第14話 ネリオが怪しくないわけが……なかったって、今気付いた
王都の騒がしい街並みを抜けた先は、夜の名残を引きずるように静まり返っていた。
家々の窓はまだ閉ざされたまま、通りに人影もない。
それもそのはず、陽が昇りきる前、空が淡く染まりはじめたころ──。
俺たちは城門前の広場に集められていたからだった。
勇者候補たちそれぞれが我こそはと剣や盾を背負い、目を逸らさずに前を向いて黙々と歩いている。
ネリオは隣で、無表情に空を見上げていた。
「意外ですね。これから死ぬかもしれないのに、誰も泣かないものなんですね」
「……そりゃ、だれも負けると思ってないからだろ。それに泣くのは、無事に戻ってからだ」
その時だった。
「ユウマー!」
小さな声が飛んだ。振り返ると、見知った3人組が手を振っている。
ヒナタと村のヨネさん、それにヒルダばあちゃん。
「追いついて……よかった……!」
走って来たのか、肩で息をするヒナタの手には、布にくるまれた何かがあった。
ヨネさんが、口を開く。
「貴方は、弓は使わないかもしれないけどね。これは、私の自慢の『8つ目弓』よ。
パンケーキ剣の横にでも、ぶら下げとくといいわ」
細く華奢な手が、俺の前に差し出される。包みの中身は、どこか懐かしい木の匂いがした。
【スキル:ヒモ覚醒モード】
→ 女性の援助があると全ステータスが上昇
「弓なんて……。使ったことねぇよ、俺」
「文句言わずに持っていきな。道中ってのは、なにがあるか分からんもんさ」
ヒルダばあちゃんが笑う。
「アンタが無事に帰ってくるまで、アタシらの朝ご飯にはパンケーキ出さないことにしたんだよ」
俺は一瞬、言葉に詰まる。
「……バカじゃねぇの。パンケーキくらい、食っててくれよ」
声が震えてしまう前に、背中を向けた。
◆
【中ボス戦:魔獣ケルベロス】
「うおおお、でっけぇぇぇええ!! 3つ首!? 魔獣!?」
「ユウマさん、少しの間囮になっててください」
「囮って俺死ぬやつだよな、ネリオ!? 違うよな!?」
「大丈夫です。我々の信頼関係があれば生き残れますよ」
「信頼っていう名の盾扱いじゃねーか!!」
【スキル:逆ギレカウンター】
→ ダメージを受けると、自動で逆ギレして反撃。相手は精神ダメージ。
「うおおおおお!! 俺は報奨金のために戦うんだああああ!!」
攻撃を受けた俺のスキルが、地味に効いてる。
ネリオが見事ケルベロスを撃破。
「……おい、最後まで俺は囮なのかよ!?」
俺の叫びにも、ネリオは涼しい顔だ。
「ええ。けれどいい働きでしたね。囮としては満点です」
「褒め方ァァッ!!」
ぜんっぜん嬉しくねぇ。
「まあ……それなりに助かったなら、いいけどよ」
剣を鞘に戻しながらそう漏らすと、ネリオがこちらに視線を向けた。
「あなたの声が、魔獣の注意を完全に引きつけてくれました」
「……つまり、俺がうるさかったってことか?」
「はい。よく通る声でしたから」
「褒めてんのかバカにしてんのか、はっきりしろっての……」
ズゥン――。
地面が揺れた。ケルベロスの巨体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
その瞬間、背後で歓声が上がった。
「す、すげぇ!」
「魔獣を倒したぞ!」
だが──それは始まりにすぎなかった。
森の奥から、ぞろりと現れる異形の群れ。
牙をむき出しにした狼型、空を飛ぶ翼のついた蛇、どこか人に似た魔獣まで――。
まるで、ケルベロスの咆哮が戦の号砲だったかのように。
「……おいおい、マジかよこのデカさ。さっきのが前座なら、コイツらは本命ってか?」
俺は思わず呟いた。
隣でネリオが問いかけてくる。
「ユウマさん、まだ動けますか?」
「いや、無理やり動くしかねぇだろこれ! 完全に囲まれてる!」
勇者候補のひとり、銀髪の長身の男が剣を構える。
「隊列を崩すな! 突破するぞ!」
だが、現実は厳しかった。
俺たちの武器はパンケーキと喋り――。いや、それは俺だけだ。
ほかの連中には、まともな剣技すら身についていないヤツだっている。報奨金に目が眩んだんだろう。
案の定、すぐに隊列は崩れた。
「うわあああっ!?」
「ぎゃああっ!」
「ひぃぃぃっ!?」
ひとり、またひとりと脱落していく。
魔獣の爪で引き裂かれ、噛まれ、逃げ出し──。
もはや戦場というより、見世物のようだった。
そんな中、ネリオだけは異様なほど冷静でいた。
足元に迫る魔獣をまるで舞うような動きでかわし、指先で触れただけで吹き飛ばす。
あれは……人間の動きじゃねぇ。
そのとき、魔獣の眉間に光る紋章が目に入った。
(……あの紋章。まさか……、ネリオが密会してたあの男と同じ?)
ネリオと目が合う。
ヤツは表情ひとつ動かさず、俺を見つめた。
「ユウマさん。よそ見をしているとケガをしますよ? ほら、貴方の後ろ」
「おおっ! 危ねぇ!」
ネリオの言葉に反射的に振り向く。
その瞬間、鋭い爪が目前を裂いた。
あと一歩、遅れてたら終わってた――。
「助かったぜ、ネリオ──。って、ちょっと待て。ネリオ!?」
返事はない。
ネリオの姿は煙のように霧の向こうへと消えていた。
──残された俺とうずくまる勇者候補たち。そして迫りくる魔獣の群れ。
「……クソが。こっちが本番ってか……!」
【スキル:社畜の段取り力】
→ 現場が地獄でも、自然と適切な動線を組み立てる。
「おい! 動けるやつだけでも下がれ! 足元見ろ! あの岩場、迂回路になってる!」
「えっ……あ、はいっ!!」
ここで止まったら、誰も戻れねぇ。俺は剣を構え、背後の連中を守る形で踏みとどまった。
【覚醒スキル「無駄口の極意」──戦闘:極み】
→ どんな言葉でも、なぜか勇気が湧く。意味不明なセリフほど効果が高い。
「おらああああ!! 俺はなぁ、ヒナタ達とパンケーキ焼くために生き延びるって決めたんだよ!!」
魔獣が怯んだように動きを止めた、かのように見える。
そうだ。ヤツらがなんぼ牙を剥こうが、こっちは――。
「お前らに負けるわけにはいかねぇんだよ!」
俺の咆哮が響く。戦場の空気が、わずかに変わった気がした。