第17話 自身の威厳を築く者
「――まあ、そういうことなんだよ」
俺は肩をすくめて、エイドとメイの方を向く。
ふたりは目を見開いたまま、言葉を失っていた。
「……ちょっと待って。つまり、それって……」
メイが困惑気味に口を開く。
「魔王は1000年に1度復活するって話、王の作り話だったってことか?」
エイドが腕を組みながら、ぽつりと呟いた。
「そうだ。お前は知ってたんだろう、ネリオ?」
「ええ、まあ。――だから言ったでしょう? 王というものは、言葉で自身の威厳を築くものだって」
悪気のなさそうな顔で笑うネリオを、少し憎らしく思いながらも会話を続ける。
そばで聞いていたメイが口を挟んだ。
「自身の威厳を築くもの?」
「ええ。いいところに気付きましたね。人は抱えているものが大きくなればなるほど、それを守ろうと意固地になるのですよ」
エイドが難しい顔で眉を寄せる。
「つまり、どういうことだ?」
「……国王は、自分が特別な存在であるように見せたかったんだよ」
俺は言葉を探しながら、ゆっくりと説明する。
「1000年に1度って言葉は、人を動かすには十分すぎる力がある。
そんな危険な存在を倒せって命じることで、自分の立場や発言に説得力を持たせたかったんだろ」
「言葉で自身の威厳を築くって、そういう意味なんだ……」
メイが納得したように頷く。
「ネリオは、それに最初から気づいてたってわけだ」
俺がそう言うと、ヤツは肩をすくめて笑った。
「ええ。けれど、信じるかどうかはあなた方次第でしたからね。私はあくまで、傍観者。
面白そうな人間たちの行方を見ていたかっただけです」
(悪趣味なヤツだ……)
俺はふと気になって、メイに尋ねる。
「なぁ、メイ。さっき黄色い物体を投げてきただろ? あれは何だったんだ?」
「はっ! 忘れてた。回収してこなくっちゃ」
パタパタと走り去る彼女は、しばらくして丸い物体を抱えて戻ってきた。
「ジャジャーン! これが私専用の武器よ!」
「あのさ……なんでか分からねぇけど、俺にはフライパンに見えるんだが」
自慢げに掲げて見せる彼女は、大きく頷いた。
「そうなの。でもただのフライパンじゃないわ。ヒナタ印が焼き印されているでしょう?
これを手に入れるのに、3ヶ月も待ったんだから」
「おいおい、マジかよ。俺、その村に今住んでるんだぜ」
そう言うと、メイの目がぱちくりと瞬いた。
「……はあ!? うそでしょ!? ちょ、ちょっと待って、それ本当なの!?」
「本当も本当。ヒナタと一緒に暮らしてる。パンケーキ焼いてな」
「うわあああああ!! すっごい奇跡!!」
メイはその場で軽く跳ねながら、抱えていたフライパンをぐるんと振り回す。
「ホント!? これを手に入れるの、大変だったのよ!
限定生産だし、事前予約だし、ヒナタ本人はなかなか出てこないし!!」
「ああ。そのヒナタってヤツは、俺の食事も作ってくれてるんだ」
「なにそれ!! あんたずるい!! 羨ましい!!」
エイドはぽかんと口を開けたまま、俺とメイのやり取りを見ていた。
「なんかお前ら……平和そうで何よりだな……」
「エイドも予約しとけば良かったのに!」
「いや、俺は素手で戦うから……」
ワイワイと騒ぐ俺達を、羨ましそうな顔をして魔王が見る。
「その……ユ、ユウマ! 貴様の住んでいる村はここから近いのか?」
「ん? そうだな……1日あれば行ける距離だ。今度遊びに来いよ」
俺の誘いに魔王は一瞬目を見開くと、ニヤけた顔を隠すように唇を噛み締める。
その耳まで赤く染まった様子に、メイが思わず吹き出した。
「ごめんなさい。表情が可愛くって、つい。
それにさっきは勘違いして攻撃したこと、まだ謝罪してなかったわ。本当にごめんなさい」
頭を下げるメイにつられて、エイドも深々とお辞儀する。
そして懐から何かを取り出すと、スッと魔王へ差し出した。
「これは何なのだ……?」
「バゲットで出来てる俺の名刺だ。結構かさばるもんだろ? これなら食っちまえばいいからさ」
魔王は名刺を手に取り、まじまじと見つめたあと――ひと口、かじった。
「……うむ。香ばしい。名刺とは、こういうものなのか?」
「違ぇよ!」
ツッコミを入れながら、俺達は笑い合った。
「ところでこれからどうするの?」
メイの問いに、その場の皆が俺に注目する。
「王には、適当に誤魔化しときゃ大丈夫だろ」
「待て、ユウマ」
エイドとメイは顔を見合わせたあと、先ほどまでとはうって変わって真剣な顔つきで俺を見る。
「お前はのんき過ぎる。自身の地位のために、幾人もの人の命を犠牲にする相手だぞ」
「そうよ、ここは慎重にいかないと」
その真剣なまなざしに、思わず口をつぐむ。
たしかに、俺はどこかで話せばわかってくれると思い込んでいた。
「信じてもらうには、何か確かな証拠がいる。でないと、王は都合のいいように話を捻じ曲げるだろうな」
(わかってる、でもなぁ。どうしたらいいんだ……)
「……でも、証拠って言ってもなぁ。魔王と仲良くしてましたーって、どう伝えりゃいいんだよ」
顎をかきながら唸るしかない俺に、重苦しい空気がのしかかる。
「それにここで倒れた人達も、外に運び出さないといけないわね……」
「それなら――」
メイの言葉に不意に、魔王が口を開いた。
「これを使うといい」
そう言って、魔王は自らの角に手を添えると、迷いなくポキンと折った。
「お、おい……大丈夫なのか、それ……?」
思わず声を上げる俺に、魔王はいつになく真面目な表情で頷く。
「我の角は、万能薬の素材としても知られている。体力を回復させる効果があり、傷の治癒にも効くらしい」
「マ、マジで……?」
俺もメイも、信じられないという顔で見つめた。
「我は戦争を望んではいない。ただ……責任を取るなら、これくらいは当然だろう」
「でも……角って、結構大事なもんなんじゃないのか?」
俺の問いかけに、魔王は少しだけ視線を落とすが、顔を上げるとあっけらかんと答える。
「……ああ。魔王となる者は、1度だけ角が生え替わるのだ」
「乳歯かよ……」
「新しい角が折れれば、我の命も尽きるがな」
魔王は淡々とそう言い、わずかに目を伏せた。
「……けれど、この角には力が宿っている。煎じて飲ませれば、その者にとって最も良い形で作用する。
癒しにも、変化にもなろう。だが――欲にまみれた者には、効かぬかもしれん」
淡々とした態度に、俺達は思わず言葉を失った。
「では、皆さん。薬を煎じましょうか」
ネリオの一声で我に返った俺達は、それぞれ役割を分担する。
エイドが拳で角を砕くと、メイが魔力で薬へと変化させた。
俺やネリオは、傷ついて倒れている者や魔獣の移動を担当。
魔王は――角を折った余韻が残っているのか、どこか遠くを見つめていた。
メイの手によって角の粉末が光を帯びたかと思うと、ふわりと甘い香りが立ち込める。
それはどこか、焼きたてのパンケーキのような――優しい匂いだった。
しばらくして、倒れていた兵士や魔獣たちが、ゆっくりと目を開き始める。
「……あれ、俺……生きてる?」
「バルド! 大丈夫か、お前……!」
俺の腕の中で、あの大きな魔獣が尻尾を揺らした。
――ドォン!
激しい閃光と共に、大地が揺れる。
俺たちの目の前に、重厚な鎧をまとった一団が現れた。
「なっ……国王軍……!?」
エイドが険しい声で呟いた直後、先頭に立つ騎士が高らかに叫んだ。
「魔王討伐の任、ここで完遂する!」