第13話 勇者候補、ひとり浮いてます
王城前の石畳に、重たい緊張が漂っていた。
勇者候補としてズラリと並ぶのは、名を連ねた冒険者、傭兵、魔術師たちだ。
よく磨かれた鎧の光が眩しくて、俺は思わず目を細めた。
――で。
その列に、場違いな空気をぶらさげて突っ立っているふたりの男。
ひとりは俺。
そして、もうひとりは──すぐ隣で、どう見ても人間には見えない軽さであのパンケーキ剣を扱っている。
白銀のローブを羽織ったネリオだ。
「……馴染まねぇにも程があるな、俺ら」
鎧もなければマントもない。
背中にあるのは、ヒナタが張り切って作った『ヒナタ印』の特製剣――のはずだった、けど。
「あれ、重すぎて持てないんだよ……」
(今はなぜかネリオが持ってるんだよなぁ……)
アイツは白いローブに包まれたその細い腕で、まるで竹刀でも持つかのように軽々と扱っていた。
あの50キロ級のパンケーキ型大剣を。
「おい、何かいい匂いがするな……。あれ、もしかしてパンケーキじゃないか?」
「しかも、ちょっと焦げてるぞ。……いや、模様か? あれ模様なのか?」
周囲のヒソヒソ声が、はっきり耳に入る。
ネリオは特に気にする様子もなく、涼しい顔でその場に立っていた。
風で揺れたローブの裾から、足がほんの一瞬見えた気がする。
なぜか奴は、靴を履いていないように見えた――。
(何で裸足なんだよ、意味が分からねぇ。……しかもちょっと、地面から浮いてんのか?)
「……なぁ、ネリオ」
呼びかけると、ヤツはちらりとこちらを見る。
「ユウマさん、どうかしましたか?」
「その剣、重たくねぇの?」
「いいえ? 特には」
軽く言われて、ぐうの音も出ない。
(あの夜……)
ふと、あの夜の記憶が胸によみがえる。
王都の路地裏で、ネリオがフードを被った誰かと密かに話し込んでいた。
ソイツの手の甲に見覚えのない紋章が、キラリと光っていたんだよな。
(あのフードの男は誰だったんだ……)
ネリオは俺のことも気づいていた。盗み聞きしていたことも。
それでもコイツは、あれ以上何も言わない。
「……ホント、意味が分からねぇな」
小さくつぶやいた俺の声を、パンのように焦げた剣だけが静かに聞いていた。
パァラパァパァ―――ッ! パパパパァァ――――ン!
やたらと長いファンファーレが石畳に響きわたる。
勇者候補たちが姿勢を正し、場の空気がピリッと張り詰めた。
「……いや、長くないか? これもう終わったと思ったら続くタイプのラッパだよな……」
俺がぼそりと呟くと、隣のネリオがほんの少しだけ口元を緩める。
バルコニーの上に、この国の王らしき男が登場した。
白銀の王冠をのせたその人影は、いかにも『偉そう』で、『尊い』って顔をしている。
その後ろで、控えの騎士たちが見事なタイミングで片膝をついた。
「勇なる者たちよ……!」
王様のありがたいお話が、始まった。
「いまこそ、1000年に1度の試練が我が王国を──」
(ん? 魔王が現れる間隔って決まってんのか。……何でそんなキリのいい数字なんだよ。どこ調べだ、それ)
「諸君が手にする報酬、それは金貨だけではない……!」
(なんか『精神的な充足』とか言い出しそうな流れだな……)
「この歴史的使命は、我が王国にとって──」
「……長ぇな」
思わず小声で漏らすと、隣のネリオがくすりと笑った。
「王というのは、言葉で自身の威厳を築くものですから。ただし築きすぎると、……こうなります」
ネリオは空中で、チャックでも閉めるようにピーッと水平に魔法の線を引く。
王様の口が、ぴたりと閉じた。
「──?」
王様は喋っている。口はモゴモゴと動いてはいる。
けれど音が出ていない。音のない熱弁。
口パクでありがたみが増すはずもなく、ただただ無言の圧だけが場に漂っていた。
静まり返る中、王様は必死に何かを訴え続ける。
ネリオは澄ました顔でパンケーキ剣を持ち直した。
「……今の、何したんだよ?」
「ちょっとした沈黙の魔法です。言霊封じ(シーリング・トーク)っていうヤツなんですよ、便利でしょう?
……ああ、間もなく切れますね。まあ、余興ですから」
「余興って……!」
「王の言葉は重いものって決まっていますから」
「そりゃ重さ違いだろ! ……まったく。だからって、封じていいわけじゃねぇだろうがよ……」
バタバタと、慌てて王様を奥に連れ戻す近衛兵達を見て、俺達は苦笑する。
「えーっと……陛下は、ちょっと喉をアレされたので……。本日はこれにて終了! では、出発の儀を!」
勇者候補たちがザワつく中、無理やり整列させる号令が飛んだ。
城門を出た一行は、城下町の大通りを行進していた。
沿道には旗を振る子どもたちや、勇者候補に手を振る人々の姿が見える。
「おい見ろよ、アレ!」
「あれ、パンじゃね? 焦げてるし!」
「バカ、それパンケーキだろ! 甘そうな匂いしてたし!」
ネリオが抱えているパンケーキ型の大剣に、子どもたちの視線が集中する。
「いいでしょう?」
ネリオはにこりと笑って言った。
「でも、あげませんよ?」
「……誰も欲しいとは言ってないけどな」
小声でツッコんだが、子どもたちはますます盛り上がる。
「あれ中身クリームかな!」
「いや絶対、ジャムだって!」
「いや、あれ武器だってば!」
通りの喧騒の中、ネリオだけが淡々とした様子で、焦げた剣を抱えて進んでいった。