顔を覆い、震える声で語り出す。

 

 幼少期、王である父に認められたくて、必死で勉学や剣術に励んだこと。

 だが常に兄ばかりが称賛され、自分は影のように扱われてきたこと。

 

 優れた王にならねばという焦燥が、やがて王としての地位を守ることへと変わっていったこと。


「私は……王になってからも……ずっと、誰かに認めてほしかっただけなのだ……!」


 国王の肩が震える。

 涙が地面に落ちる音すら、静けさの中で響いた。


 ジライ将軍も何かを悟ったようにひざまずき、そっと国王の肩に手を添えた。

 その様子を見つめながら、魔王はただ静かに言葉を紡いだ。


「……己を偽る者に、角の薬は牙をむく。だが心が砕けた者には、それが再生の契機となる」


 そう言って、魔王はそっと背を向ける。


「貴様もまた、救われるべき者であったのかもしれん。ほんの少しばかり、な」


 その言葉は、長く続いた戦いの終わりを告げるものだった。

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